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どういうことでしょう?

ブクマ、評価ありがとうございます!



 連れて行かれた部屋は、先ほどとは違ってもっと王城の奥にある王族の居住区だった。こちらの方は初めて足を踏み入れるのだが、嫌な予感しかしない。


「あの、アルバート殿下」

「アルと呼んでいほしい」


 何、その急な距離の縮め方。


 驚きのあまりに何かを言おうと思ったが、言葉にならずにそのまま口を閉じた。引っ張られるように歩くわたしをじっと見下ろしてくる。いつものようなごっそりと感情の抜けたような顔ではない。普通の表情だ。

 今日に限って何故だろう。


「少し話をしよう」

「……わかりましたわ」


 仕方がなく、本当に仕方がなく頷いた。たとえ、ここで嫌だと言っても叶えられそうにもないし、助けもこなそうだ。

 こんなことになるなら、部屋に大人しくいた方がお父さまという味方が手に入ったかも。

 やや手遅れな後悔しながら彼の隣を歩く。不思議なことに彼の歩調はゆっくりだ。足の悪いわたしでもついていける。今日は無理をしすぎたのか、いつもよりも早い時間だがじぐじぐと痛みがあった。だが、痛みを表に出すなんてしない。


 長い廊下を黙って二人で歩き、一室に入った。気持ちよく整えられた温かみのある部屋には長椅子とテーブルが置いてあった。窓は大きく開け放たれ、清々しい空気で満たされている。


 座るようにと長椅子を示され、仕方がなく腰を下ろした。なんだか気持ちが落ち着かずに、そわそわしてしまう。さっと部屋を見回してみても、侍女も侍従もいない。窓は開いているものの、扉も閉められた。


 完全に二人だ。これはまずいのでは、と密かに息を飲んだ。

 誰かと結婚する気はないが、評判を落とすようなことは家の恥になる。ふしだらな女だと言われるのは勘弁してもらいたい。


「今、お茶を用意する」


 アルバートがわたしが座ったのを見てから、用意されていた茶器でお茶を入れ始めた。驚きのあまりに固まる。そして、すぐさま立ち上がった。


「殿下、わたくしが用意いたしますからお座りになってください」

「アルと呼べと言っただろう」


 ぶっきらぼうに繰り返された。今はそんな場合ではないというのに、アルバートはさっさとお茶を用意し、わたしの席の前へと置く。


「美味しくないが、飲めなくはない」


 なんだそれは、と突っ込みたくなるが何も言わず腰を下ろした。

 仮にも第三王子。しかもここには助けになるようなものはない。はいはいと適当に聞いて、流して、帰る。

 それだけだ。


 ……問題はできる気がしないところかもしれない。


「お話とは何でしょうか?」

「婚約者候補であったが、昨日のうちに婚約者へ変更した。婚儀の日程は……」


 婚約者へ変更?


 ぶっ飛んだ言葉に手から注意が逸れカップが傾いた。淹れたての熱いお茶が少しだけ手に零れたが、気にならなかった。


「おい、火傷する!」


 慌ててアルバートが席を立ち、カップをわたしから取り上げた。優しい手つきで手についた零れたお茶をふき取る。ドレスに落ちてしまった雫はシミになりそうであるが、そんなことは今はどうでもいい。

 まじまじとわたしの手を取っているアルバートを見つめた。すごく距離が近いが気にならなかった。


「殿下はわたくしを嫌いですよね? ああ、わかりました。新手の嫌がらせ……。随分身を切る嫌がらせのようですので、今すぐに撤回をした方が」

「誰が嫌いだ。そんなこと、思っていない」


 ぽかんとしてしまった。とても間抜けな顔をしていると思う。


 今なんて言ったのだろう?

 嫌いじゃない?


 ふと、過去を思い出す。初めて挨拶した時から、他の候補者の令嬢に見せる笑みを見せてもらったことがない。突然無口になって、こちらを見ようとしない。見たとしても、とてつもなく無表情だ。会話しようと頑張ったときもあった。だけど、彼はああ、とか、うん、とかそんな言葉しか話さない。目も合ったことがないのではないだろうか。彼と目を見て話した記憶がないから、多分、そうだと思う。


 これは嫌われている、そう判断したわたしは悪くないと思う。この態度でどこをどうとれば、好意を持っていると言えるのだろうか。


「陛下が何かおっしゃられましたか? 嫌だわ。変な声が聞こえたみたい。おほほほ」


 そうだ、きっと陛下が余計な何かを言ったのだ。それで逆らえずにわたしと婚約……。

 お父さまには頑張ってわたしの婚約者候補辞退だけは死守してほしい。切実に。


「俺の態度が悪かったのは反省している」


 ため息交じりに呟くと、ぎゅっと手を握られた。至近距離で目を覗き込まれた。思わず距離を取ろうとして体をのけ反らせた。だけど手が握られているせいで、距離は近いままだ。動いたことで真っすぐに彼の瞳を見上げることになった。彼の目に自分の間抜け面が映っている。


「殿下」

「アルと呼べと言っている。トリクシー」


 トリクシー。


 瞬きすることなく、彼の瞳を凝視した。


「どうして……その名前を呼ぶの?」

「キャロライン・ベアトリス。お前の名前だろう?」


 トリクシーはベアトリスの愛称の一つだ。でも単純に愛称というのなら、ビーとかトリスと呼ぶ方が多い。トリクシーと呼ぶ人もいなくはないが……わたしの中では特別な名前だ。


「トリクシー」


 もう一度彼が呼んだ。彼以外の人が口にすると、綺麗に綺麗にしまっていた思い出が無造作に掴み出されてしまったように感じた。ロイド以外に呼ばれたくないと、心が拒絶する。


「その名前で呼ばないでください」

「何故?」


 アルバートがわたしの言葉が気に入らなかったのか、目を細めた。


「特別な人にあげた名前だから。誰にも呼んでほしくない」

「でも、俺はその名で呼びたい」


 物わかりの悪い返事にイラっとする。つい先ほどまでアルバートには嫌われていると思っていたのに、突然距離を詰めてきたと思えば大事にしていた愛称を使いたいという。なんだこの男は。


「無理です。彼だけが呼んでいい名前なので」

「……彼って誰?」


 どういうわけか、引いてくれない。じっと真剣に見つめられて言葉を飲み込んだ。どうしたのだろうか。この部屋に来てからこんな感じで調子が狂う。これならいつもの愛想のないアルバートの方が何倍もいい。


「幼い時に亡くなった友人です。ですからその名前を呼んでほしくありません」

「そうか。亡くなったのか」


 言いたいことがあるのに言えないような葛藤が少しだけ顔に出ていた。人に心の中を見せない彼が珍しい。それだけ動揺しているのかもしれない。これといった確信があったわけではない。なんとなく聞いてみた。


「……もしかして、ロイドを知っているのですか?」

「いや」


 瞳が少しだけうろついた。その動きはアルバートがロイドを知っていると示していた。離れようとしていた手を逆に力いっぱい握りしめた。


「トリクシーというのはロイドから聞いたんですね?」


 問うというよりも、断定するような口調だ。アルバートは困ったように笑うと体から力を抜いた。


「彼から……話を聞いていて、俺もトリクシーと呼びたいと思ったんだ」

「いつですか? ロイドがわたしと遊んでいた時に殿下の話を聞いたことがありません」


 忙しく当時の記憶を思い出しながら、彼との会話に友達だとか殿下だとかのことを聞いていないことを確かめていく。そう、一言も言っていない。

 話に出ていたのは異母兄とロイドの亡くなったお母さま、そしてお父さまのことだけだ。ロイドはわたしよりも年上だったから、アルバートが異母兄であるとは考えられなかった。

 そうなると知る手段としては、わたし達が襲撃された後、アルバートと話したという場合だけだ。


「それは」

「生きているんですか?」

「生きていない」


 アルバートはすぐさま否定したが、わたしの心に生まれた疑惑は晴れなかった。

 わたしはロイドが刺されたところを見ているが、その後を知らない。わたしだって瀕死の状態であったが生き延びた。辛うじて生きていられたのだ。だから彼だって生きている可能性はある。気が付いた時には葬儀も終わっていて、お墓参りはしていない。死んだというのはわたしが会いに行けないようにするためなのかもしれない。


 大人になったロイドはどんな風になっただろう。

 黒い髪に空のような青い瞳。わたしの持っていた絵本の王子さまにそっくりだった。


 ロイドは線が細くて優しくて。大人になっても線が細いはずだ。剣とか乗馬とか苦手で、穏やかな空気を纏っているはず。筋肉だってそんなにつかない。身長だって私よりも少し高いぐらいだと思うのだ。

 何よりも泣き虫だ。一人で庭にいるときは、いつだって声を出さずに目が壊れてしまったのではないかというような感じで泣いていた。その涙が見ていたくなくて、ぎゅっと抱きしめていた。


「……」


 こうしてはいられない。生きているなら探せるはずだ。幼い時の結婚の約束というよりは、生きて無事でいる姿を見たい。彼が幸せになっているならなお良い。その隣にいるのがわたしでなくても。


 逃げないように掴んでいたアルバートの手を離すと、テーブルに置かれたカップを再び手にした。そして、ぐびっと一気に飲み切る。


 お茶の味なんて、よくわからなかった。とりあえず、出されたものを飲み切ればここを退出できる。それだけで礼儀も何もないまま無言で飲んだ。


「どこに行く気だ?」

「帰ります」

「では、部屋に案内しよう」


 意味が分からない。


 眉を寄せればアルバートが小さく笑った。初めてまともに笑みを見た。普段浮かべている社交辞令でも何でもない笑顔。


「できれば馬車を」

「駄目だ。婚儀までここに滞在してもらうことは決まっている」


 婚儀まで?


 頭がくらくらした。


「決まっている?」

「王族としての知識を身につけてもらうためだと思ってほしい」


 メイナードの言っていた監禁、このことだったのか。

 王子の婚約者が王族だけが持つ知識を学ぶために王城に住まう。この国では当たり前の仕来りだ。おかしいことは何もない。わたしも聞いたことがある。


「……ロイドを探したいので、婚約破棄をしてもらいたいのですが」

「俺はキャロラインが好きだ。結婚したい。だから破棄はしない」


 素直に思いを述べられて唖然とした。


 好きだ。結婚したい。


 アルバートの言葉を何度か頭の中で反芻した。その意味が分かると一気に頬がかっと燃えるように赤くなる。


「えええ???」

「ロイドは怪我がもとで死んだ。だから探す必要はない」


 きっぱりと言い切られて反論が思い浮かばない。黙り込んだわたしは用意された部屋へと案内された。

 




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