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2-2

「今日はドワーフの亜人からの相談だな」

 ドワーフとは簡単に言うと、成人しても人間の子ども程の背丈しか持たず、しかしそれでいて人間を遥かに凌ぐ屈強さを有する、そんな特徴をした種族の亜人だ。

 男女通じて、長くて豊かな髭を蓄えていることが多い。


「えーっと、タイトルは『どうすれば大きくなれるでしょうか』だ。詳しい内容は――」

 【我々ドワーフは種族的に背が小さく、どれだけ頑張っても他の種族の半分程しか身長が伸びません。これまでそれを気にしたことはなかったのですが、人間界で暮らしているうちに、我々ももっと大きくなりたいと考えるようになりました。しかしどうすればなれるのかが分かりません。何かいい方法はないでしょうか。】


「とのことだけど、別にそのままで構わないと思うんだけどな」

 女子は小さくて可愛らしいし、男子にしたって小さくても筋骨隆々の力持ちだ。

 正直羨ましいと感じている人は多いはずだけど。


「まあ誰しも何かしらのコンプは持ってるものか」

 ない物ねだりが、亜人を含めた人という生き物の基本だ。


「あーワタシも持ってるぞ。昆布。利尻ってところのだ」

「ハッピー、昆布じゃなくてコンプだ。コンプレックスのこと」

 彼女は何だそれと首を傾げた。

 まあ名前だけでなく頭の中も常にハッピーなコイツには、係わり合いのない言葉だろう。


「わたくしも言葉自体は知っていますけれど、いまいち意味が分かりませんの。東証株価指数のことではないんですわよね?」

「それはトピックスだろ確か。俺が言ってるのはコンプレックスだよアネモネ」

 今の流れで言えば、その意味は劣等感。


「コンプレックス。あんご先輩、それはセックスとはどれくらい関係があるんですか?」

「いい機会だからよく覚えておけセレナ」

 俺は言った。

 まったく関係ない!


「他人と比べて自分はこうだから辛い。あの人みたいになりたい。そんな感情のことだ」

「なるほど。つまりセックスは気持ちいい、コンプレックスは気持ち、そう覚えればいいわけですね?」

「そう覚えなくていい。そしてこの話ももういい」

 今回の問題はそこではないのだ。


「それよりも『どうすれば大きくなれるか』を考えてくれ。頼んだぞ」

 三者三様の返事をしつつ、彼女達は黙考し始めた。

 正直今日みたいな相談内容には、ジュリアがいてくれると心強かったのだけど。

 体の大きさの悩みについては、彼女の得意分野のはずだ。

 これもまた、ないものねだりというやつか。


「閃きましたわあんごさん」

 一番最初に手を上げたのは、アネモネだった。


「出世をするとよいと思いますの」

「出世? 出世をすると背が高くなるのか?」

「それはどうだか知りませんけれど」

 ……いやいや、知りませんけれどって。


「ただ確実に地位は高くなりますわよ?」

「確かにそうだろうな!」

 出世をすれば地位が高くなる、そんなの当たり前。ただの事実だ。


「でも今してるのは身長を伸ばす方法の話だ。出世とかどうでもいいの」

「出世がどうでもいいとは、若者がそんな向上心のなさでどうするんですの。あんごさん、あなたは将来――」

「今は、の話だ。今は出世じゃなくて背、身長の話をしてくれ」

「師匠の話? 弟子が師匠より出世することを、出藍の誉れと言いますけれど」

「そんなことは聞いてないよ!」

 お願いだから出世の話じゃなくて体を大きくする方法を考えてくれ。

 ぴしゃりと言い放つと、彼女は仕方がないなという風に眉根を寄せながら腕を組む。

 そしてしばらくして口を開いた。


「やはり出世することをお勧めしますわ」

「ちょっと待ってアネモネさん?」

「だってあんごさん、出世をすればお給料も高くなりますわよね」

「そうだな。けど給料が高くなる話も今はしなくていいからな?」

 それは分かっています、とアネモネは頷き続ける。


「わたくしがしたいのはそんな話ではありませんの。実は噂で聞いたのですけれど、お金を持てば大きくなれるとか」

「え、そうなのか?」

「ええ。気がですけど」

「気がかよ!」

 気がなのかよ! それがお前の話したかったことなのかよ!


「つまり寛容になるということですわね」

「あのなあアネモネ、俺が言ってるのは寛容じゃなくて身長。分かるか?」

「同じようなものですわ」

「全然違うわ!」

 似ているのはせいぜい言葉の響きくらいのものだし、それですらあまり似ていない。


「お前は友達に背の高さを聞くとき、『あなたの寛容は何センチ?』って言うのか?」

「わたくしの屋敷にある観葉植物は、大体八八○センチくらいありますわね」

「だからそんなこと聞いてないんだって!」

 ……そして観葉植物デカイ。

 まったく、どうしてもう少しまともな案を出してくれないんだ。

 別にやりたくて入った部活じゃないから、とかいうレベルじゃないだろうもうこれ。

 前回の相談でこんな奴の案を採用してしまったのかと思うと、腹が立ってきた。

 何だかんだで問題を解決した様子だから尚更。


「で、他は。何か案はあるか?」

「他と言われますとそうですわね。立派な息子を持つのはどうでしょう。きっと高くなりますわ、鼻が」

「…………」

「それか、スポーツ界や芸能界で活躍すれななれるんではありませんか? BIGに」

 さっきから高くなるとか大きくなるの意味が、根本的に違うんだよな……。


「わたくしが今思いつく案はこれくらいですの」

「そっか。まあ、その……ありがとう」

 色々言いたいことはあるが、アネモネが出してくれた案は一応メモ帳に打ち込んでおく。


「それじゃあ次ぎ他誰か、何か案はないか?」

「はーい、ありますあります」

 名乗りを上げたのはセレナだった。

 既に口元が怪しげ歪んでいるのが気がかりだが、とりあえず指名する。


「あのですね、手でしごくんです。そうすればすぐに大きくなりますよっ」

「手でしごく?」

「はい、こんな風に」

 セレナは緩く拳を握ると、それを上下に動かしてみせる。

 有り体に言えば、高校生男子なら一度は目にしたことがあるだろう動きだった。


「えっと、確認するけどセレナ、それは身長の話なんだよな?」

「いいえあんご先輩。身長ではなく、チン長の話です」

「どうしてそんな話をした!」

 考える時間はそれなりにあったはずだ、なのになぜ!


「しかもお前今悪びれもせず『いいえ』って言ったな?」

「当たり前ですよ。尾びれはあっても悪びれない。それがわたしのモットーです」

 人として最悪だなこの後輩は……。


「それよりどうでしょうかあんご先輩、わたしの案は」

「どうもこうもあるか、不採用に決まってるだろ」

「なぜです。効果は保障しますよ? 硬化は、と言った方がいいかもしれませんが」

「ドワーフが知りたいのは、チン長じゃなくて身長を大きくする方法だからだ」

 こんなこと言わなくても確実に分かっていると思うが、念を押して口に出しておく。

 まあ念を押したところで変わらないと思うが。

 本当に押すべきは、念ではなくやる気スイッチだ。

 果たしてどこにあるのか、そもそもあるのか、あっても機能しているのかは不明だが。


「むぅ、そうですか。じゃあ違う案にしましょう。安心してください、まだいくつか用意してありますから」

 いや、どれだけ用意されていたとしても、用意したのがセレナだと思うと全然安心できないのだけど……。


「そうですねぇ、揉まれるというのはどうでしょう。大きくなれるかもしれません」

「おーけーセレナ。また確認させてもらうけど、それ胸の話じゃないよな?」

「いえ、胸の話ですけど、それがどうかしました?」

「どうかしましたじゃないよ! なぜ胸の話をする! 身長の話をしてって!」

 今説明し直したところなのに! やっぱり全然意味なかった!


「ああ、すみません間違えちゃいました」

「ま、間違えた?」

「だって身長って英語でハイトでしょう? で、胸はバスト。似てるじゃないですか」

 どうしてわざわざ英語にしたのかが気になるなぁ……。


「あ、間違えていると言えばあれですね。胸を揉んだら大きくなるというのは、間違った情報みたいですよ」

「ならなぜその案を出したんだ?」

「出したかったからです。あんご先輩だって、出したいときに出したい場所で出したいだけ出したいでしょう?」

「はいはいそうですね」

「あ、今わたしを諦めましたね!?」

「諦めたくもなるだろ……はあ、一体お前のやる気スイッチはどこにあるんだろうな」

 お前のと言うか、お前らのと言うか。

 アネモネもセレナも、二人揃って関係のない案ばかり出しやがって。


「やる気スイッチですか? それなら上半身に二つと、下半身に一つありますけど」

「そうですか。じゃあ次の案、誰か何かない?」

「あっ、また諦めましたね!? どうしてですか、どうして諦めちゃうんですか!」

「だってお前と話してても意味のある案が出てくるとは思えないし」

 出てくるのは下ネタばかり。使えない案だったとしても、まだ真剣に考えてくれているならこんな扱いにもならないのに。


「そうは言いますけどあんご先輩、遺伝子的に決められた成長限界を超えて身長を伸ばすとか、無理がすぎるじゃないですか」

「確かにそれは思うけど……」

 それを無理と言わず、何とか方法を考えてみるのが俺達のするべきことだ。


「牛乳を飲むとか何かにぶら下がるとか、迷信めいたものでもいいから何かないか?」

「そうですねぇ……痛いっ!」

「え、ない? そんなこと言わずに考えてくれよ」

「違いますないじゃなくて痛いです! 痛い痛い、本当に痛い!」

 突然己の下半身に手を伸ばし、じたばたし始めるセレナ。

 何事かと思って机の下を覗いてみると、彼女の下半身にハッピーが噛り付いていた。


「ハッピー先輩何してるんですか噛まないでください! ちょ、あんご先輩も冷静に見てないで助けてくださいよ!」

「落ち着けって、よくあることだろ?」

 ハッピーがセレナに噛み付く光景なんて、一体これまでどれだけ見てきたことか。

 多分鳥っぽいハッピーにとって、魚っぽいセレナは恰好の餌食なのだろう。


「よくあることですけど、だからってまあいいやとはなりませんって」

 確かにそうだろう。しかし俺は助けない。少しくらい痛い目を見てもらおう。

 そうすれば俺の気持ちも幾分かは分かってもらえるはずだ。

 それにハッピーだって、甘噛みしてるだけで本当に捕食する気ではないだろうし。


「ねえハッピー先輩、いい加減離してくださいって! 聞いてます!?」

「この味は、アジだ!」

「そんなこと聞いてません! 何ですかそのくだらない駄洒落は! あとわたしはアジじゃなくてセイレーンです!」

「せんべーい?」

「ん~似てないです!」

「そうなんだよなぁ、セレナはせんべいと違ってパリパリじゃねえ。はむはむ」

「そこじゃなくって! ってそんなことはいいですからもう噛むのはやめてくださいって。あんご先輩もいつまで見てるんですか!」

 仕方ないそろそろ助けてやるか、これで少しくらいは俺の気持ちが理解できただろう。

 理解できたからと言って、反省し改心するかはまた別の話だが……。


「ハッピー、もう食事は終わりだ。それより次はお前の番だ、何か案を出してくれ」

 素直にほーいと返事をすると、ハッピーはセレナから離れ自分の席に戻った。

読んでくださりありがとうございました。

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