Phase.1 見鏡琴音のエゴイズム①
結局、見鏡琴音は普通の高校生だった。
結局、というのはどういうことなのか、という結論になってしまうのだけれど、変わった名前なら変わったところに居るべきという価値観をかなぐり捨てて貰いたいものだ、というのが普通の人間の考えかもしれない。
見鏡琴音は、普通の高校生で、普通の人間で、一般的な生涯を送る人間だ。
そうであるべきはずだった。
そうであるはずだった。
しかし。
そんなことを打ち破る出来事が起きてしまった。
人格の乖離。
乖離ということは、離れてしまうということ。
とどのつまり、人格が乖離しただけでは、肉体までそれが発生することは、そもそもの話、有り得ないのだ。だからこそ、人間は一つの肉体でしか生きていくことは出来ないのだから。
しかし、それが有り得るとしたら?
見鏡琴音は、普通の人間ではなく、選ばれた人間であると誰かが証明したら?
証明されることは難しいことかもしれないし、簡単に出来ることとは限らない。
であるならば、見鏡琴音は普通の人間ではなく、やはり選ばれた人間であるという証明をすることは出来ないのではないだろうか。
それが可能であるならば。
それが現実にあるならば。
それが虚構でないならば。
きっと彼女は、今も普通の高校生として存在出来ていたのかもしれない。
◇◇◇
「私を何処で見たって?」
「渋谷で。センター街をふらふら歩いてた。珍しいなーとは思ってたんだけど。やっぱり違ったの?」
高校生の昼休みといえば、お昼ご飯を食べながら世間話をするのが常となっている。
それは彼女たちにとってみても変わらないことだったりする訳だが――。
「だって、その時間は学校からまっすぐ家に帰ってるよ。渋谷に行くなら、みーこと一緒に行くでしょ?」
みーこ。
島谷水琴。略してみーこという訳だ。彼女自身の名前は珍しいものかもしれないが、しかしながら普通の人間であることには間違い無い。
そんな彼女との会話で違和感を抱いたのは、つい先程の話だった。
みーこが、渋谷で彼女を見たというのだ。
そんなことは有り得ない、と彼女は否定する。確かにその時間、彼女は学校からまっすぐ帰路についていた。帰り道から遠く離れることになる渋谷に向かうことは、そう簡単に出来る話ではない。
「えー。でも間違い無く、ことちゃんだったよ」
ちなみに。
島谷水琴は見鏡琴音のことをことちゃんと呼ぶ。琴がついているから、二人とも意気投合している訳だが、名前の呼び名については二人それぞれ決めているポリシーか何かがあるのだろう。高校生というのは珍しくも難しい生き物だ。
「とにかく。私は昨日渋谷には足を運んでいないよ。間違い無い。私の記憶がそう言っているんだから」
「えー、そうかなあ。でも確かにことちゃんを見た気がしたけれど……」
「声はかけなかったんでしょ?」
「そうだね。声をかけようとしたら、雑踏の向こうに消えちゃって。もっと早く声をかければ良かったんだろうけれど」
「けれど?」
「さっきも言ったかもしれないけれど、ことちゃんがほんとに居るとは思えなかったんだ。実はまったくの別人だったりして。だったらどうしようかな、とも思っちゃったんだよね。だから、」
「成る程ね。あんたらしいっちゃらしいけれど」
「何よ、それ。文句を言ってるつもり?」
「そんなつもりはございませーん」
二人はそんな会話をしながら、弁当をつついている訳だ。
しかし、彼女は直ぐに出逢うことになる。
真実を映し出す、鏡のような存在――『ムーンライト』に。