6-幕間
果たして『徹底的に男子の視界に入らず関わらない』などという案を出した結果、サキュバスの生徒達がどうなったかと言うと――。
サキュバスからの相談に返信のメールを送ってから数日後の夜。
俺は自室のベットに横たわり、壁にできた黒い染みをボーっと眺めていた。
「さて。この問題、あいつらにどう伝えるべきか……」
今日はサキュバスという種族の亜人について詳しく学ぼう、という趣旨の授業が、予定されていた授業を削り特別に行われた。
なぜ他の授業を削ってまでそんなことが行われたかと言うと、あれだけ無理に近しいだろうと思われていた『徹底的に男子の視界に入らず関わらない』という行動を、サキュバス達が決行することを選択し、なおかつそれを完璧なまでにこなしてしまったからだ。
どうやら彼女達は、睡眠中の男性からこっそり精液を奪うという性質上、種族的に気配を消すのが非常に得意だったらしく、それはもう透明人間にでもなってしまったかのように男子の目に彼女らの姿は一切映らなくなってしまった。
その能力は男性教師にも発揮され、このままでは授業に支障が出ると、教師達はなぜそんなことをするのか彼女達に事情を聞いた。
そしてそれにより事態を知った教師達は、問題解決のためサキュバスの生徒達の許可と協力を得て、サキュバスという種族を正しく知ってもらう機会を作ったのだ。
まあこれで露骨にいやらしい目を向けたり、性的要求をする男子はいなくなるはずだ。
だから問題なのはこのことではない。問題なのは俺達のこと。ノープロ部のこと。
◆◇◆
ノープロ部部長日馬按悟君、君に告白しなければいけないことがある。
部活が終わり、先週志藤先生に言われたとおり校長室へと訪れた俺に校長が放った第一声が、それだった。
「こ、告白ですか……?」
ブラインドカーテンから漏れる陽光を背負った校長の表情は窺い辛いが、心なし紅潮しているようにも見える。
彼は無言のまま、立派な木製の執務机に手をつき立ち上がった。
同時に聞こえたギィという椅子の鳴き声に、びくりと心臓が跳ね上がる。
もちろんこの鼓動の高鳴りは、普段ほとんど足を踏み入れることのない部屋に立っているからということもある。
しかし俺が緊張している原因のほとんどは、この前のセレナの言葉にあった。
『もしかして告白かも。校長室に入ると、校長が顔を紅潮させて待っているんです』
そして今聞いた、顔を紅潮させた校長からの告白発言……もうダメかもしれない。
「で、でも校長先生、俺、そんな趣味はないんですけど」
「君の趣味などどうだっていい。私には関係ない話だ」
「それはつまり無理矢理ってことですか!?」
「無理矢理? まあ場合によっては強制的になるだろうね」
そんな……やっぱりもうダメだ。
「何を驚いているんだ、前にも一度忠告しただろう? 君の顧問を通して」
「ちゅ、ちゅう? いえいえ、だ、誰かとお間違えなんじゃないですか? 俺は校長先生とちゅうなんて一度もしたことがないですよ!?」
「落ち着きなさい、ちゅうじゃなくて忠告だ。覚えてないのかい?」
「忠告、ですか?」
そんなのしてもらっただろうか、いまいち記憶にないけど。
「いい加減にしないと最悪部活解散だと言っただろう。まあ覚えてないんだろうね。だからこそあれからも変らずふざけ、問題を起こすような回答を繰り返していたのだろうから」
「解散って、ちょっと待ってください、一体何のお話をされているんですか?」
「呆れたね。今まで何の話をしていると思っていたんだ君は」
「校長に愛の告白をされこの後無理矢理自主規制が必要なことをされまくるんだというような流れの話をしているんだと今の今まで思っていたんですけど」
でもそうなると『解散』に繋がらない。一体解散とは……はっ! ま、まさか!?
「実は既に俺達は付き合っていることになっていて解散というのは別れようという意味でそれはつまり今から俺はなぜか失恋をするということですか!?」
「何を早口でゴチャゴチャ言っているんだ、話をするときはしっかり喋りなさい。まあいい、では改めて告げるぞ」
「いいです告げなくて! やめてください!」
「何だ、あっさり受け入れるかと思っていたが、案外未練があるのか」
「未練だなんてとんでもないただ勝手に失恋させられるというのが癪なだけであって――」
「だが告げさせてもらうよ。ノープロ部は、解散してもらう」
「だから言わなくていいって、は、え……?」
一瞬時が止まった――いや、止まったのは俺の思考だった。
なぜこの状況でノープロ部の名前が出てきたのか、全く理解できなかったからだ。
「ノープロ部は、解散してもらう……?」
だから俺はほぼ無意識に校長の言葉を繰り返していた。
そうしてようやく理解する。その言葉の意味を、校長が何の話をしていたのかを。
「はぁよかった……告げるってそんなことをでしたか」
俺は心の中でホッと胸を撫で下ろした。
どうやら校長とラブコメを演じるようなことにはならずに済んだようだ。
「そんなこと? つい先程までうろたえていたじゃないか」
「いや、さっきまで違う話と勘違いしてまして。解散でしたっけ? そっちは了解です」
俺のあっけない反応に校長は少し面を食らったようだったが、俺としては別にこの部がどうなろうと知ったことではない。
何せ俺は、俺達は、特段入りたくてこの部に入ったわけでは決してないのだから。
「そうか、話が早くて助かる。ではそういうことでこの話は終わりだ。それと君達ノープロ部部員は、来月までに別の部への入部届けを提出するように」
「分かりました。では失礼し、って、え!?」
俺は校長に向けて下げかけていた頭を、急いで振り上げる。
「次ぎどこか別の部活に入らないといけないんですか!?」
「当然だろう? 生徒はどこか一つ部活に絶対入る。それが我が校のルールだ」
そんな……ノープロ部がなくなればそのまま帰宅できるようになると思っていたのに。
と言うことは俺に、俺達にサッカー部やテニス部、美術部や吹奏楽部に入れと!?
無理だ。既に様々な部活を見学、体験し、それでもどこにも入りたくないからノープロ部に雪崩れ込んだというのに。
それに部活が新体制に入って既に数ヶ月。どこの部も新たな部の雰囲気にも慣れ、全員で一丸となり一つの目標に向かって歩み始めている頃だ。
そんな強固に壁の出来上がったコミュニティに飛び入れるわけがない。
しかもこんなやる気のない人間に入られたら、部の方も迷惑でしかないだろう。
「校長先生。き、帰宅部っていう選択肢は……」
「そんな部は我が校に存在しない」
「な、なら新たな部を立ち上げるのは……」
「それは構わないが。許可が下りるのにはかなり厳しい審査を通らなければいけないがな」
スーッと音を立てて、歯の間から息が漏れる。
後先考えずにハイハイと解散を受け入れた数分前の自分を殴ってやりたい。
まさかこんなことになるとは。どうすればいいんだ。
どうもこうも、もうこうなったら残された道はあと一つしかないのか。
「その解散って、決定事項なんでしょうか?」
「いいやまだだ。他の教員や生徒には通達していない。その前に義理として、部長に話をしておかなければと思ったからね」
再び心の中で胸を撫で下ろした。道はまだ完全に途切れたわけではないようだ。
「なら一つ相談があるんですけど。その話、なかったことにしてもらえないですか?」
「何なんだ君はさっきから、未練があるのかないのか態度をコロコロと変えて」
「ごめんなさい。あります、未練。だから何とかならないでしょうか」
俺が必死で頭を下げると、校長はこれみよがしに溜息をつき、ある提案を出した。
「なら私が納得できる部を存続させる理由を、部員皆で話し合って考えてきなさい」
◆◇◆
全く困ったことになってしまったものだ。自業自得としか言いようがないが。
「やっぱりこうするのが一番かな……」
俺は壁の染みから、手に持っていた、染みと同じ黒色のスマホに目を向ける。
そして一通、メールを送った。
読んでいただきありがとうございました。




