6-4
「ハッピー、ずっとうんうん唸ってるけど、そろそろ案は出てきたか?」
「うんうん……」
それは唸り声なのか? それとも肯定と捉えていいのだろうか。
「えっと、ハッピー?」
「あっ思い出した! 行けるぞあんご!」
翼を大きく広げ頭上でマルを描く彼女。
「この前、この相談の解決に役立ちそうな話を丁度友達の鳥から聞いてたんだよ」
唸っていたのは、それを思い出そうと必死だったからというわけか。
でも鳥に聞いた話って大丈夫なのだろうか……一応聞いてみるけど。
「大事なのは、静かに素早く死角から近づくことだってよ」
「ん? うん、で?」
「で、近づいたら一気に掴んで空中に引き上げる。これが基本らしい」
んん? んんん? んんんん?
「ごめんハッピー、お前は一体何の話をしてるんだ?」
言っていること自体は分かるけど、全体で見るといまいち要領を得ない。
「何って捕食だろ? イメージっていうのがどんな生き物かは知らねえけど、このアドバイスどおりにすれば捕食できるはずだ」
「いやいやちょっと待て、捕食じゃない払拭だ。『どうすればイメージを払拭できるか』って言っただろ?」
「ふっしょく? 何だそれ、給食みてえなものか?」
「違う、拭い去るってこと。サキュバス達はイメージを拭い去りたいの」
「あーなるほど、そういうことだったか。勘違いしちまってたぜ」
はにかみながら翼で己の後頭部をさするハッピー。
まったく……散々あった考える時間を全て無駄にしやがって。
「そういうことなら一ついい案があるな」
言って、ハッピーはすぐに新たな提案をしてみせる。
「怖がらないことだ。怖がらず、上空まで行ったら翼を折りたたむ。そして落下の勢いを借りて一気に加速。そうすりゃイメージって奴もピュピュンと――」
「おいハッピー、それは抜き去る方法じゃないのか?」
「そうだけど。それがどうした?」
「どうしたじゃねえ、俺が言ったのは拭い去るだ! 後さっきからイメージが実在する生き物の名前みたいになってるけど、そうじゃないから」
イメージとはつまり心象のこと。
俺はこのままでは埒が明かないと、ハッピーにも分かるように一から説明を始める。
「ハッピーはさ、自分ではそんなつもりがないのに、周りからこんな目を向けられて嫌だった。みたいな経験はないか?」
「目を向けられるのは嫌だぞ? 何か怖い」
鳥だからですかね……。
「そうじゃなくて、周りから勝手にこんな風に思われて嫌だったとか」
「んー、何かワタシっていつもお菓子食べてるって思われてんだよな。それは嫌だ」
それは事実だ。
「違う風に思われたいって考えるだろ?」
「そうだな。野菜とかお肉とかも食べてるって思われてえ」
「サキュバス達も、そういうことを言ってるんだよ」
悩みの規模は全然違うが、要は今周りが持っている自分への悪評を消したい変えたい、そういうことなのだ。
「なるほど、分かった分かった。分かったぞあんご!」
ようやく理解してもらえた様子。
たださっきのこともあるからまだ油断はできないし、それに問題はここからだ。
「何かいい案は出て来そうか?」
「んーっとな、五分だけ時間をくれ」
言われて壁に掛けられた時計を確認する。
そんなに時間に余裕があるというわけではないが、まあ発表するのは彼女で最後だし五分くらいなら大丈夫だろう。そう判断し了承する。
そして待つこと約五分、ハッピーは口を開いた。
「ワタシにも昔、苦手な食べ物があったんだ」
「…………」
何とも不安しか募らない出だしだ。でもまあとりあえず先を聞いてみるか……。
「それは?」
「何だったけな……あの緑の。リーマン?」
「どうしてサラリーマンを食べるの? それは人だよ?」
「そっか、じゃあキーマンだ」
「それも人だよ! ピーマンだろ!」
「あ、思い出した。ピーマンだ!」
いやそれ今俺が言ったんですけど……。
「それで、そのピーマンがどうしたんだよ」
なぜかやらたとピーマンに反応するセレナの口を押さえつつ、疑問をていする。
今のままでは全く意味が分からない。
「ずっと苦いだけで全然うまくねえって印象があったんだよ。でも小さく切って他のものに混ぜて食べるようにしたら意外と食べられてさ。それからうまい物だって印象を持つようになって、大きいままでも食べられるようになったんだ」
「それはよかったけど。ごめんハッピー、またいまいちよく分からないんだけど」
まさかまた相談と関係のない内容の話をしているんじゃ……。
「だから、サキュバス達を小さく切って、男子に食べさせたらどうかってこと」
「はあ……?」
「そしたらワタシのピーマンのときみたいに、印象が変わるかもしれないだろ?」
「アホか! どうしてお前はさっきからカニバリズム的な発言ばっかするんだ!」
「パリパリする的な発言? 亜人って食べたらパリパリするのか?」
「しないよ! と言うか知らないよ!」
食べたことないからね! 骨がガリガリはしそうだけど!
「とにかくその案は絶対に却下だ」
「何でだ!」
「何でって、人が人を食べていいと思ってるのか?」
「そんなのダメに決まってんだろ! って、あ! じゃあダメじゃねえかこの案!」
……今更気付いたのかこのお馬鹿さんは。いや、鳥だけに阿呆と言った方がいいのか?
自分が以前した発言を覚えていないだけでなく、今している発言でさえ理解していないとは。この先無事に生きて行けるのかが心配だ。
「でもゴブリンの亜人は食べられそうだよな。ピーマンに似てるし。緑なところとか」
「こらハッピー、ゴブリンの亜人に謝れ」
この学校にもゴブリンはたくさん通っているんだぞ。
「ごぶりんなさーいっ」
謝る気ゼロ!
「やれやれだな……。他に何か案はあるか?」
「ない! 何がないって考える時間がない!」
「なくしたのはお前だろう? まあ分かった」
俺は再び壁の時計で時刻を確認した。
時計の針は、そろそろまとめに入る頃合を示している。
「それじゃあまとめに入ろう。セレナ、パソコン代わってくれ」
「え? はあ、まあいいですけど」
俺の膝の上でパソコンをいじっていた彼女はそう返事をすると、マウスに添えていた手を俺の股間に添える。
「おいセレナ、一体何をしてるんだ?」
「何って、先輩がアソコを触ってくれって仰るから」
「パソコン代わってくれって言ったの!」
まとめを始めようって時にアソコを触るよう要求する奴がどこにいると言うんだ。
まとまるものもまとまらないよ!
「とにかくそこからどいてくれ」
ようやくセレナからパソコンを取り戻すと、画面にはロリコンについてのあれやこれが記載されたページが映し出されていた。
そのページを閉じ、メモ帳のタブを開ける。
・イメージを変えるためにカエルになる(にな)。
・徹底的に男子の視界に入らず関わらない(しか)。
・イメージを変更するために転校する(てん)。
・イメージを拭い去るために、服を脱ぎ去る(さる)。
・高校にいるが、年齢で言えば幼稚園児だと説明する(うに)。
・小さく切って食べさせる(たべ)。
今日三人が出してくれた案はこんな感じ。
いつもどおり酷く、そして既に却下したものばかり。
唯一却下していないのは、ジュリアの『徹底的に男子の視界に入らず関わらない』という案だけか。
「んで、落書きをしたのはセレナだな?」
今日俺以外にパソコンを触っていたのはコイツだけだ、間違いないだろう。
「にな、しか、てん、さる、うに、たべ……何だこれは」
「今日出された案の中にいる生き物を、書き出してみたんです」
「ああなるほど」
『カエルになる』の『にな』で『蜷』と。
『視界』の『しか』で『鹿』と。
『転校』の『てん』で『テン』と。
『去る』の『さる』で『猿』と。
『高校に』の『うに』で『海胆』と。
そして最後に『食べさせる』の『たべ』で……ん?
「たべ? なあセレナ、たべって何だ?」
そんな名称の生物はいただろうか。聞いたことがない。
「ああ、それですか? それは人間です。田部さんのことですね」
「そんなのあり!?」
「ありですよ。人間だって生き物でしょう?」
「そうだけども……と言うか何だか今日の落書きは雑だな」
別にクオリティの高い落書きを望んでいるわけではないが。
「今日はロリコンについて調べるのに時間を割いてしまいましたから」
「ふーん。それで、ロリコンについては分かったのか?」
「はい。ロリータって小説が語源だったんですね。裏地を見てくる人が書いた」
「ウラジーミルな」
誰だ裏地を見てくる人って。ロリコンより変態っぽいぞ。
「間違えちゃいました、何せ付け焼刃の知識な物で。ウラジーミルさんですね。ウラジーミルえっと、アソコフさん」
「ナボコフ!」
ウラジーミル・ナボコフ!
コイツはもう……人名まで下ネタにしやがって。
「各所から怒られるぞ? そうなる前に謝っとけ」
「うらじみませんでしたっ」
コイツも謝る気ゼロ!
「はあ……まあいいや。怒られるの俺じゃないし」
そんなことよりちゃっちゃと話を前に進めてしまおう。
「それで案のことだけど。今回は、ジュリアの『徹底的に男子の視界に入らず関わらない』という案で行こうと思う」
「本当に? あんごくん。私の案を選んでくれるの?」
「他の案は一度却下してるんだから、順当だろう」
嫌な言い方になってしまうが、別段良案だったから選んだわけではない。
この案もこの案で、かなり厳しいと言える。
それでも普段の案に比べれば、まだしも人道的だなとは思うけど。
改めて酷い案しか出てこないことを痛感しつつ、返信メールを作成していく。
「最終的にどうするかは、ご自分で選択していただければと思います。それではまた何かあれば、ご相談ください」
お決まりの文を最後に打ち込み、文面にミスがないかを確認。
そして送信ボタンを押し、『送信が完了しました』とのメッセージが画面上に現れる。
部室に来客があったのは、それとほぼ同時だった。
「よかった。時間的にどうだろうと思ったけど、まだいたみたいだね」
来客。それは眼鏡をかけた髪の短い男性教師。ここノープロ部の顧問、志藤先生だった。
「珍しいですね先生がここに来るなんて。何があったんです?」
顧問でありながら、彼は節目の時期以外俺達の前にほとんど姿を現さない。
その先生が何でもない日に慌てるようにやってきたのだ、何かあったのは間違いない。
「うん、ちょっとね。日馬君、来週の月曜、部活終わりに校長室に寄ってもらえるかな?」
「校長室にですか……?」
「校長先生がね、ノープロ部部長の君と話がしたいらしいんだ」
「はあ、分かりました。忘れずに行くようにします」
あ、日馬君一人でいいからね。
志藤先生はそう付け加えると、その場から姿を消してしまった。
放送で呼び出すのではなくわざわざ口頭で伝言を届けてくれたと思ったらこの態度。
責任感があるのやらないのやら。悪い人ではないのだけど。
「話って一体何でしょうね、あんご先輩」
先生のいなくなった教室前の扉を眺めていると、横からにゅっとセレナの顔が現れる。
「さあ分からない。でも何となく嫌な予感がするなぁ……」
「もしかして告白かも。校長室に入ると、校長が顔を紅潮させて待っているんです」
「あの白髪混じりで齢五十のおっさんがか……それは笑えない冗談だ」
どうかその予想だけは外れていてくれと切に願いながら、PCをシャットダウン。
今日の部活、これにて終了。
今日も読んでくださりありがとうございました!




