あなたを置いて2
「−っ!」
気のせいかと思いたかった。
ドキリとした。
「―リ!!」
「…っ」
うつむいて唇を噛み、覚悟を決めて私は後ろを振り返った。
悲しくて、嬉しくて息を呑んだ。
「ルリ!!」
馬に乗ったロイが、全速力で追いかけて来る。
私は乗馬は得意なのだが、彼はそれ以上に手綱さばきが見事だった。
速度を緩めず、馬を走らす。
でも、声が少しずつ近づいてくる。
「ルリ!!」
「……………」
私は、ぐっと手綱を引いた。
私が馬を止めたので、ロイは速度を緩めて近付こうとした。
それを見るや、私は馬につけた荷から、弓を取りだした。
矢をつがえ、ロイに向けた。
「来るな。」
冷たく言った。
「ル、リ…」
バシュッ!
容赦なく矢を放った。
狙い通り、ロイの腕すれすれに矢が飛んだ。
ロイが苦しげな顔で私を見つめる。
「ルリ、行くなよ」
「私を解放して」
「いやだ」
「諦めて戻って」
「いやだ…」
駄々を捏ねるように言うと、ロイが馬を下り、私の方へ足を踏み出す。
バシュッ!
彼の足元へ矢を放つ。
「次は本当に射るわ!」
「ルリ…」
「来るな!」
「君は僕のモノだ!」
「お金は返した。私はもう誰のモノでもない。」
彼を見下ろして、私は言い放った。
馬を下げながら、次の矢をつがえた。
ロイは、矢を放たれても足を僅かに止めるだけで、どんどん近付いて来る。
「ルリ、戻ろう…大丈夫だから。僕はルリを悲しませないから…」
バシュッ!
ロイの頬をわずかに矢がかすめた。
じわっと彼の頬から血がにじむ。
「ルリ…そばにいて」
頬の傷を気にもかけず、ロイは微笑んだ。
ずきっ、と自分の胸が痛む。
「本当に射るよ!」
「いいよ。ルリになら…」
やめて、やめて
そんな悲しい顔で、優しい顔で、私を求めないで
私は弓を地面に落とした。
そして、代わりに短剣を懐から取り出した。
ビタッと自分の首に刃をあてがった。
「ルリ!」
「それ以上近づけば、死ぬ」
嘘じゃない。
私は覚悟ができている。
ぐっと力を込めると、私の首から、つっと生暖かい血が垂れた。
「やめろ!」
「…止まって」
足を止め、馬上にいる私をロイは見上げた。
顔を歪ませ、苦しそうな彼に、胸が引き裂かれるような痛みを堪える。
彼に表情を読まれないように、冷たさを装う。
「下がって。」
「僕を置いて行くのか?」
「下がりなさい!」
堪え切れなくなったロイが感情のままに叫んだ。
「僕は、こんなにルリを愛してるのに!どうして一緒にいてくれないんだ!」
「私は、あなたなんて嫌いよ!」
血を吐くように叫んだ。
あなたを守るために、あなたを傷つける。
「…っ」
明らかに傷付いた顔をして、ロイは私を見つめて黙ってしまった。
「…何私の言葉信じてるのよ。全部嘘に決まってるでしょ。私があなたみたいなガキ、好きになるとでも思ったの?」
「………」
「あの前世の話も嘘よ。バカね、そんなのあるわけないでしょ。あなたがあまりに純粋で、からかいがいがあったから、つい演技しちゃった。私上手いでしょ?すっかり騙されたわね」
うつむいてロイは黙ったままだ。
怒ればいい。
嫌ったらいい。
憎んでくれても構わない。
あなたが生きてくれるなら、それでいい。
「なあに?まさか本気で私が好きだと思ってた?あるわけないでしょ。まあ、奴隷から解放してくれたのはありがたかったけど…でも、あなただって下心があって私を買ったんでしょ?」
「……」
私はこれ以上はないぐらいに、冷たい声で言った。
「どうせ私を買って、身体を弄ぶつもりだったくせに!」
「…ルリ」
「もういいでしょ、ほっとい…」
「自分を傷つけないで、ルリ」
悲しい顔を上げ、ロイが 言った。
「何よ」
「僕がどのくらい君を見ていたと思うの?君が、僕を思ってわざと言ってることぐらいわかるよ」
痛々しく、ロイが微笑んだ。
「何言ってるの、自惚れないで…」
「自惚れるよ」
ゆっくりロイが、また歩き出した。
「ロイ!」
「なんだか、全力で愛してるって言われてる気分だよ。」
微笑んだまま、ロイが私に手を伸ばす。
私は迷わず、持っていた短剣で自らの手首を横に切りつけた。
「っル、リ!!」
みるみる血が流れ出す。
急激な出血に、力を失い馬の首に身体をもたれさす。
「来ないで…早く私から離れないと…このまま死ぬわ…」
身体を震わせ、ロイが涙を流した。
「お願いだ!手当てを!」
「…もう追いかけて来ないで…約束、して…」
「わかった!わかったから!」
「約束…」
「するよ…だから、手当てを…」
血の滴る手を、ロイが震えながら取った。
涙をこぼしながら、私の手首を撫で、ロイは呻いた。
「ルリ、ルリ…どうか幸せになってよ…」
癒した手首を持ったままのロイを、私は安堵して見つめた。




