Phase.1 見鏡琴音のエゴイズム②
その日は、島谷水琴と話し込んでいて、すっかり夜の遅い時間――と言っても日が沈んだぐらいの時間だが――になってしまっていた。
帰路を急ぐ彼女を足止めしたのは、彼女が予想できていない存在だった。
路地を抜けたその先に立っていたのは、一人の少女だった。
否、正確に言えば、それは間違いなのかもしれない。
彼女の目の前に立っていたのは、彼女だった。
そう言ってしまうと思考がこんがらがってしまうかもしれないが――もっと具体的に述べよう。
見鏡琴音の目の前に立っていたのは、見鏡琴音だった。
一方の見鏡琴音は学生鞄を持っていたが、もう一方の見鏡琴音はそれを持ち合わせていない。
見鏡琴音はフード付きのパーカーを着込んでいなかったが、学生鞄を持ち合わせていない方の見鏡琴音はその姿を隠すかの如く、フード付きのパーカーを身に纏っていた。
そして。
その姿を見て硬直する見鏡琴音と、ニヒルな笑みを浮かべる見鏡琴音。
二人の見鏡琴音が路地裏で、対面していた。
「いやあ、まさかこんなに早く『再会』するとは思いもしなかったよ」
「再会……ですって?」
「おや? その様子だと何も気づいてない?」
「気がつく、はずがないでしょう。だって、あなたは」
「そう。僕はあなただよ、見鏡琴音」
もう一方の見鏡琴音は、自分のことを『僕』と言った。
しかし、学生鞄を持つ見鏡琴音は一度もその一人称を使った事が無い。
ならば、他人のそら似か? だとしてもクオリティが高すぎるし、あまりに気持ちが悪い。
「他人のそら似と思うなら、それで結構。だけれど、間違えないで欲しいのは、僕は僕であり、あなたはあなたであるということ。その根源は一つであり、決して変わることのない現実だ。分かってくれるかな?」
「分かる……はずがないじゃない。あなたはいったい何者?」
「僕は……見鏡琴音だよ。正確には、その一人格とでも言えば良いかな」
「人格?」
「今、人格が肉体から分離するはずが無い、と思っただろう?」
図星だ。それを突きつけられて、見鏡琴音は何も言えなかった。
フード付きのパーカーの見鏡琴音は話を続ける。
「僕の名前は……そうだね。『ムーンライト』でも呼んで貰おうか。何せこの人格は夜じゃないと出現出来ない。普段は君の影になりを潜めているとでも言えば良いだろうか」
「つまり、根元は一緒と言いたい訳?」
「さっきからそう言っているはずだけれど?」
「分かるはずが無いじゃない。そんなこと……」
「そりゃ、あなたは僕のことを認識出来るはずがないからね。無意識のうちに作り出した人格とでも言えば良いだろうか」
「無意識のうちに? 私が? あなたを作り出したとでも言うの?」
「そこに何か間違いがあると思うかい?」
「無いとは」
言い切れない。
言い出すことが出来ない。
言えるはずが無い。
だから彼女は口ごもる。
それ以上のことを言うと、何か罰が当たるんじゃないかと思う気がしたから。
それ以上のことを言うと、何か悪いことが起こるんじゃないかという気がしたから。
「言うも、言わないも、エゴだ。結局はただのエゴにしか過ぎないよ」
ムーンライトは告げる。
「エゴ、ですって?」
「そう。エゴだ。それ以上でもそれ以下でも無い。間違いでも無ければ正しいことでも無い。だけれど、これだけは言える。今、あなたは自分自身のためにこの状況をどうしようかと考えている。僕を消そうとも考えているんじゃないかな?」
「あなたを消す? いったい、どうやって?」
「あなたなら可能だよ。『僕という人格を消す』と心の中で思えば良い。でも、あなたはそれをすることが出来ない。なぜなら、何処か心の奥底で、『このままじゃ駄目だ』という思いが生まれてきているから。だから、僕は生まれた」
「あなたが生まれることでどんな意味があるというの? あなたが生まれた意味は?」




