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「なあお前ら、他に案はもう何もないのか」
だが彼女達は悪びれもず、一様に首を横に振る。
となると後は俺の案だけだが。
しかし言い訳をするわけではないが、時間が取れなかったせいで何も思いついていない。
しかも今から考えようにも、PCのデジタル時計は部活終了の時刻を示す間際。
このままでは廃部確定だ……いや、もしかしたらもしかして、よくよく見直せば一つくらいは有用な案があったかもしれない。
無駄足掻きと知りながらPC画面のメモを読み返す。
・首を縦に振らせるために、校長に腰を振る。
・納得させるために、カイロを買ってく。
・納得させるために、パイロを持ってく。
・焼いたり切ったりと調理をするか、臭わないものを購入する。
・ネゴシエーターを雇う。
・ゴネシエーターになる。
・校長をズンバる。
「はあ…………」
案の定、何度見返しても有用な案など微塵もない。
幸いなのは、今日はいつものように落書きがされていないことだけ。
「あ、あの、あんごくん。そろそろ部活終わりの時間よ、どの案にするか選ばないと」
「でもそうは言うけどなジュリア、どの案もダメだ。どの案を選んだって絶対廃部になる」
このままじゃその未来は確実に避けられない。
どうすればいいんだ。何かこの状況を引っくり返せるような方法はないのか……。
俺はない知恵を必死に振り絞り考える。
「何か……何か……」
そんな俺の真剣な雰囲気にようやくことの重大さを本当に認識し始めたのか、彼女達は口々に不満を漏らしだした。
「こ、ここ以外の部に入るなんて絶対無理よ。私なんかに、既に出来上がった人の輪に入れるわけがないもの」
ジュリアが、尾を抱き。
「うーん。下ネタを気軽に言える土壌を作るというのは、案外大変だったんですけど」
セレナが、鰭を撫で。
「ワタシの入りてえ部活はいつ作ってくれるんだ!」
ハッピーが、翼を振り乱し。
「こうなったら武力行使だ。我の歯で噛み砕いてくれる」
キュートが、触手を打ち付け。
「これ以上お茶の時間を削らされるなど。わたくしも我慢なりませんわね」
アネモネが、毛を逆立て。
口々に。皆口々に不満を漏らす。
「私は蛇よ。蛇は一人で輪を描くのがこの世界での相場でしょ? ウロボロスだっけ? 名前はうろ覚すだけど」
「ムカつくので校長にカンチョウでもしますかね」
「ケバ部だ! ケバ部を作れ!」
「こういうときにいいことわざがあったな。確か『猫にこば――』じゃなくて『寝込みをバンっ』だったか」
「大体何の権利があってわたくしに強制などしているのでしょう。こうなったら父に頼んで解雇、いえ、蚕のようにして差し上げましょうか」
一度漏れ出した不満は留まることを知らず、どんどん溢れていく。
それだけ部活や部活を強制させられることに対して、普段から鬱憤を溜めていたのだ。
俺も含め、こういう生徒は他にもたくさんいる。
俺達は泣く泣くノープロ部に入ったが、泣く泣く他の運動部や文化部に入ったという話の例は枚挙に暇がない。
やはり部活に強制的に入らされるなど、おかしいと皆思っているのだ。
それは在校生だけでなく、卒業生だってそう。
そうしてできたのが、他ならぬこのノープロ部なのだから。
これは、連綿と受け継がれてきた悲鳴にも似た叫び。
「そうか。そこを突けばいいのか!」
「そこって? ケツですか? つまりケツを突く決意ができたということですか?」
「黙れセレナ。そんな決意はできていない」
さっきまでの危機感を孕んだ雰囲気はどこへやったんだ……。
「そこって言うのは。強制入部がおかしいって所。そもそも授業じゃないんだから、放課後の時間をどんな風に使おうが俺達の勝手だろう?」
もちろん犯罪に関わるような行為は別として。
「部活に入るか入らないか選択する権利は、生徒側にあって然るべきなんだよ」
塾に通いたいとか家の手伝いをしたいとか、それぞれの家庭の事情もあるだろうし。
そんな大層な理由がなくても、ただただ遊びたいという選択をする権利は、やっぱりあって然るべきだ。
何も部活をすること自体が悪いことだとまでは言わない。
部活から学ぶこと、部活からでしか学べないこともたくさんあるだろう。
ただ生徒に選択の自由が与えられていないのがおかしいのだ。
「多分おかしいと思ってる人は、教師にだってたくさんいるはずだ」
多分と言うか、事実ノープロ部の顧問志藤先生がそうだ。
やる気がないだとかサボり魔だとかさんざん失礼なことを言ってきたが、彼は常日頃から強制入部に対して疑問の言葉を口にしていた。
今考えれば、部に顔を出さなかったのは俺達のためにあえてだったのかもしれない。
大切なものはなくしてから気付くとよく聞くが、何とも情けない。
この部は今でも立派に部活をしたくない生徒のシェルターとして機能していたのだ。
それに彼だけじゃない、生徒が部活を強制されるということは、監督する人間が必要な以上教師だって部活を強制されることになる。
それを苦にしている教師も探せばたくさん見つかるだろう。
「ですがあんごさん。その部分を突くとおっしゃいますが、具体的にはどうやって?」
「強制入部に不満を持っている人間を、味方に付けるんだ」
「味方に付けてどうなさいますの?」
「アネモネのお父さんはされたことはないか?」
――ボイコットをするんだよ。
俺がそう言った瞬間、全員が目を丸めた。
果たして意味が分かったから目を丸めたのか、意味が分からなかったから目を丸めたのかは定かではないが。
「つまり、強制入部というルールをなくせと騒ぎを起こそうってことだ」
なぜ社会的に問題のありそうな強制入部などというルールがうちの学校ではまかり通っているのかずっと疑問に思っていたが、多分それは問題が表面化していないからだ。
騒ぎを起こし問題を表に出せば、学校側も対応せずにはいられないはず。
「まあこの案だと強制入部は無くし得ても、廃部は無くし得ないんだけど」
自分で出しておいて何だが、この案は今回の話し合いにおける解決法とは若干趣旨が違ってくる。
「それは別に構うまい。さっきも言ったが、我らは別にこの部が好きで廃部を取り消してもらいたいわけではないのだ。ただ強制的に入部をさせられるならせめてこの部がいいというだけで。問題の根本である強制入部というルールがなくなれば、ノープロ部がなくなろうが知ったことではない」
そうだ。シェルターも、攻撃がなければ必要ない。
キュートのフォローを受けて、一つ頷く。
「今キュートが言ったようなことも含めて、この案はどうか。皆に判断してもらいたい」
・ボイコットをする。
俺はメモの欄に己の出した案を書き足した。
「これでいいのか悪いのか。うまく行くのか行かないのか」
例えうまく行ったとしても、かなり強引な手段だ。
そして失敗すれば、廃部兼他部活への強制入部という地獄行きの決定打となる。
「問題点があれば指摘して欲しいし、他に何かいい案があるなら言って欲しい」
散々皆の案を切り捨ててきた俺だ、何を言われようと怒りはしない。
そんな心積もりで彼女達の意見を待つ。
「ワタシはいいと思うぜ!」
しかししばらくして、ハッピーがあっけらかんとそう口にした。
「ホイコーロー、美味しいもんな」
「おいハッピー。俺が言ったのはホイコーローじゃない。ボイコットだ」
「ボイコット? 何だそれ」
「やっぱりお前は分かってなかったか……」
個人または集団で行う抗議活動のことだと、彼女に改めて説明をする。
「ふーん。よくわかんねえな。けどあんごの出した案なら、ワタシは何でもOKだぜ」
言って、ニッと歯を見せるハッピー。
そんな全面的に信用されても正直困る。
皆の案に対して適当だ適当だと文句を言っていたが、俺が今出したこの案だって、適当ではないにしろちょっとした思いつきでしかないのに。
だがハッピーの意見に同意するように、他の部員達も首を縦に振っていた。
「お前ら、本当にこの案でいいんだな?」
再三の俺の問いかけに、全員が改めて同意を示す。
「そっか。なら今回は俺が出した『ボイコットをする』という案で行こう」
他にやり方を思い浮かばないのだから、仕方がない。
鬼が出るか蛇が出るか。
キュート風に言えば、お肉が出るかじゃがいもが出るか。
ただ思い返してみれば、俺達は今まで亜人の生徒達の身に起こった様々な問題を解決してきたわけだが、そのほとんどが、更なる問題を起こし何だかんだあった結果の解決だった。
それを考えると、この案はノープロ部らしいと言えるのかもしれない。
それに部の発足理由、命名理由から考えても同じく。
ならもうあーだこーだ言ってないで、ノープロ部はノープロ部らしくやってしまおう。
やらかしてしまおう。
「最終的にどうするかは、ご自分で選択していただければと思います。それではまた何かあれば、ご相談ください」
俺は決意を固めるため、自分で出したメールにあえて自分で返信をした。
「さて、時間を随分オーバーしてしまったな」
PCには、いつもならとっくに帰宅の途についている時刻が表示されている。
「それじゃあ今日の部活はここまで。俺は今から志藤先生にこのことを報告してくる。それと明日からは、抗議活動をしてくれる同志を集めるから、皆もそのつもりでよろしく」
いつもどおりのやる気があるのかないのか分からない返事が返ってくる。
そのことに何だか安心しつつ、PCをシャットダウン。
今日の部活、あるいはノープロ部、これにて終了。
今回も読んでくださってありがとうございました。




