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彼を見つけました

読んでいただいてありがとうございます。


 アルバートときちんと話そう。


 そう決めていたのに、勇気が出ない。

 アルバートもユーインが訪ねてきた日の夜、何か言いたそうであった。だけどわたしがアルバートに話をさせなかった。いつもと同じ今日あった出来事を話しただけだ。

 どうやって切り出していいのか、わからなかった。前のように結婚したくない、と言っただけでは駄目できちんと私の気持ちを説明する必要がある。


 でも何から話したらいいのだろうか。時間も有限で悩んでいるうちに就寝の時間だ。アルバートも忙しくしているので、まとまっていない考えを話すために引き留めるのは躊躇(ためら)われた。


 アルバートはわたしが話すのを待っているのか、じっと問うように見つめてくる。言葉にならないわたしに呆れることなく、優しく頭を撫でてから部屋を後にした。


 早く話したいという思いもあるのに、いざ彼の顔を見るとどうしても言えない。たった一言、王子妃なんて自信がないと告げればいいのにどうして言えないのだろう。色々な事情を言い訳にしてきたけど、結局わたしは自分の弱さを隠してきただけだった。アルバートに言えないのは自分の弱さを認めたくないのかもしれない。


 ため息ばかりをついていると、スターシアが気晴らしに肖像画でも見てみたらどうかと勧めてきた。毎日のように庭の散策をしているので、動ける範囲で楽しめそうなところを探してもらったようだ。


「肖像画?」

「はい。王族の方々の他の居住区につながる回廊には歴代の国王陛下と妃殿下の肖像画が飾られております」

「許可はいるの?」

「肖像画が飾られている回廊は王太子様の居住区につながっておりますが、事前に連絡を入れたら問題ありません」


 他の王族の居住区につながる道なら許可が必要かと思ったが、いらないという。流石に訪問するには先触れが必要だが、回廊の肖像画を見るだけなら不要らしい。

 スターシアの言うように部屋に閉じこもっていても気分が落ち込むばかりなので、腰を上げた。


 スターシアの案内で肖像画のある回廊に足を進めた。絵が悪くならないように考えられた採光は柔らかく陰影を作り出している。不思議と落ち着く雰囲気に体の力が抜けた。ゆったりと肖像画を見ながら歩いた。


「こちらが初代国王陛下です」


 スターシアは王族の居住区に努めているだけあってよく知っていた。ここに配属になると真っ先に覚えさせられるのだと教えてくれる。


 とても古いものから最近のものまで綺麗に並んでいる。肖像画であるのに一斉に自分を見られているような感覚になるのは、肖像画であっても生きているようだからかもしれない。そして支配者としての目が存在感を表している。血の繋がりなのだろうか。どことなく皆似ている。


「青い目の王様が多いのね」


 一枚一枚ゆっくりとみていると、全員とは言わないが綺麗な青い瞳をしていることに気が付いた。この国はわたしの持つ色が一番多いのだが、王族は青色が多かった。


「髪の色は色々ですね」


 スターシアも言われて気が付いたのかじっくりと観察している。アルバートも綺麗な空色の瞳をしているし、国王様も同じ色だ。


「国王陛下もアルも……王太子様も同じ色だったわね」

「そうですね」


 二人で頷きあいながら新しい時代の方へと移動した。

 最後の肖像画は現在の国王様のものだった。戴冠時に描かれたものなのか、とても若い。しかも若い頃の絵はアルバートにも王太子様にも似ていた。


「こちらは……ああ、前王妃様です」


 スターシアが次の絵を案内した。前王妃、と聞いて頷いた。話は聞いている。わたしがまだ幼い頃に病気で亡くなっていた。今の王妃様の印象が強くて、前の王妃様と言われてもぴんとこない。


 大きな肖像画には優しい笑みを浮かべた美しい女性とその子供が描かれていた。子供はまだ8歳くらいだろうか。ユーインよりも少し小さい気がする。


 柔らかそうな黒髪に綺麗な空の色。

 一緒に描かれている線の細い女性によく似て、とても華奢な体をしていた。


 わたしが王子さまのようだと思っていた彼は本物の王子さまだった。


 肖像画に描かれてるロイドはわたしの知っている彼とは違っていた。とても幸せそうな明るい顔をしている。


「この王子は誰?」


 震える声で尋ねれば、スターシアが肖像画を見上げながら淡々と答えた。


「第二王子のクリフロイド殿下です。たしか前王妃様と同じ流行り病で亡くなっています」

「クリフロイド殿下」

 

 どうやって部屋に戻ってきたかは覚えていなかった。その日の夜、わたしは熱を出して寝込んだ。



******



 わたしの中のロイドはいつだって少し寂しい感じの男の子だった。

 初めて裏庭であった時、どうしてこんなにも辛い目をしているのだろうと思ったのだ。


 だからできる限り遊びに行った。外に引っ張り出し、色々遊んだ。困ったような顔をしながらも、彼は根気良く付き合ってくれたし、とても楽しかった。

 ちょうどお母さまがユーインを産んだ後で一人でいることが多かったから、遊び相手ができたことが純粋に嬉しかった。


 ロイドは時折声を殺して泣いていた。涙だけがぽろぽろと落ちてくるその泣き方が苦しくて、見つければ力いっぱいぎゅっとした。そうするとわたしよりも少しだけ大きな体でぎゅっとしてくれるのだ。


 笑った彼が好きだった。いつでも笑ってほしかった。


 彼に笑ってほしくて大好きな花やお菓子、特別に大切にしている絵本だって見せた。彼は初めは困惑していたけど、そのうちだんだんと笑顔が増えていった。わたしが大好きだと言ったお菓子をいつも用意してくれて、二人でお茶を飲むだけでもきらきらした時間になった。


 最後のあの日、わたしがお願いしたのだ。外で遊びたい、と。


 一人だけ助かったのは辛かった。

 結婚を約束したロイドは迎えに来ることができない。


 ロイドがわたしを助けようとしてくれたことはわかっている。きっと生きていてほしいと思ってくれているのだとも思う。

 だけどそれはわたしも一緒だ。ロイドに生きていてほしかった。


***


 ゆっくりと目を開けると、そこにいたのはアルバートではなくヘレナでもなく、お母さまだった。


「よかったわ。気が付いたのね」


 ふわりと柔らかな笑みを浮かべたお母さまはわたしの額に濡れた布を置く。


「気分はどう? あなた、突然熱を出して倒れたのよ」


 熱で倒れたと言われてもあまり覚えていなかった。熱で倒れてしまったので、お母さまを呼んでくれたのかもしれない。


「お医者様は環境に慣れようとして疲れがたまったのだろうとおっしゃっていたわ。まだ熱があるから、横になっていてね」


 優しく諭されるように言われた。わたしは涙が溢れてくるのを止められなかった。


「ロイドは……第二王子だったのね」

「キャロライン」

「ひどいわ。どうして教えてくれなかったの?」


 お母さまが困ったように名前を呼んだ。お母さまが悪くないことは頭ではわかっている。だけど責めるような言葉は止めることができずに勝手に飛び出した。


「クリフロイド殿下はとても体調を崩していたのよ。療養するために我が領地に来ていたわ」


 ため息とともにお母さまが話し始めた。あっさりと話してくれているのは、わたしがロイドが誰であるか知ったからだ。病死となっているためロイドの死因は箝口令(かんこうれい)が敷かれているのだと思う。


「事情があってそれ以上は話せないわ。でも、これだけは伝えてほしいとアルバート殿下から言付かっているの」

「アルから?」

「ええ。クリフロイド殿下は最後までトリクシーと助けてほしいと望んでいたと。だから気に病むことはないと」


 アルバートはずるいと思う。そんな言葉を伝えられたら、後ろを向けないではないか。きっとわかっていて伝えているのだ。


「わたし、アルと結婚はしません」

「あなたもアルバート殿下をお慕いしているのでしょう?」

「……お慕いしています。でも、ロイドの弟と結婚はできません」


 自分の気持ちを伝えてから、できないことを告げるとお母さまは困ったような表情を浮かべた。どこか心配そうな色も浮かべている。


「どうして?」

「だって」


 お母さまの短い追及に言葉が詰まった。


「どちらかというとクリフロイド殿下の事情にあなたは巻き込まれただけなのよ。あなたはクリフロイド殿下とは顔見知りでしかないわ」


 冷静な指摘に気持ちが落ち着いてくる。お母さまの指摘は最もだった。

 わたしとロイドの間にあるものなんて、ほんのちょっとの間、一緒に遊んだ薄い関係性だ。いつまでも綺麗な思い出のまま大事にしているわたしが特別に思っているだけ。あの時間が特別すぎて、そして終わりがとても苦しすぎて記憶としていつまでも褪せることなく残っている。

 彼が誰であるか知ってしまえば、アルバートの兄が死んだのに一人だけ生き残ったことがひどく苦しい。


「それにね、この結婚は王命です。こちらから断ることはできないのよ」

「わかっています。わたし、修道女になります」


 そう、結婚前に修道院へ走ってしまえば問題なく保護されるはずだ。国王であっても一度入った修道女を還俗させるのは難しい。修道院は厳しいところであるが、一人生き残ったわたしには相応しいはずだ。


 がちゃんと何かが落ちた音がした。大きな音に驚いて顔を向ければ、扉に茫然としているアルバートがいる。彼の足元には水が入っていたと思われる水差しが転がっていた。きっとわたしの言葉を聞いたのだ。


 彼の姿を認め、寝台から体を起こした。ゆっくりと息を吐き、声が震えないように腹に力を入れる。ぐっと両手を握りしめた。


「修道女になってロイドの冥福を祈ります」


 そう新たな決意を告げた。




 熱があって、昔を思い出して、ちょっと感傷に浸りすぎていたのだ。まあ、感情がぐちゃぐちゃだったから物語の主人公ぶってしまったのは仕方がないと大目に見てほしい。


 こんなことを高らかに宣言してどうなることかを失念していた。


 最悪なことに、周囲が結託した。

 味方だと思っていた家族も引きこもりは許しても、修道院へは行かせるつもりはなかったようだ。


 後日、修道院から丁寧なお断りの手紙が届いた。人生はまだ長いのだから希望を持ちましょう、と励ましで締めくくられていた。


 手回しよくこんなことをするのは二人ぐらいしかいない。

 手紙を読み終わった後、アルバートとお父さまに悪態をついた。





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