Phase.0 ムーンライトのエゴイズム
「自己を否定出来る人間というのは、よく出来た人間だと思うよな」
そうだろうか。
実際問題、そんな価値観を持っている人間などよく居るような気がする。それに、そんな考えを持っていたところで、それを否定してくれる人間も居ないだろう。良いところで、人間というのは、利己的な考えを持っているのだ。それを悪い価値観と思うか、良い価値観と思うかは、人それぞれだと思うけれど。
「でも、それに何の問題があるだろうか?」
ムーンライトは語る。
月の光は古来より神秘的なものだと捉えられてきた。月光には真なる存在を見せる力があるとも言われていて、だからこそ、月光に照らされる存在は、その偽りの存在が消えてしまうとも言われている。どこまで真実なのかは分からないけれど。
「問題が無いとは、一言も言っていない」
僕は反論する。
反論することに何の意味があるのかは、はっきりと見えてこなかったけれど。
「月光は、真実を見せてくれる。人間の醜い事を、丸裸にしてくれる。そうして僕は戦ってきた。分かるかい?」
「分からないよ。……でも、君がやってきたことは真実なのだろう?」
こくり、とムーンライトは頷いた。
「人間の醜い場所を、人間の醜い部分を、その場に曝け出すことははっきり言って難しい。だからこそ、僕みたいな存在が必要とされている。人間の醜い心を、現実世界に引きずり出す……。それがどれ程難しいことか分かって貰えるだろうか」
分からない。
「分からないと思うかもしれない。分かってくれよとは言っていない。ただ、分かり合いたいと思っただけに違いない。それがどれ程難しいことかということを、理解して貰いたいとも思っちゃいない」
分からない。
「だから僕は言っている。だから僕は言い続けている。だから僕はこの行動を実行に移している。『月光』……ムーンライトとして、ね。無論、僕の正体は殆どの人間が知らないよ。太陽の光が反射することで発生している月の光のように、月光は真実を隠してしまうことだってあるんだ」
答えない。
「実質、僕はずっとこの活動を続けてきて思うことが幾つもあった。何度だって、この活動を続けて良いものかと考えていた時期もあった。けれど、僕は今もこの活動を続けている。何故だと思う?」
答えない。
分からない。
「分からない。だから無言を貫き通す、か。まあ、分からなくもない考えだが」
否定しない。
それは正しいことだから。
それは真実に近づいていることを示しているから。
「でも、僕はそれを否定しないよ。だって、それは真実だから。月光は時に真実を見せてくれる。それは、僕にとってとても有難いことだと思っているよ」
分からない。
分からせてくれようとはしない。
「だからこそ」
ムーンライトは一歩前に出る。
「僕は思うのだよ。この世界は、醜くも、残酷で、それでいて意味の無いことが多すぎる。そしてそれを隠すことが多すぎる。隠していくことが素晴らしいこと、隠していくことが美徳だと思っているのだろうか? いや、私はそうは思わない。思いたくない。思えない」
「では、あなたはどうして存在しているのですか?」
僕は。
初めてここでムーンライトに問いかける。
ムーンライトは、ふふふと笑みを浮かべて言った。
「きっと、それは」
ムーンライトは告げる。
「…………僕のエゴイズムなんじゃないかな?」