7-1
校舎にチャイムの音が響き渡る。
今日も今日とて、ノープロ部の活動の始まりだ。
「皆集まってくれてありがとう」
俺はいつものPCのある席ではなく教壇に立ち、部室を見渡した。
宙に浮くセレナ、縮こまるジュリア、紅茶を啜るアネモネ、お菓子を貪るハッピー、腕を組むキュート。
いつ以来になるだろう、今この場所にはノープロ部の部員全員が集まっている。
亜人であり特殊な体の作りをした彼女達。
特にうちの部員は体の大きな奴が多いからか、いつもより人数が二人増えただけでも、一気に人口密度が増したように感じる。
もちろん彼女達は皆自発的に集まったわけではない、俺が今日は出席するよう一人一人声をかけて回ったのだ。
正直この人数を相手にきちんと進行して行けるのか不安だが、しかし今回に至っては部員全員で話し合う必要があるのだから仕方がない。
「今日は皆に聞いてもらいたい話がある」
もはやあえて号令をする必要もないだろうと判断し、そう切り出した。
いつもと違う状況に何かを感じ取ったのか、彼女達は珍しく黙って俺を見上げている。
「実はな、ノープロ部が廃部にされてしまうかもしれないんだ……」
そう告げた瞬間――
『ウェーイ!!』
と、さっきまでの静寂が嘘だったかのように部室内は湧き立った。
「その代わり、別の部活に入らないといけなくなるかもしれないんだ……」
しかしそう告げた瞬間――
『ウエー……』
と、さっきまでの歓声が嘘だったかのように部室内は静まった。
何と反応の露骨な奴らだ……。
「あの、どうしてそんなことになったのでしょうあんごさん」
冷静にそう切り替えしてきたのは、アネモネだった。
「なぜ排球部にされてしまうんですの?」
「いい知らせだアネモネ。排球部にはされない。廃部にされるんだ」
「間違えましたわ。廃部。校長室に呼び出されたのはジュリアさんから聞きましたけれど、一体そこで何かあったんですの?」
「うん。そのことについては今から」
そして俺は、先日校長室で何が起こったのかを、細大漏らさず全て説明をした。
今思えば、俺が校長に愛の告白をされるんじゃないかと勘違いしていたところはわざわざ言わなくてもよかったんではないだろうかと思わなくもないが、まあ時既に遅し。
「そうですか、あんご先輩振られちゃったんですね」
話を聞き終えた彼女達からまず出てきたのは、セレナのそんな言葉だった。
「セレナ、お前は何を聞いていたんだ。俺は振られてなんてないからな?」
「え、じゃあうまくいったんですか? そして校長に振られちゃったんですか? 腰を」
「腰もフラれてないわ!」
本当にこいつは一体何の話を聞いていたんだ。
と言うかやっぱり勘違いうんぬんは伏せて置けばよかった……。
「ね、ねえあんごくん。一つ聞きたいんだけど……」
言いつつ、おずおずとジュリアが手を挙げる。
「校長先生は絶好調だったかしら」
「知るか!」
満足そうな顔をしやがって! さてはこいつ駄洒落を言いたかっただけだな!?
まったくこいつらは、ことの重大性をちっとも把握してないようだな。
「いいか。もう一度言うけど、このままじゃノープロ部は廃部、そして他の部に入らないといけないんだぞ? それでいいのか。どうだハッピー」
「んー正直ワタシは他に入りたい部活があったんだけどよ」
「そうなのか? じゃあどうしてノープロ部に入ったんだよ」
「ワタシが入りたかった部がこの学校にはなかったんだよ。カ部もこん部も桜でん部も」
そんな部は世界中どこの学校に行こうとねえよ……スーパーにでも行ってろ。
「キュートはどう思う?」
「我は紫式部などという部はないと思う!」
そうだね! 正しい認識だよ!
「だからこそノープロ部にはなくなられては困る。いや、ノープロ部自体はなくなってもどうでもよいが、そのせいで入りたくもない部に強制入部させられるのは我慢ならん」
「そうだろう? 俺だってそうだ」
珍しく俺とキュートの意見が合った。
そしてキュートのそんな意見をきっかけに、他の皆も『他の部に入るのは嫌だ』『どうすれば部を残せるだろう』と口々に話し始める。
どうやら廃部に反対だという理由も気持ちも、皆同じらしい。
その言葉を聞けて一安心だが、それならばそれでもう少し焦るようなそぶりを見せてくれてもいいと思うのだけど。
心中でそんな文句を言いつつ、流れに乗って話を一気に前へと進める。
「よし皆、そこで今日の相談だ」
俺はいつも座っている席に移動してマウスを握り、いつものようにノープロ部宛てに送られてきた相談メールを開けた。
「今日の相談は亜人じゃなく人間から、俺からだ。タイトルは『どうすれば校長を納得させられるか』」
詳しい内容は、既に話したとおり。
「ただ一応俺の相談という形を取ってはいるけど、これはお前ら自身のことでもある」
つまりこれもまた、人間界の学校に通う亜人の生徒が抱える問題の一つと言えよう。
「だから真剣に考えて欲しい」
もちろん今回は話し合う内容が内容だ、普段は司会進行役である俺も今日ばかりは一緒に案を考える。
「それじゃあ皆、頼んだぞ」
これまで数々の案を得意のノリと勢いでさらりと出してきた彼女達だが、さすがに今回は今までどおりには行くまい。
長考を覚悟し、そして自身も考えを巡らすため、椅子へと深く腰を落ち着けた。
しかし俺の読みとは裏腹に、俺が何かを考える間もなくセレナの手が高々と挙げられる。
「え、も、もう思いついたのか……?」
聞くまでもなくロクな回答ではないことは分かりきっているが、しかし手を挙げているのだから当てざるを得ず、渋々彼女を指名する。
「まず聞きたいんですけどあんご先輩、納得させるってことは、首を縦に振らせるってことでいいんですよね?」
「ああ、そういう解釈で問題ない」
「りょうーかいです。それともう一つ聞きたいんですけど、結局先輩と校長先生との間には何もなかったってことでいいんですよね?」
「そのとおりだ。誤解が解けたようで何よりだよ」
正直そんな確認が今更何の役に立つのか見当も付かないが。ただ彼女なりに何らかの意図があったらしく、セレナは俺の返事を聞くとフムフムと頷き始めた。
「それで、そろそろ聞かせてくれないか。校長の首を縦に振らせる方法ってのを」
「分かりました。校長の首を縦に振らせる方法、それは――」
「それは?」
「あんご先輩が校長に腰を振る!」
はぁ…………。
「関係がなかったのがダメだったんです。あんご先輩が腰を振って気持ちよくしてあげれば、校長も快く首を振ってくれますって」
「何を言い出すかと思ったら、ただの枕じゃないか」
「真っ黒? 校長の肛門がですか?」
「真っ黒じゃなくて枕! 枕営業のこと!」
校長の肛門の色なんて知らないから! 多分黒いだろうけど!
「枕営業? 違いますよあんご先輩。枕を売るんじゃなくて、腰を振るんですって」
「だからそういうことを言ってるんだろうが」
枕営業とは、肉体による営業、性による接待のことだ。セレナの言ってることと同じ。
「その案は却下な」
「えーどうしてですか。絶対うまく行くと思うんですけど。多分」
絶対なのか多分なのかどっちだ……。
「どうしてと言うなら、どうして俺が体を売らないといけないんだよ。校長と肉体関係を持つなんて絶対嫌だからな」
そもそも校長にそっちの気がなければその行動は意味をなさない。どころか逆効果だ。
「肉体関係と言ってもこれはいやらしい行為ではなく、ただのセットクですよ?」
「発音がいやらしいわ!」
セットクって何!? 説得だろ!?
「何を言おうとダメなものはダメだ。他の案を考えてくれ」
「ですか。しかし残念ながら一つしか思いついてないんですよね、案。案じゃなくて『あん』っと言わせる方法ならたくさん思いつくんですが」
お願いだから『うん』と言わせる方法をたくさん思いついて欲しい。
「じゃあセレナは終わりということで。次ぎ誰か、何か案があればどうぞ」
まったく、盛大に出鼻を挫いてくれやがって。
俺が案を考える間も取れなかったし、先が思いやられる。
前回の投稿より期間があいてしまい申し訳ありません。
読んでいただきありがとうございました。




