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「よしハッピー、席に座ったところでもう一度言うけど。案を出してくれるか?」
「いいけどよ、どんなあんがいいんだ? 粒あんか? こしあんか? 小倉あんか?」
「粒あんもこしあんも小倉あんもいらないよ」
「何だあんご、お前あんこ嫌いなのか? 家族なのに」
「俺はあんこの家族ではないよ?」
確かにあんこと俺は、濁点があるかないかの違いしかない近しい名前をしているけど。
「やっぱそうなのか。家族なのに似てねえなってずっと思ってたんだよなあ」
コイツはあれか、今まで俺のことを似てないながらもあんこだと思って接していたのか?
そうだとしたら怖すぎるのだが……。
「ま、まあそれは置いといて。粒でもこしでも小倉でもない、有用な案を出してくれ」
「粒あんもこしあんも小倉あんも、腹を満たすには有用だぞ?」
「そのあんじゃないんだよ。どう言えばいいのかな。えっと、策だ策」
「あーもっとサクサクなのがいいのか。確かにあんこはサクサクしてねえよな」
「そうじゃなくて、構想? 構想を考えて欲しい」
「いいけどよ、でも香草はサクサクしてねえぞ? 大丈夫か?」
大丈夫じゃない……全然大丈夫じゃない。
アネモネやセレナからは変な案しか出てこなかったけど、ハッピーからは案自体が出てこないじゃないか。
「えーっと、ハッピー『人の体を大きくする方法』を考えてくれって言えば分かる?」
『分かる?』も何も既にその説明はしたはずなのだが。
そして三人とそれを了解して考え始めてくれていたはずなのだが。
一体全体これはどういう状況だ? 鳥頭か、これが自慢の鳥頭か。
「分かるよな? 方法」
「ほうとう? あれもサクサクはしてねえな」
「ちょっと食べ物から離れろよ! ほうとうじゃなくて方法だよ! やり方!」
「バリカタか、何だ麺類が食べたいのか? でもよあんご、いくらバリカタでも麺はサクサクはしねえぞ?」
「だから食べ物から離れろって! やり方! メソッド!」
「リゾットっておいおいあんご。あれこそサクサクから一番遠い食べ物じゃねえか。まったく、何を出して欲しいのか全く分かんねえぜ」
「分かんないのはこっちだぜ!」
どうして全て食べ物の話になってしまうのか、全然全くこれっぽっちも分からないぜ!
でも諦めちゃだめだ。ハッピーはセレナと違って、わざとやっているわけじゃない。
きちんと説明すれば分かってもらえる。
と言うか分かってもらわないと、そして案を出してもらわないと困る。
今のところ、何一つ意味のある意見は出てきていないのだから。
「いいかいハッピーちゃん、もう一度ゆっくり言うから、俺の言葉をちゃんと聞いてね?」
彼女の目を見つめ、ゆっくりと、一言一句きちんと発音しながら話しかける。
状況を知らない人が見れば、多分幼稚園か保育園にでも迷い込んでしまったのかと勘違いすることだろう。
「人はどうすれば大きくなれますか? 俺に教えてください」
「ああ? 何だよ食べ物の話じゃなかったのかよ。だったら最初からそう言えよな」
ハッピーちゃん、先生は最初からずっとそう言ってたんだよー?
はあ、コイツ無事に高校を卒業できるんだろうか。心配だ。
「で、何だって? 人はどうすれば大きくなれるかってか? そんなこと急に言われても分かんねえよ」
「急にって、まあいいや。そうだよな、じゃあ少し時間をあげるから考えてみてくれ」
間の伸びた返事の後、あーでもないこーでもないとぶつぶつ呟き始めたハッピー。
どうやらようやくちゃんと本題に取り掛かってくれたようである。
途中『時間って揚げたらサクサクになるかな?』みたいな言葉が聞こえたのが多少気がかりだが、まあ大丈夫だろう。
まったく、ここまでとてつもない時間と労力を使ってしまった。
「そうだ、大きくなると言えばあれだ! あれ菓子ねえ!」
数分考えた後、ハッピーは新たなスナック菓子の袋をくわえて立ち上がった。
「あれ菓子ねえじゃなくて、あれしかねえだろ」
お菓子はちゃんと、自分でくわえているじゃないか。
「それでハッピー、あれって何だよ」
「高いところに行けばいいんだよ。そうすれば多分大きくなれる」
「それはどういう意味だ? 高いところに登って周りより背が大きくなった気分を得るとか、まさかそんなことじゃないだろうな?」
「違う違う、そんなことじゃねえよ。これだよこれ」
言って、彼女はくわえていたお菓子の袋をまたも俺の膝の上に置く。
が、今度は開けてくれということではどうやらないらしい。
今朝この袋を持って登校してたときの話なんだがよーと前置き、彼女は説明を始める。
「他のハーピーの奴らと遊びながら登校してて、一回雲の上まで飛んで上がったんだよ。そしたらこの袋すっげー大きくなってさ、ビックリしたんだよなー」
「それは気圧が変わったからだな」
丁度気圧の授業を受けたとき、担当の教師が『お菓子の袋を持って富士山を登ると袋が膨らみますよ~』みたいな例え話をしていたっけか。
「気圧? まあその気圧ってのはよく分かんねえけどよ、とにかく人間も同じように高いところに行けば、大きくなれるんじゃねえか?」
「ま、まあ確かに人間も水とか骨とか肉の入った袋みたいなものだけど」
しかしどうなんだろうか、完全に密閉された袋と人間とじゃ条件が違うから、膨張はしないのでは?
でも気圧のない宇宙に生身で放り出されると、人間は膨らみ破裂するという話を聞いたこともあるようなないような。
「どうなんだあんご」
「んー俺も詳しくないからよく分からないな……」
「何だよせっかく出してやったのに!」
「悪い悪い、けど他のやつらに比べたら随分意味のある案だと思うぞ?」
「じゃあ採用だな!」
「いやただな、詳しくない俺にでも分かるほど問題の多い案でもあるんだよ」
ハッピーの想像どおり、気圧の低下で人間が大きくなれるというのが大前提での話だが。
まずは見た目のこと。当たり前の話だが、ドワーフは今の見た目のまま大きさだけ変わることを望んでいるだろう。
しかしこの案では大きくなれたとしてもそれはただの膨張、醜くなるだけだ。
二つ目は人体のこと。目に見えるレベルで体に変化があれば、生命活動に多大なる悪影響が出ることが予想される。
大きくなれても死んでちゃ何の意味もない。
そして三つ目はお菓子の袋を見ればわかる。
「なあハッピー。地上にいる今、この袋の大きさは元に戻ってるだろ?」
「おお、そう言えばそうだな」
「人間も同じで、もし高いところに行って大きくなれたとしても、地上に戻ればまた元通りになっちゃうんじゃないか?」
大きい体でいられるのは気圧の低いところにいるときだけ。
それはつまり、とてつもなく上空か特殊な機械の中でしか生活できなくなるということ。
実行するには、日常生活を放棄する必要がある。
「だからその案はちょっと無理かな」
まあ日常生活を捨て、命を危険に晒す覚悟があるのなら無理なこともないだろうけど。
ただその結果得られるのは醜い自分だけだ。無理ではなくとも無駄ではある。
「そっかーいいアイデアだと思ったんだけどなぁ」
「そう落ち込むなって。さっきも言ったけど、他の二人に比べたら悪い案ではなかったよ」
いや、よくよく考えるととてつもなくハチャメチャな案な気がしてきたけど。
他の奴らの案があまりにも酷いから、相対的にまともに感じるだけで。
その問題の他の奴らは、気まずいからか俺の視線から逃げるようにそっぽを向いていた。
「ん? と言うかハッピー、今アイデアって言ったよな。何だよお前、アイデアって言葉の意味や使い方を知ってるのか?」
「そんなの当たり前だろ! ワタシを何だと思ってんだよ!」
バカだと思っているのだが。
にしてもそうなのか、それなら方法だのやり方だのメソッドだの言ってないで、最初からアイデアを出してくれと言っておけばよかった。
そうすればあんなに時間を無駄にせず済んだのに。
そしてろくな話し合いもできないまま部活の終了時刻を迎えずに済んだのに。
しかし何を言ってももう遅い、部活終了を告げるチャイムは既に鳴り始めている。
今回も読んでくださってありがとうございました!