ティーナの物語11
ある朝、父親が言った。
「ティーナ、今日は私が行こうか?」
「え?」
小屋から羊を連れ出そうとしていたティーナが立ち止まる。
「毎日大変だろう?たまには…」
「ううん、大丈夫。私が行きたいから。」
内心どぎまぎしながら、ティーナは断った。
「そうか?無理するな、私が…」
まだ若い娘だ。時には遊びたい時もあるだろうと父は思ったのだろう。
そんな父の袖を、母が引っ張った。
「あなた…。」
「なんだ?」
きょとんとする父を止めて、母がティーナに微笑んだ。
「いってらっしゃい。あまり遅くならないでね。」
「はい、行ってきます!」
嬉しそうに言い、遠ざかる娘の背中を見送り、母は父を見た。
「……ほっといてあげて。」
「なぜだ?私は何も…」
「鈍いわね。あの子の顔を見て気づかないの?」
首を傾げる父に、あきれた顔をして母は言った。
「好きな人がいるのよ。多分、逢いに行ってるんだわ。」
「ええ?!」
「そっとしておきましょう。」
末の子をあやして、母は言った。
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薄墨色の空と緑の大地の間で、その人は遠くを見ていた。
何か考え込んでいるようだった。
それでも、気配に素早く気づくと振り返り、いつものようにティーナを呼んだ。
「おいで。」
座っている彼の元へ行き、ティーナが座ろうとした途端、腰に手を回された。
ぎゅっと抱き締められた。
「ゼノ?」
目を閉じて、突っ伏すように彼女の膝に頭を置いて、ゼノは言った。
「…………私は、人になりたい。」
さすがに驚き、ティーナはゼノの表情を窺った。
彼は顔をうつ伏せ、ティーナの腰に回した手に力を込め、強く抱き締める。
「ゼ、ゼノ?!何を言って…」
「…自らの神格を…取り去る。そして、輪廻の輪の中に…」
「…………。」
ティーナは、理解した。
ゼノは、苦しんでいた。
私と会ったばかりに。
「ティーナ…」
見上げてきた彼は、神や人間というよりも、一人の男だった。
余裕のない、切なく悲しい表情だった。
恋をするということが、どれほどその人を変えてしまうのか…。
心優しい、希望の神であるゼノ。彼も心在る限り、例外ではない。
胸が痛む。
神に愛されることが、畏れ多いとか、光栄とか、喜ばしいとか、そんなことよりも、ティーナの心を占めるのは苦しみだった。
いけない
彼にこんなこと言わせてはダメだ。
こんな顔させてはダメだ。
こんな苦しみを与えてはダメだ。




