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予定通り、婚約者候補辞退です!



 暖かな日差しの中、王宮の庭には手入れの行き届いた花たちが咲き、回廊を歩く人たちの気持ちを穏やかにする。特に今日は未婚の令嬢が多く、ところどころで響き渡る声は明るく華やかだ。


 王宮では月に一度の恒例になりつつある未婚の令嬢を招いてお茶会が開かれたのだ。王妃はとても人を惹きつける魅力あふれる女性で、そのお茶会は終始和やか。


 わたしもそのお茶会に招待された帰りであり、久しぶりに会う友人と会話を楽しみながら我が家の馬車が待つ車寄せまで歩いていた。

 優しい日差しの中、楽しい気持ちで歩いていたが、彼らを目にして思わず目を細めた。


「まあ……みっともないわね」


 明るい日差しにはいささか不似合いの濃い色のドレスを身にまとい、上品ではあるが少しきつめの化粧を施したわたしは紅く塗った唇を歪ませた。一緒に歩いていた伯爵令嬢であるリリアーヌ・ロムリーはそちらに視線を向けてから、さりげなくそらす。


「まったくです。目に入れないようにしているこちらのことも考えてほしいです」


 ため息を付きながらも見ないようにと視線をそらし、わたしへと向けた。お互いに見つめあい、苦笑する。


「彼女、回を重ねるごとにどんどんひどくなりますわね」

「キャロライン様はよろしいのですか?」


 声を落とし、リリアーヌは心配そうに聞いてきた。

 それもそうだ。庭の片隅で普通ではありえない距離で話している二人のうち片方はわたしの婚約者候補だからだ。嬉しそうに頬を染め第三王子であるアルバートを見つめているのは婚約者候補でも何でもないシンディー・リーベン子爵令嬢。

 どうやらアルバートは今回も逃げられずに彼女に捕まったようだ。


 シンディーはアルバートを毎回捕まえることができる、ある意味すごい令嬢だ。今日は回廊で捕まっているところを見ると、茶会から戻ろうとしているところを突撃されたのだと思う。

 婚約者候補であるわたしは嫌がるアルバートからシンディーを離さないといけないのだが、ここしばらくそれをしていない。


 2回目の時に思ったのだ。二人の間に入っていくと、わたしの方が悪く見えることに。同時に、シンディーはわたしの評判を落とすことが狙いだと気が付いた。


 リリアーヌの心配に曇る顔を見つめて笑みを浮かべた。


「お気遣いありがとう。殿下の婚約者候補はわたくしの他にも3人ほどおります。正直なところ、力不足だと判断されて婚約者候補から外れてもかまいませんのよ。それに殿下は……わたくしを苦手と思っているから」


 そう、早めに婚約者候補から外してほしい。あまり評判が落ちないような退場を模索していたのに、今の状態はかなりまずかった。アルバートがわたしに普通に接してくれていればまた違ったのだが、彼は明らかにわたしのことが嫌いだ。


 引きこもりたいわたしはどんなに外聞が悪くても関係ないけど、悪すぎるとセクストン侯爵家を継ぐ弟が苦労する。そんな苦労を弟には背負わせたくない。


 うふふ、と笑っていると突然強い眼差しを感じた。この視線は振り返らなくても誰のものか知っている。


 こんなにも距離があるのに気がつくなんて、すごい察知能力だ。

 それともあの子爵令嬢がさりげなく誘導しているのかしら?

 どちらにしても本能的にかぎ分けているに違いない。


 アルバートはきっと社交的な笑みを消して無表情でこちらを見ているはず。わたしを見るといつも表情をなくすのだ。婚約者候補になってから、笑顔で接してもらったためしがない。


「殿下がこちらに来ます」


 リリアーヌがこっそり教えてくれる。声をかけられるのは面倒なので、素通りしてくれることを祈りながらそのままリリアーヌを見ていた。彼女は居心地の悪そうな顔をしている。


「キャロライン」


 低い声で名を呼ばれた。舌打ちしたい気持ちを隠し、ゆったりと優雅に見えるように振り返った。すっと腰を落として臣下の礼を取る。


「ごきげんよう、アルバート殿下」


 礼を取ったのと同じくらい時間をかけて態勢を戻すと、顔を向けた。アルバートの後ろには心配そうな様子でうろうろしている子爵令嬢がいる。


 わたしがアルバートとシンディーの間に入らなくなったら、今度はわたしに嫌がらせされているかも、とか相談するようになっていた。こちらが回避したいと思っているのにどうしても関わろうとしてくる。

 そのやり方に怒りたくなるが我慢だ。ここで怒ってしまっては彼女の思うつぼだ。


 目指すは円満な婚約者候補の辞退と輝く引きこもり生活だ。


「リーベン嬢がキャロラインから嫌がらせを受けたというのだが本当だろうか?」


 アルバートとしてもきっと彼女を排除したいけど、決定的な何かがあるわけではない。苦々しく思っているのはその顔を見ればわかる。ただ、人が多くいるところで聞こえるように騒ぐシンディーの訴えを無視すれば、わたしに対しておかしな噂が流れてしまう。それを心配しているから、毎回何もなかったことを言葉にして確認する。


 でも、そろそろまずいのではないかしら?


 最後は勘違いだったと謝っているとはいえ、流石に3回……いえ4回目? 

 子爵令嬢が侯爵令嬢であるわたしにやっていいことじゃない。普通の感覚の貴族なら、彼女の行動はわたしを陥れるためではないか勘繰るだろうし、放置しすぎても侯爵家としては問題だ。侯爵家としても抗議の手紙を送るなどして放置しているわけではないのだけど、全く改善が見られない。


 さらりと周囲を見回せば、心配そうに見ている人たちとシンディーを見て苦々しい顔をしている人たちがこちらの様子をうかがっていた。これだけの人間がいれば、今日の出来事もすぐに拡散する。内心ため息を付きながら、アルバートの言葉を否定した。


「わたくしが嫌がらせをしたというのがよくわかりませんが」

「心当たりがないと」

「ええ」


 これも毎回の会話。そもそも侯爵令嬢であるわたしが婚約者候補に粉をかけている子爵令嬢に多少の嫌がらせをしたところで咎められることはできない。

 というか、具体的にはどんな嫌がらせよ。アルバート自身が聞かないところを考えれば、面倒なんだろう。


「そうだろうな。キャロラインがリーベン嬢に嫌がらせをする理由がない」


 軽く頷くと、シンディーの方を向いた。穏やかな表情に見えるが、目に明らかな怒りがにじんでいた。やりすぎたと思ったのか、彼女はびくりと体を揺らす。


「あの、わたし、勘違いをしただけかもしれません」


 シンディーはやや焦りを見せながら、小さな声で弁明する。

 前回までならここで終わりだが、今日はこれで終わりにはしない。いや違うか。これで終わりにするのか。


 気合を入れてぐっと腹に力を入れた。

 さあ、今日が最後よ。これでわたしの運命が決まる。明るい未来を手に入れるためには、ここが勝負よ。


「リーベン嬢、あなたはわたくしをよほど陥れたいようですね」

「ええ? いや、ちがう……」


 アルバートの態度に加え追い打ちをかけるようなわたしの問いに狼狽えたのか、シンディーは上手くしゃべれない。わたしは申し訳ない顔をしてアルバートを真正面から見つめた。


「殿下にもとてもご迷惑をおかけしているようです」

「キャロライン」


 話の雲行きが怪しくなったのに気が付いたのか、アルバートがやや強い口調でわたしの名を呼んだ。だけど、ここでやめない。

 

「わたくし、婚約者候補を辞退いたしますわ」

「辞退……?」


 驚いたようにアルバートが目を見開いた。信じられないものを見るようにわたしを凝視する。ちょっと困ったように首を傾げた。


「別に問題はありませんでしょう? 他にも3人ほどおりますし……殿下は特に候補者の一人であるジョアンナ・ノリス嬢ととても仲がいいようですから」


 ジョアンナ・ノリスとは婚約者候補の一人で、わたしとアルバートよりも4つ年下の伯爵令嬢だ。なかなか積極的にアルバートに絡んでいく。見たところ、仲がいいというよりも面倒にならないように流している程度なのだが、そんなことはどうでもいい。


 ジョアンナは確実にアルバートに恋をしているし、わたしが辞退すれば自然と3人の中で比較的距離の近いジョアンナが筆頭になるだろう。ちらりとシンディーを見れば、彼女は喜色満面(きしょくまんめん)の顔だ。わたしを追い落としたことがそれほど嬉しいのか、隠せていない。


 やれやれとため息をつきたくなるが、神妙な表情を維持する。彼女の狙いが実のところよくわかっていなかった。


 彼女がどんなに頑張ってアルバートに纏わりついても候補にも上がらない。身分も足りないし、彼の後ろ盾という目的にもかなっていない。アルバートがシンディーに恋をしているのならそれも有効だと思うが、彼が彼女に恋しているようには見えない。笑顔で接していても社交辞令の域だ。


 それとも婚約者候補たちを蹴散らしてから、じっくりと愛でも育む予定なのだろうか。わたしとしては辞退できるなら何でもいいのだけど、目的がわからないのは落ち着かなかった。


「殿下のお手を煩わせるようなことになったのは、わたくしの能力不足が原因です。わたくしは領地に下がって静かに暮らしたいと思います」

「ちょっと待て。突然何を言い出すんだ」


 ようやく我に返ったアルバートを見て、笑いださなかったわたしを誰か褒めて。

 いろいろ心配だったけど、いい感じだわ。シンディーによって追い落とされたようにも見えるけど、嫉妬に狂って断罪されたというよりはよっぽどいい。しかもこの程度のつまらない事実なら、噂もすぐに消えるだろう。


「細かいことは父に相談いたします。では、今までありがとうございました」


 再び頭を下げると、成り行きに動揺するリリアーヌを連れてその場を後にした。後ろからアルバートが呼ぶ声がするが、聞こえないふりをする。


 やったわ、成功よ!


 王子に迷惑をかけて婚約者候補を外れた令嬢など他に需要はない。お父さまもきっと不肖な娘の責任を取って、財務大臣を辞任する。

 二人揃って領地に引きこもる完璧な理由ができた。ちょっと強引だったけど大丈夫よ。


 これでわたし達の目的は達成したわ!

 今日はお父さまと一緒に祝杯よ! いいえ、屋敷にいるもの全員で祝杯だわ!


 かんぱーい!

 明日からドキドキわくわく新生活!!




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