あなたを置いて
朝起きると、ロイは街に商談に行くロッドの護衛に出るところだった。
「大丈夫?」
心配そうに聞いてくる彼に、私は笑った。
「ええ、大丈夫。行って」
「でも…そばにいようか?」
首を振って、私はさらりと言った。
「彼は、まだ私の前には現れないわ。だって私はまだ幸せでないから。」
「え?」
「………今生では、まだ好きな人と深い関係になってないし、子どもを授かっているわけじゃない。まだ、幸せが足りないの」
「ええ?!」
くすりと笑い、ロイの首に手を回した。
「…子ども、10人作るんでしょう?それまでは…」
「は…あ、う…」
赤い顔で固まるロイを見つめる。
「…何?ぞくぞくした?」
耳元でわざと囁いてみた。
「ル…リ…」
ぐいっと肩を掴み、ロイが私を見た。
動揺しながらも、真剣な顔だった。
「こ、子ども10人作って、君がもういいって言っても、ずっとずっと愛して、幸せでいてもらうから!年取って死ぬまで!絶対あいつには邪魔させないから!ちゃんと幸せであり続けよう!」
言われた途端に、枯らしたはずの涙がポロッと落ちた。
「ロイっ」
ぎゅう、とまだ若い少年は私を抱き締めてくれた。
もうこれだけで十分だ。
「いってらっしゃい」
振り返り、振り返り街へと行くロイに手を振り、私は精一杯の笑顔を向けた。
「……………………さよなら」
彼の姿が見えなくなるまで見送り、私は行動した。
前もって用意した手紙を、ロッドの専用馬車の中にあるタンスの引き出しにしまった。
それから、ロイの着替えの服の中に私を買った金額の残りの返済額のお金を袋に入れて隠した。
すぐに見つからないように。
でも確実に気付くように。
「少し馬を借りるね」
テレサに声をかけて、馬を一頭引き出した。
軽く乗馬を楽しむような素振りで、私は馬に乗った。
不審がられない程度の最低限の荷物を馬に載せている。
「近くをこの子と散歩してくるから」
声をかけてきたナディアに明るく言って、私はゆっくりと馬を進め、森の中へと入って行った。
そして、しばらくゆっくりと馬を歩かせた。
ゆっくりと、ゆっくりと…
もう仲間の野営地から、私の姿が絶対見えないだろう距離まで来た時
パシッ!
私は軽く鞭をふるい、鐙を蹴った。
馬が走り出す。
身を低くして風を切りながら、私は前を見据えた。
どんどん景色が変わる。
遠くへ、ずっと遠くへ!
もうロイが、ゼノが、私を探せない場所まで!
後ろは振り返らない。
ロイを守ることに迷いはないから。
大丈夫、私は最初から孤独だった。
だから、一人がいい。
もう誰も愛さない場所まで行けばいい。
そうしたら、自由だ。
ただ石や木のように、感情を動かさず、
泣くことも笑うこともない所へ行けばいい。
一人で
朽ち果てたらいい
森を抜けた、草原に出た。
速度を緩めず、全速力で馬を走らす。
風が気持ちいい。
もう彼を失わなくてすむ、その安心感で私は微笑んだ。
どこかで生きて、いつか幸せになって欲しい。
喪うことばかりだった私の切実な願いだった。
世界のどこかで、愛した人が生きている。
それだけで、私は十分だ。
たとえ、彼が私を忘れても。
いや、むしろ嫌いになってくれるほうがいい。
胸の痛みで息苦しい。
涙が止まらない。
それでも、私は嬉しい。
あなたを守れて、嬉しい
さよなら、ロイ。
今生の私の愛した、たった一人の男。




