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会ってはいけない人と会ってしまいました

ブクマ、評価ありがとうございます。


 部屋を抜け出せれば、勝手知ったる王城。


 領地から王都にやってくる数か月はお父さまにくっついて何度も登城しているので城の内部はかなり詳しい。お父様さまの部下が気晴らしにと城の中を色々と案内してくれたのが始まりだ。


 怪我をしてからはうろつかなくなったが、お父さまに連れられた日は護衛と共に人通りの少ない通路を選んで、城の散策したものだ。


 そのような場所ばかりうろついていたのは、上位貴族と王族と顔を合わせないようにするためであった。理由は簡単。子供であってもお茶会に連れ出されてしまうのだ。


 一度、お父さまの知り合いの公爵夫人に捕まったときはひどかった。大人ばかりのお茶会に連れていかれて、あれこれ世話を焼かれた。動き回れずに非常に窮屈だった。それ以降、会わないように歩く道を選んだ。


 なるべく人通りが少ない道を選びながら、騎士団のある建屋を目指す。大抵のお願いは騎士団で叶う。特にガイルの息子メイナードは幼いころから面倒を見てもらっていて、わたしにとても優しくて甘いお兄さんだ。わたしが怪我をして動けなくなった後、とても過保護になった。怪我が治ると気晴らしにとこの騎士団に連れてきてもらっていた。


 今回も誰に頼ろうかと考えた時に、真っ先に浮かんだのがメイナードだった。


 すらりとした背の高い騎士で、少し垂れ目の色っぽいお兄さん。いつも午前中は着崩した制服に気怠く髪をかき上げていることが多い。どんな優男かと思うかもしれないが、ただの筋肉馬鹿だ。


 脱いだらすごいんだと鍛え上げられた腹筋や腕を我が家に来ては上着を脱ぎ自慢げに披露していた。

 わたしも貴族令嬢なのだけれど、どういうわけだかメイナードはやたらとわたしに筋肉自慢をする。そのたびに、お父さまの指示を受けた家令が丁重に屋敷から追い出していた。何があっても取り乱した所を見せない家令が変態めと忌々しそうに呟いていたのが印象的だ。


 見た目はガイルにまったく似ていないのだが、性格が残念なことにガイルに似ていた。要するに頭が筋肉でできている。あれでもう少し賢かったらもっと女性に人気があったはずだ。何故か、メイナードはお姉さんではなく、()()()()に人気が高かった。


「こんにちは」


 のんびりと戸口で声をかけた。中で休憩していた騎士が驚いてこちらにやってきた。この騎士もよくわたしの相手をしてくれる人だ。メイナードも信頼しているのか、真っ先にケリーだと紹介された。愛称だと思うけど、家名は聞いたことはない。


「キャロライン嬢じゃないか」

「ええ、わたくしですわ?」


 よくわからない問いかけに、返事をする。ケリーは首をひねっていた。


「ガイル団長に拉致されたんじゃなかったかな?」


 流石、ガイルおじさま。ちゃんと情報伝達しているじゃない。

 わたしはにっこりと笑顔を見せた。


「お父さまは無理ですが、わたくしは無罪放免ですの。ですが、誰も馬車を用意してくれなくてこうして頼みに来ました」

「へえ、そうなんだね。侯爵が財務大臣を辞めるなんて無理だとは思っていたよ。キャロライン嬢はとんだとばっちりだったね」


 人のいいケリーは疑うことなく、にこにこと笑って相手をしてくれる。わたしもニコニコと笑顔を返した。


「ええ。今すぐ手配してもらえます?」

「馬車を呼ぶよりも、メイナードでいいじゃないか」


 どういうことだろうと瞬くと、彼は追加で説明した。


「メイナードは今日はこれで上がりなんだ。馬車を待つより、馬で送ってもらったらいい」


 なかなかいい提案だ。わたしはすぐに頷いた。ただ部屋を見回すが、メイナードの姿がない。


「さっきまでいたんだけどな?」


 おかしいな、とぶつぶつ言いながら他の騎士に聞いてくれる。


「訓練場ですか。わかりました、行ってみます」

「そのまま帰っていいと伝えてくれ」


 伝言も引き受け、わたしは訓練場へと足を向けた。



******


 騎士団の建屋の側には大きな訓練場がある。ここは剣技を磨いたり、集会を開いたり、色々だ。色々でわかると思うが、わたしは実際のところよく知らない。ただ、メイナードがよくここで後輩たちと剣を通じて楽しく()()()()をしているので、何度か来たことがあった。


「メイ……」


 訓練場に彼を見つけ、名前を呼ぼうとしたがすぐに引っ込める。そして、さっと物陰に隠れた。


「なんでいるのよ、こんなところに」


 舌打ちをしたい気分だ。何故か、メイナードの練習相手がアルバートなのだ。遠くでもつややかな黒髪は目についた。わたしがここから抜け出すにはメイナードの力が必要だが、今アルバートと顔を合わせるのはまずい。きっと陛下がわたし達親子を捕まえるように命令していることを知っているはずだ。


 いい案が浮かばず唸っていると、天の助けがやってきた。


「アルバート殿下ぁ」


 令嬢としての話し方としては微妙だと思いつつ、これでアルバートがシンディーとここを離れると思えば天使に見える。腹の立つことも多いが、彼女はわたしにとっては神の使いに違いない。

 シンディーが執拗にアルバートを追いかけまわしているとは思うのだが、そう簡単に居場所がわかるものだろうか。誰か手引きをしているのだろうなと思いつつも、様子を伺う。


 耳を澄ますが、二人の会話がほとんど聞き取れなかった。仕方がなくそっと覗くと、メイナードが呆れたように彼女を見ていた。ふとメイナードが顔を巡らせこちらを見た。ばっちりと目が合う。機会を逃さないよう必死にこちらに来てほしいと視線に思いを乗せた。


「通じたわ!」


 メイナードがアルバートに短く断りを入れてから、剣を鞘に戻しながらやってきた。


 流石、メイナード! できる男は違うじゃない!


「こんなところでどうしたんだ? お前、監禁決定じゃなかったっけ?」

「は? 監禁決定?」


 やべえ、とメイナードが顔を歪ませた。

 監禁なんて穏やかじゃない。一体、どういうことだろうか。聞いてみたくなったが、聞いたら駄目な気がした。

 そろりと静かに後ろに下がる。


「ちょっと王城に来たから、挨拶に来ただけよ。では、ごきげんよう」


 くるりと方向を変え、何事もなかったかのように歩き出そうとした。


「キャロライン……か?」


 なんで、ここにいるんだろう?

 先ほど、シンディーとしゃべっていたわよね?

 今すぐにでもどこかに連れていかれそうな感じだったと思うんだけど。


「ごきげんよう、アルバート殿下」


 焦らず優雅にお辞儀をしてから、にっこりと笑顔で押し切る。こうなったら、笑顔で離脱だ。


 困ったときは笑顔だ。何があっても笑顔!

 わたしも貴族令嬢なのだから、作り笑顔なんてお手の物よ。


「待ってくださぁい! アルバート殿下」


 舌足らずのような話し方をしながらシンディーが寄ってきた。天使かと思っていたけど本当に使えない女だ。もう少しアルバートを引き付けていてほしかった。穏やかな離脱が難しくなりつつあるのを感じて、内心焦った。


「ええ? キャロライン様……?」


 不思議そうにぽつりと落とされた言葉。ああ、そういえば今日は恐ろしく素に近い格好だった。いつもと違う雰囲気のわたしに戸惑っているようだ。ようやくアルバートがどこか戸惑った感じに見えた理由に思い至る。


 メイナードがそういえば、と天気を話すように気軽に話し始めた。思わず自然とメイナードに目を向けた。3人の注目を集めたメイナードといえば、じっとシンディーだけを見つめていた。


「リーベン嬢だよね? 君、誰の許可をもらって騎士団の建屋にいるんだい? 色々なところで目に余る行動をしているから、どうにかしてくれと相談されているんだけど」


 まさかの不法侵入?

 というか、どこから入ってきていたの?


 メイナードからシンディーに視線を向けると、彼女は焦っていた。


「いえ、その。あの……」


 言葉にならない言葉を繰り返している。アルバートが目を細めきつい視線を向けた。何故か殺気立っていた。


「リーベン嬢。場合によっては家ごと処罰する」

「そんな! 家族は関係ないです!」


 アルバートの冷たい言葉にさっと顔色を悪くして、シンディーは後ろに下がった。逃げるようだが、無理だろう。後ろから他の騎士たちが近づいてきていた。おそらく、シンディーの調査をしている人達だ。


 口を挟むことなく、その様子を見ていたがこれは天の采配だ。わたしの逃げる隙ができたともいう。


 やはりシンディーは天の使いだ。

 幸運を祈っているわ、と心のうちで呟き、わたしも違う方向へと徐々に下がる。


「どこに行くんだ? キャロラインはこっちだ」


 わたしをがっちりととらえたのは、どういうわけだかわたしを嫌いなはずのアルバートだった。


「え?」

「後日、手合わせをお願いする」

「もちろんです。殿下」


 メイナードはにこやかにアルバートを挨拶を交わした。わたしと目が合うと、ぱちりと片目を閉じてくる。


 がんばれよ。


 言葉にしていないが、口の動きで理解した。理解したが……。


 え?

 何故?


 頭の中は疑問符でいっぱいになった。




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