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お父さまと高笑いです。祝杯をあげました

お読みいただきありがとうございます。


「でかした! キャロライン!」


 夜半過ぎに、お父さまが帰ってきた。今か今かと待ちくたびれていたが、馬車が入る音を聞いて玄関へと向かった。玄関には丁度お父さまがいて、家令へと手荷物を渡していた。わたしの姿を見るなり、きつく抱きしめた。


 氷のような冷たさを感じる美貌を笑みに崩してわたしを抱き上げ、子供のようにくるくるとまわす。身長差があるから仕方がないのだが、子供っぽくて少し恥ずかしい。それでも、満面の笑みを浮かべているお父さまを見て、そんな文句も言えない。体を支えるためにお父さまの肩に両手を置いて、飛ばされないように力を入れた。


「こんなにもうまくいくなんて、思ってもいなかったぞ! お前はなんて素晴らしい娘なんだ!」

「当然ですわ! お父さまこそ、辞任できましたの?」

「ああ! 娘が殿下に迷惑をかけてしまい、婚約者候補を辞退したのだ。親も責任を取って辞任するのは貴族として当たり前の姿勢だろう?」


 どうやらお父さまも、円満に離職できたようだ。

 若い時から財務大臣を務めているお父さまはに人間味のない冷徹な人間だと言われているが、それは外だけの話。

 家の中ではとても感情豊かだ。

 そして、領地にいるお母さまと弟、わたしを心の底から愛してくれている。


 だからこそ、財務大臣などやめて領地経営に本腰を入れたかったお父さま。


 財務大臣の専属文官として城に勤めていたお父さまはその手腕をお爺さまに買われて、25歳の時に18歳のお母さまの婿として侯爵家に入った。政略結婚だけどお互い一目惚れ。お母さまと二人、領地を盛り上げていこうとしていた矢先、国に掻っ攫われた。


 お父さまは伯爵家の三男で、財務大臣につくには能力はあっても身分が足りなかった。お母さまと結婚して侯爵家を継ぐことが決まった途端に、身分が十分だとして財務大臣に引き立てられたのだ。


 本来ならば大出世である。ただ、本人も家族も喜ばなかった。お爺さまは悔しがり、お母さまは愛する人と離れて暮らさなければならず泣いていた。お父さまに代わって領地を切り盛りしているのがお母さまだ。年に半分以上は領地にいる。

 わたしも王都で暮らすようになったのは3年ほど前からだった。これは単純に貴族令嬢としての社交を行うためだ。


 誰にも嫁ぐつもりがないわたしと領地に帰りたいお父さまが結託して考え出したのが、アルバートに嫌われているという建前での婚約者候補の辞退だ。


 アルバートに嫌われて、と簡単に考えがちだがそれが意外と難しい。程度を間違えると不敬になるし、変に刺激するのも逆効果だ。婚約者候補のうちの一人であるジョアンナはとても積極的に距離を縮めていたが、残念なことに18歳のアルバートに対してジョアンナは14歳なのだ。年齢的な釣り合いを考えると、アルバートがわたしを選ぶ確率の方が高くて、どうしようかと悩んでいた。


 できるだけ好みに合わないようにきつい化粧をして、好まなそうな色の濃いドレスを身にまとった。お妃教育で顔を合わせれば、冷たい笑みを張り付けてできる限り高飛車に話した。もちろん、会話も避けた。変な情を持たないようにアルバートの人柄をできる限り見ないようにした。


 思っていた以上にうまくいったのは、不本意ながらシンディーがいたおかげだ。


 キャロライン様がいたような気がして、キャロライン様の声がして。


 曖昧な言葉にも関わらず、わたしが関与しているのではと疑わせるのだから貴族って本当に怖い。

 心配するところといえば、馬鹿の一つ覚えのように同じことを繰り返していたところだ。これ以上回数を重ねれば、侯爵令嬢であるわたしを故意に貶めしているとしてシンディーの方が断罪されかねない。

 今日、うまい具合に辞退できてよかった。嫌われるよりも、迷惑をかけてしまったから、というのは結果としてもいい。


「でも本当にこれでよかったのかい?」


 ふと我に返ったお父さまがわたしを見下ろした。わたしはにっこりとほほ笑んだ。


「ええ。見るに堪えない醜い傷痕のあるわたしが王子妃になんて相応しくありませんもの。それにわたしには公務は無理ですわ」

「キャロライン」


 お父さまの瞳が少し陰った。仕方がないこととはいえ、腰から足の方へ広がる醜い傷痕はお父さまにとっても辛いものだと思う。

 お父さまは幼いころしか目にしていないと思うが、剣で深く斬りつけられた傷は赤く盛り上がっている。背中の傷痕を見ると大抵の人が顔をひどく歪めて背けるのだ。幼い頃は使用人たちの態度にとても傷ついたが、今ではそれも仕方がないかと受け入れている。


 傷痕も気になることではあるが、もっと問題なのは足の方だ。斬られた位置が悪かったのか、立ち続けることができない。痛みといっても我慢できないほどではないのだが、無理をすればしばらく動くことができなくなる。現在だって貴族令嬢でありながら、社交を制限しているくらいだ。


「気になさらないで。傷痕がというのもありますが、本音を言えば王子妃なんて自由がなくて真っ平です。わたしは自由にゆったりと暮らしていきたいのです」


 お父さまは何も言わずに、優しくわたしの頭を撫でた。その気持ちの良い手に思わず目を細めた。

 二人で応接室に入ると酒を用意した。この日のために用意していた特別なお酒だ。


「さて、お祝いをしようじゃないか」


 にやりと笑って、お父さまはグラスを掲げた。わたしもそれに倣う。


「明日は領地へ帰れますわ」

「ああ、ようやくあの職場から解放された。なんてうまい酒なんだ」


 一気に飲み干したお父さまはしみじみと呟く。その瞳にうっすらと涙の幕が張っていた。


「いつ王城の執務机で死ぬのかと恐れていたが、こんな明るい未来があったんだな」

「これからはお母さまとお幸せに暮らしてくださいませ」

「そうしよう。私が領地のことを何もしないから、お前の母には、マリアンヌには苦労ばかりで……」


 どうやらお酒を一気に煽ったせいで酔いが回ったようだ。しばらくは泣いているだろう。そっと家令に視線を向ければ、彼も涙を拭っている。


 気持ちはわからなくもない。財務はすべてお父さまが切り盛りしていた。足らないお金をひねり出し、ちょろまかす貴族を脅しつけ、国王にはもっと金をかけろと文句を言われ。


 それはもう身も細るような生活だ。下からは突き上げられ、上からは圧力をかけられ。見ている家族は本当にハラハラしていた。手を貸せないことが本当に悔しかった。

 表情が死んでしまったかのようなお父さまがこうして涙を流せるなんて、感動以外何もない。


「お父さま、お母さまもきっと喜んでくださいます。明日は家族全員で晩餐を取りたいわ」

「ああ、ああ、そうだな。久しぶりにマリアンヌを堪能したい」


 色気たっぷりにうっとりとした表情になったのを見て、ちょっと微妙な気持ちになる。お父さまは40歳を超えているとはいえ、とても色気があるのだ。気怠い表情なんて外でしたら、暇を持て余した貴族夫人たちが愛人になりたいと押しかけてくる。


 そうならなかったのは、仕事の過酷さで表情をなくしたのと、お母さまを病的なほど愛しているからに他ならない。お父さまがわたしを普通の親子の愛情で留まっているのは、わたしがお父さまによく似ているせいだ。お母さまにもっと似ていたら、そもそも第三王子の婚約者候補にも上がらないはずだ。


「……」


 そこまで考えて、第三王子の婚約者候補なんて蹴ることができたんじゃないかという単純な疑問がわく。

 ちらりとお父さまを見た。


 聞いてみたいが……今は無理か。


 お母さまと一緒に何をしようかと真剣な顔をして家令と相談しているのだ。領地に戻ってから聞いてもいいだろう。


 暢気にお酒を飲みながら、明日からの自由な生活を思い浮かべてた。




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