11.懐かしい本
イシュタリアが退室してから部屋の中ではベッドの上でゴロゴロしているルキと、そんなルキを放っておいて良いのか、それとも止めた方が良いのか、と考えているシャロがいた。
とはいえシャロが部屋に入った時点でベッドのシーツは乱れていて今こうしてルキがゴロゴロとしていてぐちゃぐちゃになっても大して差はなかった。
それに思い至ったシャロはふとある疑問が浮かんだ。どうして使わない部屋を綺麗に掃除していた主様は自分の部屋のシーツをぐちゃぐちゃなまま放置していたのでしょうか? と。
「あの……ルキさん?」
「あ? 何だよ」
「えっと……どうして、主様はご自分の部屋のシーツをぐちゃぐちゃな状態で放っておいたのでしょうか?」
シャロが疑問をそのまま口にするとルキはベッドの上でゴロゴロするのではなく、中へと潜り込みながらその答えを口にした。
「朝に俺がこうやって一人で寝てたからだな」
「はぁ……え? 主様のベッドですよね?」
当たり前のようにルキがアッシュのベッドで寝ていたというのを聞き流しそうになったシャロだったがすぐに待ったをかけた。
「おう、そうだぞ。いやさ、アッシュが寝てる間に潜り込んで寝てた起きたらいつの間にかアッシュがいなくなってたんだよ。起きたなら起こしてくれれば良かったのに、一人でどっか行くとか危ないってのに!」
置いて行かれたこともそうだが、アッシュが一人の時に何かあってはいけないと思っているルキはそう言ってから適当にベッドの上に転がしていた枕を本来あった枕の横に並べ、ついでにブランケットを引き込んでベッドの中でまたゴロゴロし始めた。
そんなルキに更に困惑しながらも、これは話を聞けば聞くだけ自身が困惑するだけなのでは? と考えたシャロはこれ以上この話題を口にすることをやめた。
「そ、そうですね……一人だと、色々と危ないこともありますよね!」
ただそこで沈黙してしまうのもどうかと思ってルキに同意することにしたのだがこれが間違いだった。
「だよな! それなのにアッシュはすぐに一人でふらっと動こうとするんだから危なっかしくて仕方がねぇから困ったもんだぜ! まぁ、そういうところがアッシュらしいと言えばアッシュらしいんだけどさ!!」
同意を得られたことが嬉しかったのか、アッシュについて色々と人に話したいだけなのか。はたまたそのどちらもなのか。何にしてもルキは上機嫌でそう言った。
ベッドの中に潜り込んでいるので見ることは出来ないが、きっと尻尾を左右に揺らしていることだろう。
「まったく、アッシュはもう少し自分が他人から狙われる可能性ってのを考えた方が良いと思うんだよな! ただでさえ顔が良いって理由で見ず知らずの奴らがふらふら寄ってくることもあるのにアッシュは気にしてないみたいだし、もう少し危機感って奴を持って欲しいんだよなぁ」
だがそれもすぐに不満そうな様子へと変わってしまった。
ルキにとってはアッシュは危機感が薄いというか、警戒心が薄いと感じているようだった。
勿論そんな事実はなく、アッシュは基本的に意識してか無意識かは関係なく身内と認めた人間以外に対しては非常に警戒心が強く、またそれを悟らせないように振る舞うことが出来る。
ではルキはそれに気づいていないのか、と問われれば否となる。ルキはそれを知っていて尚、アッシュにはもっと危機感を持ち、警戒心を強くして欲しいと考えていた。
それはアッシュのことを心配している気持ちと、アッシュを独占したいという幼稚な、それでいて強烈な独占欲から来るものだった。
「ついでに言えば、クソ女神の言うことをどうしようもないからって受け入れるよりもはっきりと拒絶とかしてくれると良いんだけど……まぁ、あれは本当にどうしようもないから無理だよな……」
とはいえ。それは叶わないことをルキは理解していた。理解していても、どうしても口にせずにはいられなかったからこそ、そんな言葉を零してしまったのだ。
そんなルキの内心を理解出来るわけもないシャロはこれ以上この話が続いても良いことはないと思い、何か別の話題はないかと考えてから口を開くことにした。
「え、えっと……あ! 主様らしいと言えば、主様は普段から本を良く読むのでしょうか? 本棚にはいろんな本が置いてありますけど……」
果たしてこんなことでルキは話に乗ってくれるのだろうか、と不安に思いながら言葉を続けるが徐々に声が小さくなっていく。
どうか上手くいきますように、とシャロは内心で小さく祈りながらルキの反応を窺っているとルキはもぞもぞとベッドから出てきてベッドに腰かけるようにして言葉を返した。
「本かぁ……アッシュは本当にやることがないなら本を読む。ってくらいだったと思うぞ」
「その程度なのですか? それにしては沢山本を集めているように思えますね……」
「んー……詳しくは聞いてないけど懐かしい、らしい。それでつい手に取って買った結果がその本棚みたいだな」
「懐かしい、ですか……?」
「そんなことを聞いた覚えがあるってだけだ。本とか、腹の足しにもならねぇし」
ルキにとって本は興味の対象外ということもあってあっけらかんとそう答えた。
それを聞いてシャロはきょとんとしてしまい、すぐにくすりと小さく笑みを零してから口を開く。
「もう、何ですか、それ」
「良いんだよ。俺は本に興味なんてねぇからな。それよりもお前、クソ女神からアッシュの世話役になれって言われたんだよな?」
「あ、はい。イシュタリア様から授かった神託の内容はそういうものでした」
「クソ女神の言い出したことだから仕方ないけど、本当に仕方ないから諦めてるけど! あんまりアッシュにべったりするのはダメだからな!」
イシュタリアが言い出したことだから、と強調して言ってからルキはお前が言うな。と言われてしまいそうなことを口にした。
シャロとしても何となくその発言はどうなのでしょう、と思いながらも曖昧な言葉を返すこととなった。
「あ、えっと、はい。そうですね……その、あまり主様にべったりというのは……」
「よし! わかってるならそれで良し!!」
「あ、あはは……」
乾いた笑い声を上げながらシャロはでもその言葉ってルキさんにもそのまま返りませんか? と考えながらも黙っておくことにした。
何にしても子供二人の交流は終始ルキが好きに喋って圧倒する形になったが思いのほか良好のような、そんな交流となった。
▽
二階ではルキとシャロが交流している。では一階の状況はどうなっているのだろうか。
「うっわぁ……それが今日の夕食? 何て言えば良いのかしらね……これぞ肉、って感じねぇ……」
キッチンで調理をしているアッシュの手元を背後から覗き見るようにしてイシュタリアがそんな言葉を口にしていた。
それに対してアッシュは事も無げに、そして急にイシュタリアが来たことに驚いた様子もなく言葉を返す。
「ルキのリクエストだからな。他にもサラダやスープも作る予定だからイシュタリアだって文句はないだろ」
「ええ、それなら文句はないわね」
肉だけではない、というアッシュの言葉に一つ頷いてから返してからイシュタリアは置かれている食材に目を向けた。
サラダやスープの材料が置いてあるのを見て、イシュタリアにとっては重要な物がないことに気づいて思わず、といった様子でイシュタリアが声を上げた。
「ちょっとアッシュ! リンゴはどうしたのよ!」
「あぁ、イシュタリアはリンゴ好きだからな……ほら、これで良いか?」
そういえば、というように言葉を零してからアッシュは玩具箱から真っ赤なリンゴを一つ取り出してイシュタリアに見せると、イシュタリアは満足そうに頷いてから口を開いた。
「あるなら良いのよ! 切り方は……」
「丸かじりか」
そう言ったアッシュは何処となく楽しそうにしていたのでふざけて言っていたことが良くわかる。
イシュタリアもそれをわかっているようで呆れたように言葉を返した。
「あのねぇ……ルキとは違うんだから丸かじりなわけないでしょ?」
「ならうさぎカットか」
そんなイシュタリアにそれならばうさぎカットにするか。と冗談のつもりでアッシュが言うとイシュタリアは少し考えてこう答えた。
「それは……んー、シャロがいるからそれで頼もうかしら?」
「そうか……そうか、冗談のつもりだったんだけどな……まぁ、うさぎカットだな」
やれと言うのならやるが、果たしてシャロはうさぎカットで喜ぶのだろうか。そう思いながらもこのリンゴはうさぎカットだな。とアッシュは切り方を決めた。
ただシャロはまだ子供なのでもしかしたら喜ぶかもしれない、とも思っていた。
「それで、話があるから降りて来たんだろ?」
「シャロのことで、少しね」
「だと思った。それならシャロについて少し教えてもらおうか」
そんなじゃれ合いを終わらせて、アッシュは調理を再開しながらイシュタリアに問う。
アッシュとしては全てを教えてくれるとは思っていないが、最低限のことは教えてくれるはずだ。と思っていて、更には最低限の情報を開示してもらえないようであればシャロにはお引き取り願うしかないとも考えていた。
「良いわよ。名前や年齢は必要ないとして……エルフの里から一人で出てきたみたいで宿を取り続けるだけの資金力はなし。だからこの家に住めるように使ってない部屋をシャロの部屋として割り当てて置いたわ。あ、冒険者登録は終わってないからそれはアッシュに任せるわね。ルキの時と大して変わらないでしょうから問題ないわよね?」
「またお前はそうやって勝手に……はぁ、わかったわかった。それで、シャロの取り扱いに関して他には?」
シャロがこの家に住むことを勝手に決められたことに関してアッシュは文句を言っても良い立場だ。
だがイシュタリアに文句を言ったところでそれを取り消すことも、改めることもない。イシュタリアはそういう女神だ。
それを理解しているからこそアッシュはイシュタリアの思い付きや意見を一つ二つ苦言を呈しながらも応じるようにしている。
あまりにも無茶な思いつきや滅茶苦茶な意見であれば流石に断るのだが。
「そうねぇ……家族に関しては触れない方が良いと思うわ。あの子はあの子で、色々と事情があるのよ」
軽く肩を竦めながら事情があるとイシュタリアは言った。
「そうか……そうか。わかった。肝に銘じておくさ」
家族に関する話をする、というのは普通であれば特に気にすることはないことだが、何か事情があるというのであれば気安く触れて良いようなことではない。
そのことがわかっているアッシュは二つ返事でそう返した。
「まぁ、家族に関して触れない限りはシャロも同じように貴方たちの家族に関しては触れないはずよ」
「それは助かるなかも。別に聞かれても問題ないけど説明が面倒だからさ」
「問題ないとか言える辺りがアッシュよねぇ……でも、ルキはどうなのかしら?」
「ルキか……昔に聞いたことがあるけどルキにとっては俺が父親で兄だからそれで良いんだとさ。自分にとっての家族はすぐ傍にいるから気にしない、ってな」
実のところルキは本当の家族に関しての記憶を持っていない。
本来であればそうしたことを気にしてもおかしくはないのにルキは堂々とアッシュが父親であり兄のようなものだと言い切った。
アッシュはルキの家族に関して、昔に受けたとある依頼の最中に色々と知ることになり、それをルキにも伝えて聞きたいかと尋ねたが必要ないと断られたことがあった。
それ以降も気にした素振りを一切見せず、話題にすら挙げないので本当に興味がないのだとアッシュは考えていた。
「それは……あの子らしいわね……」
イシュタリアは呆れたようにそう言ってから更に言葉を続けた。
「でも、それならそれでアッシュはちゃんとあの子の家族として大切にしなさいよ?」
「わかってる。ルキは俺の大切な家族だ。大切にするのは当然のことだろ?」
アッシュの本来の家族には兄や姉、弟と妹が存在する。だがルキにとっての家族がアッシュであるように、アッシュにとっての家族もルキだった。それと口にしたことはないがとある夫婦のことも家族のようなものだと思っている。
だからこそ大切にして、何かあれば力になりたいと考えていた。とはいえルキやその夫婦は何か問題があっても基本的に自分で解決してしまうので頼ってもらえないのが現実だった。
「ふふふ……ええ、そうね。アッシュはそうよね」
そんなアッシュの言葉を聞いて嬉しそうに、楽しそうに微笑みを浮かべながらイシュタリアはそう言った。
そしてくるりとアッシュに背を向けてそのままダイニングテーブルの椅子に座り、頬杖を突きながらアッシュを見守ることにしたらしい。
アッシュは自分のことをを見ていても面白くもないだろうに、と思いながらも静かにしてくれるならそれでも良いか、と気にしないことにして調理の手を早めることにした。
アナスン、人魚、マッチを売る少女でもはや答えが出ていますね。
まぁ、そんなものがあれば懐かしいですよね。




