7-2
「わ、私が発表してもいいかしら」
申し訳なさそうに小さく挙手をしたのはジュリア。
「いいよ。じゃあジュリアよろしく」
俺の返事を聞くと彼女は、ゴホンと一つ咳払いをして言った。
「納得させるために、買ってく。っていうのはどうかしら」
「テレビだったらカット級だな」
「あははははっ、面白い」
こんなくだらない返しが受けてしまった……。
「でもねあんごくん、どうかしらっていうのは、駄洒落に対する評価じゃなくて案に対する評価を聞いたつもりだったの」
「じゃあこっちも聞くけど。買ってくって、何を?」
「カイロをよ?」
「なぜ?」
校長にカイロを買って持って行ったところで何になるとも思えないんだが。
「なぜって、校長に渡して便宜を図ってもらうのよ。この前アネモネちゃんに教えてもらったんだけど。人間界では交渉とかをするときに、自分の有利なように運ぶため渡すんでしょ? カイロ」
「それは多分賄賂だな」
カイロを渡してどうするんだ。
「わ、わいろ?」
不正な目的でお金や品物、情報や地位を相手に渡すことだ。と俺はジュリアに説明する。
「要は、いいように取り計らってもらうために相手の懐を暖めてあげるってことだな」
「それはカイロではダメなの?」
「そんなもので誰かの懐が暖まると思うか?」
「ふ、服の内ポケットにしまえば暖まるんじゃないかしら」
物理的にはね!
「きっとカイロを渡せば、あったか~いってなって、こんないいものをくれたんだからノープロ部廃部はなしにしようって、校長も思ってくれるわ」
「思ってくれるわけないだろ」
まあ冬なら多少喜ばれるかもしれないけども。
「それは暖かさが足りないからかしら。じゃあパイロを渡すっていうのはどう?」
「パイロ? パイロって何だ」
「火」
「暖まるどころの話じゃないわ!」
火って! もはやただの熱!
そんなもの懐に入れたら校長大火傷だからね!?
「そもそも言っただろジュリア、賄賂を渡すっていうのは不正行為なんだ」
不正行為なんて働こうものなら、有無を言わさず廃部が決定されるだろう。
「だから悪いけど却下な」
「そう。ならもう私からは他に案は出せそうにないわ」
「分かった。じゃあ次は――」
誰か準備の整った奴はいないかと教室をぐるりと見回す。
まだ案を出していないのは、アネモネとハッピーとキュートの三人だ。
だがキュートは腕を組みまだ考え中の様子。アネモネも同様。
残るハッピーは……お菓子を貪り食っている。
「え、えっとハッピー。案、考えてくれてる?」
「おお考えてあるぜ、いっぱいな! 何たってこれはワタシの得意分野だからよ」
自信に満ち溢れた顔で胸を張る彼女。ただ自信があるのはいいことなのだが、彼女が『誰かを納得させること』を得意としていたとは驚きだ。
まあ本人が得意だと主張するのなら得意なのだろう、こちらとしてもそれは好都合だ。
「で、一体どんな案があるんだ?」
「それがよ、いっぱいありすぎてどれにしようか迷っちまってるんだよなー」
「それならひとまず、無難なやつでいいんじゃないか?」
「無難なやつか、じゃああれだな」
ハッピーは何かを頭の中に思い浮かべるかのような仕草を取る。
「焼く」
「校長を!?」
まさかパイロか!? パイロでか!?
「包丁? そうだな、包丁で小さく切って、卵焼きとかに詰め込むのもいいと思うぞ」
「いやいやよくないだろ、それこそ犯罪だぞ」
「犯罪じゃねえよ、テクニックだ」
テクニック? 校長を焼いたり切ったりするのが?
もはや納得させるとかさせないとか以前の話なんだけど、校長死んじゃうんだけど……。
まさかこれは殺してなし崩し的に納得させたことにするとか、そういう方向の話なのか。
何なんだ、ジュリアもハッピーも物騒なことばかり言いやがって。
「なあハッピー、無難な案でそれなのか……?」
「そうだけど、もっと高度な方がよかったか?」
「いや、もっと低度なもので頼む。今のも、今以上のも、実行できそうにない」
「そうだなー、苦手な奴にはこれでも難しいかもな」
人を傷つけることに、普通は苦手も得意もないと思うんだが……。
「誰でも簡単にかつ確実にできる方法と言えばあれだ、臭わないものを買ってくるとか」
「臭わないものを買ってくる?」
「そう、近所のスーパーとかにでも売ってるだろ? 臭わないように作られたやつが」
「悪いハッピー、何だか既視感があるんだけど。お前さっきから何の話をしてる?」
話が噛み合ってるようで噛み合ってないようなこの感じ。
以前にもこんなことがあった気が……。
「何のって、『どうすれば校長に納豆食わせられるか』の話だろ?」
「時間を返せ? な? お願いだから時間を返せ?」
一気に合点した。つまりこいつはずっと食べ物の話をしていたのだ。
それを前提に思い返してみると、確かに全ての会話に辻褄が合う。
得意分野うんぬんも、焼くだの切るだのも、テクニックどうこうも、苦手なやつには難しいたらどうたらも、全部食べ物についての話。
今日俺が告げた議題が本当に『どうすれば校長に納豆食わせられるか』だったなら、ハッピーの案は今までにないくらい的確で有用なものだっただろう。
しかしながら俺はそんなことを言っていない。
「あのなあハッピー、俺が言ったのは『どうすれば校長に納豆食わせられるか』じゃなくて、『どうすれば校長を納得させられるか』だ」
「何だそうだったのか、実はワタシもおかしいなと思ってたんだよ。どうしてあんごは校長に納豆なんて食わせてえんだろうなーって」
「おかしいなと思ったのならなぜ確認しない」
「おかしいけど、人間ってのはたまに校長に納豆を食わせたくなるような生き物なのかも知れねえなって。だから黙ってたんだよ」
「普段余計なことは言うくせに!!」
どうしてこういうときだけ口をつぐむ! 絶対わざとだ!
そもそも何だよ、校長に納豆を食わせたくなるような生き物って! 校長大迷惑だよ!
「まあまあ落ち着けよあんご。苦手な奴に納豆食わせられる方法はゲットできたんだしよ」
「時間は大量に失ったがな……」
しかも苦手な奴に納豆を食べさせる方法など、今の俺には必要ない。
「あのあんごさん、話がひと段落したようでしたら、次ぎよろしいですの?」
どうやらアネモネが何かを思いついたらしい。
しかし俺は一旦彼女に待ったをかけ、ハッピーに向き直る。
「いいかハッピー、今からでもいいからちゃんと案を考えておいてくれ」
このままではいい案どころか、案そのものが一切出てこないなんて状況に陥りかねない。
「仕方ねえな、えっと、『どうすればねっと~食わせられるか』だったよな?」
「『ねっと~』じゃない!」
まず『ねっと~』って何!? それはもう納豆みたいなものだろう!?
「そうだっけ。じゃあ何を食わせるんだ? 熱湯?」
「どうしてお前らは校長に熱をお贈りしようとするんだ……」
と言うかだから食わせる話はしていないと何度言えば。
はあ……もういいや。埒が明かない。
「待たせて悪かったなアネモネ、よろしく頼む」
「いいんですの? ハッピーさんまだ何か仰ってますけど。『セットを食わせる』とか」
「いい、もういいんだ。放っておいてやってくれ」
何だよセットって。一体何のセットだよ。
しかもまだ食わせる話をしてるのかよ。
今日も読んでいただき、ありがとうございました!




