ティーナの物語13
懸命に唇を噛み締め、ティーナは駆けた。
ゼノが名を呼んでいたが、その声もすぐに聞こえなくなった。
追ってこない…
息を切らし、山を下りながら随分走った。
草はらを抜け、森を抜ける途中で足を止めた。
胸がつかえて、樹に手を置いてずるずるとくずおれた。さっきまで走っていたのに、身体から力が抜けるようだった。
「…うっ、うう…」
口を手で覆い、嗚咽を押さえた。でも、あとからあとから波のようにせりあがるようだった。
苦しみとか痛みとか悲しみとか…その全ての感情を司る愛情が胸をつかえさす。
これでいい。
あんな姿のゼノを見るくらいなら…嫌われて、忘れ去られたほうがいい。
「ごめんね…ごめ、ん…」
何度も呟き、ボロボロ零れる涙を拭う気にもなれず、今は涙と共に彼の記憶を流し切りたくて…
最初から、わかっていた。
彼とは違いすぎる。
その存在が違う。
世界が違う。
命も運命も…
少し決まっていた別れが早く来ただけ。本当はこんな日が来ることはわかっていた。
この胸に溢れる愛しさを、時と共に消していけばいい。
神は気まぐれ。
人の及びもつかぬ存在。
きっとちっぽけな私など、すぐに忘れてくれるだろう。
だから…今突き放して正解。
もう私を見つけることもないだろう。
だって…
私の魂は、今綺麗じゃないから
足音も聞こえなかった。
ふいに手を掴まれた。
声も出ず、身体を固くした。
強い力で腕を握られ、胸の痛みを堪えて、顔を上げた。
ああ、私がどれほどの想いで貴方を突き放したか…
自らの心を切り裂くようにして、貴方を傷つけたのに!
貴方はそれすら許さないの!
「………私には、真実しか見えない。君の嘘は、聞こえない。」
腕を引っ張り、ゼノはティーナをその胸に抱き締めようとした。
ティーナは抗った。
「離して下さい!」
「嫌だ。」
怒りとも悲しみともつかない感情で、ティーナは懸命に叫んだ。
「貴方なんか嫌いよ!大嫌いよっ!」
苦しそうな顔をして、ゼノはそれでもティーナを離さない。
こんなに傷付けたのに!
苦しいなら、尚更離せばいいのに!
泣きすぎて、感情が昂って、頭がぐらぐらしながら、なんとか突き放そうと必死だった。
「嫌いよ!離して!」
「愛してる。」
静かに、でも確かな強さで告げられた。
もう無理だった。
言われた途端、力が抜けてティーナはゼノに捕まった。
「嫌だ…」
力無く、彼の胸を叩く。
「…ティーナ、ありがとう…」
ゼノが泣き叫ぶ彼女を抱き締めて言った。
Γそれほどに私を愛してくれて、ありがとう。」




