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再会 - アルバート -

お読みいただきありがとうございます。



 彼女を見つけたのは本当にたまたまだった。


 参加する予定のなかった夜会に兄の代わりに参加する羽目になり、気が進まないまま義務感だけで足を運んだ。幸いなことに、この日の夜会は義姉の実家で行われたことだ。俺が夜会に出るのを嫌っているのを知っているので、何かと気を遣ってくれる。


 王子とのつながりが欲しい貴族が主催する夜会に参加すると、令嬢を妃候補にしたいのかぐいぐい押してくるから面倒なのだ。やんわりと断っても、そういう貴族の娘も人の話を聞かないほど舞い上がっていて最悪な場合は部屋に連れ込もうとする。迂闊に出されたものを口にしたら何が入っているかわかったものじゃない。


 今日も独身令嬢が押しかけてくるのだろうかと憂鬱になっていて、隙を見てこっそりと庭の方へと逃れていた。義姉の侯爵家の人たちもそれを知っているから、すんなりと逃がしてくれる。先ほど挨拶した侯爵など、苦笑いをしていたが俺を見つけようとしている令嬢たちをうまく別の場所に誘導してくれた。


 それをありがたく思いつつも、帰るまでの時間暇を潰すためにあまり人の来ない温室へと向かった。侯爵夫人が好んで手入れをしている温室でとても珍しい花々が植えられている。静かに過ごすにはとてもいい場所だった。

 のんびりとしながら進んでいたが、すぐに足が止まった。俺の特等席に誰かいるのだ。内心盛大に舌打ちした。


「殿下?」


 小さな声で呼ばれたが首を振って声を出さないようにと護衛として連れてきていたメイナードに指示した。護衛は俺の指さす方を見てああ、と頷いた。初めは警戒して様子を伺っていたが、相手が誰であるかわかったのかすぐに警戒を解いた。


「彼女は大丈夫です」

「知り合いか?」


 メイナードは珍しく笑みを見せた。仕事中、特に護衛をしているときは表情を崩さないのだが、だらしなく緩んだ笑みに思わず一歩引いた。


「ええ。可愛いですよ」


 そんなことは聞いていないのだが、ため息を付いて可愛いと言っている女性を見る。彼女が花を見ながら移動したのか顔が見えるようになった。彼女の顔を見て思わず凝視した。


「トリクシー」


 間違いない。トリクシーだった。ほんわかした空気に彼女によく似あう淡い色のドレス。子供のころとあまり変わらない。一緒にいるのは護衛と友人の令嬢だろうか。楽しい話をしているのか、笑みが浮かんでいる。


「彼女はキャロライン・セクストン侯爵令嬢です」


 メイナードが俺の呟いた名前を聞いて訂正した。


 セクストン侯爵令嬢。

 まだ一度も挨拶をしたことはないが、名前だけは知っている。


「セクストン侯爵……財務大臣の」

「そうです。珍しいな。滅多に夜会には参加しないのに」


 メイナードが色々い言っているがほとんど聞いていなかった。気持ちはトリクシーだけに向いていた。


「帰る」

「え? 殿下?」


 メイナードが驚きの声を上げたが、さっさと道を引き返した。会場へ戻れば、わらわらと令嬢が集まってきたが無視をして侯爵に挨拶をする。すぐに戻ってきた俺に驚いていたが、引き留められることなく侯爵家を後にした。


「どうしたんですか?」


 馬車に乗るなりメイナードが戸惑い気味に聞いてきた。俺は口元を緩めて笑みを浮かべる。


「トリクシー……キャロライン・セクストン侯爵令嬢に婚約を申し込む」

「は?」

「相手は侯爵令嬢だ。身分も年齢も十分釣り合うだろう。それとも彼女にはもう婚約者がいるのか?」


 トリクシーがセクストン侯爵令嬢であるならば、第三王子である自分と婚姻を結ぶのは容易だ。反対する者もいないに違いない。婚約者がいるのなら、それを潰す必要がある。


「セクストン侯爵が握りつぶしていますから、婚約者はいないはずです」


 いい情報だ。万が一、侯爵家とのつながりを重視したものであったら白紙に戻すにもそれなりの対価が必要になる。いないのなら問題ない。頭の中で色々と段取りをつけていると、メイナードが嘆息した。


「正直に言うと、キャロラインとの結婚は難しいと思いますよ」


 そんな俺の気持ちに水を差すのはメイナードだ。伏せていた目を上げてメイナードを睨む。


「俺では不足か?」

「そうではなくて。キャロラインは……社交が難しいです」


 意味が分からず首を傾げた。社交が難しいと言っても、初めて彼女を見かけたのが先ほどの夜会の席だ。何を言いたいのかがよくわからない。メイナードは言葉を選びながらも、キャロラインのことを話し始めた。


 メイナードから話を聞いているうちに拳を強く握りしめた。知らなかったとはいえ、大変な状況にあったようだ。俺自身も怪我をして動けるようになるにはかなりの時間がかかったが、トリクシーの場合はそれ以上だ。

 あの時負った傷は彼女の貴族令嬢としての道を難しいものにしていた。幸いにして、家族が大切にしているが、家族が疎ましく思っていたら彼女はきっとあのような笑顔を浮かべることはできなかっただろう。


「キャロラインもそうですが、家族がそのことを知っていて結婚をさせるつもりがありません」

「そうか」


 それでも諦めるつもりはない。どうすればいいのか、じっと考え込んだ。



******



 長い道のりだった。トリクシーを見つけてから、()()()()()にするまでは本当に大変だった。両親を説得し、兄を味方につけた。そこまでは比較的順調だ。


 その後だ問題は。

 トリクシーの父親であるセクストン侯爵が一番の強敵だった。セクストン侯爵は俺を保護していた貴族の一人で、俺がクリフロイドであることを知っている一人でもある。

 表情を変えることなく、娘には公務が難しいと突っぱねてきた。もちろん言外に怪我のことを知っているだろうという圧力もつけて。それを何とか説得した。婚約者ではなく婚約者候補というところがお互いの妥協点だった。


 しみじみと思い耽っていると、メイナードが呆れたように横やりを入れてきた。


「まだ()()()()()、ですからね。肉食令嬢を撃退して、婚約者にするまでは気が抜けないですよ」

「ノリス嬢か」


 肉食令嬢、ときいてげんなりとした。まだ13歳だというのに、どういうわけだかがつがつと襲い掛かってくる。社交界にでも出ていないというのに、虚栄心が強いようだ。王子に憧れ、というよりも王子妃になりたいという強い願望だけが透けて見えた。苦手、というよりもすでにその性格に嫌悪を感じる。


 特にトリクシーに対抗心があるのか、彼女と話そうとすると勢い良く割り込んでくる。トリクシーはそれを幸いにと逃げていくものだから、まったくもって会話が続かない。一応はノリス嬢も婚約者候補であるから、笑顔を見せるがそれだけだ。目が笑っていない自覚がある。


「それだけではないですね。そもそも殿下はキャロラインとちゃんと会話ができていませんよ」


 痛いところを突かれた。メイナードの言う通り、トリクシーと二人になると黙り込んでしまう。これは話したくないとかではなく、ついロイドであった時のような感じで話しかけてしまいそうになるのだ。それを隠そうとすると、ああ、とか、そうだ、とか簡単な返事ばかりになる。


 目だって合わせられない。合わせたら我慢ができずになりふり構わず抱きしめてしまいそうだ。


 トリクシーと結婚したいと言い出した俺に父上は正体をばらすなと釘を刺されていた。第二王子は死んでいるのだ。それを意識すればするほど、言葉が出てこない。

 その上厄介なことに、俺がロイドだと気が付いてほしい、心のどこかにそんな思いもあった。気が付いてくれないトリクシーにすねた気持にもなる。


「あああ。どうしたら」

「このままだと逃げられますよ?」

「わかっている。わかっているが……」


 メイナードは呆れたようにため息を付いた。


「キャロラインは手ごわいですよ。おたおたしているうちに、するりと逃げてしまいます」

「う……」


 言葉が返せず、どんよりとした。本当ならば、トリクシーだけを婚約者候補にしてそのまま婚約者に格上げするつもりだった。どんな手を使ったのか知らないが複数の貴族の推薦を持ってノリス伯爵が自分の娘をねじ込んできた。ノリス伯爵は能力に見合わないほど虚栄心の塊で、どうしても娘を王族に嫁がせたいらしい。

 ノリス伯爵が図に乗るのを良しとしない王家の方で他にも二人の候補者を入れた。それがオーガスタ・エアリー伯爵令嬢とシビル・カーシュナー伯爵令嬢だ。この二人はノリス令嬢を牽制することを理解している。可愛らしい妹といったところだ。


「では、今日は頑張ってくださいね」

「わかっている」


 週に一度行われる婚約者候補の令嬢たちとのお茶会に向かった。



***



 今日の茶会の場になったのは花が程よく咲いている庭だった。用意された席ではいつものように4人の令嬢が待っていた。4人が立ち上がり挨拶を交わす。


「ごきげんよう」


 おっとりとした口調でトリクシーは一番最後に短く挨拶した。言葉が短いのはあまり話したくないという意思表示であるが、今日こそはきちんと話すと決めていた。小さく息を整えると、トリクシーに話しかけようと顔を彼女に向けた。


「アルバート殿下、わたしの話を聞いてくださいませ!」


 トリクシーに話しかけようとした俺を引き留めたのはノリス嬢だ。相変わらずの自己中心的な発言に思わず眉が寄った。社交界へ出る前の14歳だからといえども、幼い言動も場を読まない性格もこちらを苛つかせる。


「あら、ジョアンナ様。殿下はキャロライン様とお話がしたいようですわ」

「そうです。ここは二人っきりにしてあげるのがよろしいですわ」


 そんな風にノリス嬢を(なだ)めたのは婚約者候補の二人だ。オーガスタとシビルはこうして時々、俺とノリス嬢の間に入ってくれる。二人ともとても愛嬌があり、会話は嫌味にならないほど軽やかだ。

 ……後で何か菓子でも贈っておこう。


「殿下はわたしとお話ししたいはずですわ!」


 機嫌を損ねたのか、不機嫌さを全開にして二人に食って掛かった。驚いたように二人は目を丸くして、それからお互いの顔を見合わせてくすくすと笑う。


「ジョアンナ様はとても純情なのですね。殿下のキャロライン様を見るあの目を見たら、とてもとても邪魔しようなんて……」

「あら、違うわよ。ジョアンナ様は逃げ腰のキャロライン様の味方をしてくださっているのよ」


 二人の言葉にノリス嬢が怒りで顔を真っ赤にしていた。早く移動するようにと俺の方へ視線を向けてくる。ありがたくキャロラインを連れてその場を離れた。


 キャロラインは自分よりも年下の令嬢に男女の関係を匂わせられたのが恥ずかしかったのか、頬を赤くしている。彼女たちを意識しているうちにと、エスコートを装って彼女の腰に手を回した。ぎょっとしたような表情をしているが、気にせず少し離れた場所へと移動する。


「ああ、助かった」

「ジョアンナ様は殿下がお好きのようですね。あれほど思われるのは素敵ですわ」

 

 そんなことを言われて力が抜けそうだ。俺はトリクシーだけが好きなのに、明後日の方向の感想を述べる彼女をつい睨んでしまった。


「……今度、ドレスを贈りたい」

「ドレス、ですか?」


 彼女は驚きに目を丸くした。俺だってこんなに突然言い出すとは思っていなかった。もっと色々な段取りがあったはずだが……どこかへ行ってしまった。


「ああ。貴女にはもっと淡い色が似合うと思う」


 トリクシーは自分のドレスを見下ろす。今日は濃い目の緑のドレスだった。とても上質なドレスであることは間違いないが、柔らかさよりもきつさが目立つ。その上、化粧も少し濃い。もっと自然な色合いにしたら今よりも美しいと思うのだ。


「殿下のお気に召さなかったようです。申し訳ありません」


 つんとした口調で告げられて、失敗したと内心焦った。


「いや、違うんだ。そのドレスも似合っているのだが」


 言葉が詰まって出てこない。ああ、なんでなんだ。こんなことが言いたいのではない。

 早く前のような親しい関係になりたいのに、どういうわけか上手くいかない。上手くいかないまま、ずるずると時間ばかりが経っていく。トリクシーも意固地になっているのか、どんどん素っ気なくなっていった。


 キャロラインを捕まえようとしているときに限って現れる、王子の義務で一度だけ夜会で踊った子爵令嬢に(まと)わりつかれて。

 ついにあの日を迎えた。


「わたくし、婚約者候補を辞退いたしますわ」


 頭の中が真っ白になった。




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