始まりの地へ
怖いな…
何度も植え付けられた恐怖と喪失感が、私の胸をきりきりと締め上げる。
ロイの身体に回した手に、知らず力がこもった。
「…休憩しよう」
ロイが呟き、速度を緩めたのに気づき、私は目を開けた。
そこは別世界だった。
花の匂いがした。
そこは高原だった。
なだらかな勾配が幾つもあって、遠くまで見渡せるように広い草原が続く。
冬だというのに、なぜか暖かい。
所々花まで咲いている。
まるで春だ。
馬から下りて、私はロイに手を引かれた。
「…ロイ、何かした?」
「少しね」
イタズラっぽく笑う彼を驚いて見つめた。
「これでも元神だからね」
そう言って、花の中に仰向けに横になった。
「…綺麗」
花に手を触れ呟いた。
ロイはちらっと私を見ていた。
ああ、そうか。
私が不安がっているから。
「ありがとう」
そう言うと、そっと手を握られた。
見回しても誰もいない。
私とロイだけ。
不思議だ。
「ここは地上と天の狭間だ。前、ルリがゼノに連れ去られた場所と同じような所だ」
大昔は神々の和みの場だったと、ロイが言った。
水の流れる音がして、頭を巡らす。
緩やかな斜面を伝う、小さな沢があった。
澄んだ透明感に、手で水を掬って喉を潤そうと思った。
「…ん、これは…」
水の底をよく見たら、どこかの街が見えた。
「ロイ、街が見える」
返事が返って来ないので、彼を見たら気持ち良さそうに熟睡中。
え、のんき。
これからゼノを倒しに行くとは思えない。
いろいろ質問したいことがあるのだが、仕方ないので一人考える。
ここは天と地上の狭間だと言ってた。
そうだとすると、川底に見える街は地上の風景のはず。
ん?
私は空を見上げた。
先程まで今いる花の咲く高原に気をとられていた。
よくよく見ると、日中の月の見える高さぐらいにいくつも巨大な岩のようなものが浮いているように見える。
岩?
広範囲に抉られた大地と言ったほうが良いのだろうか。
遠すぎてわかりにくいが、その上には木々が生え、神殿のようなものが見えた。
「あれが、天。神々の棲む世界?」
すごいものを見てしまった。
まあ、ロイだってすごいものの部類なのだが、なんだか近すぎて、実感が湧かない。
それから、ふと思う。
なぜ、ロイは…希望の神ゼイノスは、天に還らず人々を見守り続けたのか。
ゼイノス
淋しかっただろうな
永い永い時を、たった一人で
私は沢から立ち上がり、眠っているロイの元へ戻った。
黒髪が風に揺れて、額が少し見えた。
無防備な彼の、それでも整った寝顔。
そっと頬を撫でたら、暖かみがあって、ちゃんと肌の感触がした。
確かな実体を確認して、ほっとする。
私は彼の隣で横になった状態で、上半身だけ起こして、じっと見つめた。
規則正しい呼吸。
深く眠っているのだろうか。
ロイの形のいい唇に、引き込まれるように私はキスしてみた。
柔らかい感触が、人であるのだと感じた。
欲張って、彼の唇を啄んでいたら手が伸びてきて、私は捕まえられてしまった。
ロイが返すように、私の頭を抱いて固定して、唇に噛みつくようにキスをした。
身体がかあっと熱くなった。
しばらくして、目を開けたロイが重ねていた唇を僅かに離して聞いた。
「…寝込みを襲いたくなったの?」
「襲いたい。」
切り返すと、目を見張ったロイが、私の背中に手を回した。




