6-2
待つこと数分、一番初めに手を挙げたのはジュリアだった。
「お、じゃあジュリア、発表してくれ」
「ま、まずね、イメージを払拭するには、今付いているイメージが誤解だと証明するのと、今付いているイメージを別のものに変えてしまうのと、二パターンがあると思うの」
「ふむふむ、なるほどな」
かつてないほどいい滑り出しに期待しつつ、相槌を打つ。
「それでね、イメージを変えるためにカエルになる! ……どかどうかしら」
「……カエル? またカエルか。お前は本当にカエルが好きだな」
期待を裏切るまさかの回答に、思わず溜息が出てしまう。
「好きと言うか、カエルさんになら勝てそうだから多少はいじっても大丈夫かなって」
まあジュリアは蛇だ。『蛇に睨まれた蛙』ということわざがあるように、カエルには強気でいられるのかもしれない。
ただあのことわざのように、本当にカエルが蛇に睨まれて恐ろしくて身動きがとれなくなっているのかは定かではないけど。
「と、と言うか落胆しないであんごくん。駄洒落が言いたかったわけじゃないの。つまり私が言いたいのは、イメージを変えるには、手っ取り早く見た目を変えてしまえばいいんじゃないかってことなの」
「確かに見た目は大事だな」
女性なら、髪形一つでもかなりイメージは変わってくるだろう。
「でもそこでどうしてカエルになるんだ?」
「だってただただ見た目を変えるだけじゃ意味がないでしょう? 見た目を変えてもイメージを変えられなければ結局同じだもの」
「それはそうだけど。だから、カエル??」
「ほらサキュバスさん達も言っているでしょ? 好みがあるって。男性にももちろん好みがある。だから、男性の絶対に好みではない姿に、カエルになるの」
そうすれば性的な目で見られなくなるでしょ? ジュリアは最後にそう締めくくった。
確かに。何せカエルに欲情するような人間はいないのだから。
「そこは分かった。でもさジュリア、どうやってカエルになるんだ?」
コイツの案はいつも無茶が多すぎる。まあジュリアに限ったことではないが。
「そうねえ。カエルになるには、まずオタマジャクシになる必要があるかしら」
「じゃあオタマジャクシになるには?」
「まずカエルの卵になる必要があるりそうね」
「そのカエルの卵にはどうやってなるんだ?」
「カエルの卵になるには……転生?」
て、転生?
「えっとそうね、総括すると、カエルになるにはまず土に還る」
「死んでんじゃねえか!」
「え、ごめんなさいあんごくん、神殿ではないの。私が言ってるのはカエルで――」
「知ってるよ! 何で今の流れでいきなり神殿が出てくるんだよ!」
「し、しし、神殿って言ったのはあんごくんじゃ……」
言ってないよね? 俺そんなこと一言も言ってないよね?
死んでんじゃねえか、とは言ったけど。
「ど、どういうことかしら。つまりサキュバスさん達には神殿に行って、亜人からカエルにジョブチェンジしろってこと?」
「違います。そもそもそんな神殿どこにあるんだよ」
ゲームじゃあるまいし。
「あるじゃない日本にも、ハローワークって名前だったかしら」
「あれは神殿じゃない。ただの職安だ」
「で、でもあそこには聖職者がいるんでしょう?」
「求職者がいるの!」
職安は別に、そんな宗教的な考えを持った人が集うような場所ではない。
確かにジョブチェンジはできるけども。
「あのなジュリア。俺は、お前の案のとおりカエルになるためには、一度死ななきゃいけないじゃないかって言ってるの」
「そ、そうね。そうなってしまうわね」
「それがダメだって言ってるの。死んじゃうような案はなし。却下だ」
それを聞いて、そうよねと俯く彼女はしかし、それでもとすぐに顔を上げた。
「やっぱり私はカエルになるべきだと思うの」
「珍しく強情だな今日は」
「ただ今度は本当になれとは言わないわ。カエルの『ように』なるのよ」
どういうことだ? と俺は先を続けるよう促す。
「じっと動かないでいるの。蛇に睨まれたカエルのように。または、学生の集団とすれ違うときの私のように」
「ジュリアさん、学生の集団とすれ違うときは動かないの?」
「そうよ、そうして気付かれないように気配を消しているの」
「なぜわざわざそんなことを?」
「だ、だって学生の集団って怖いじゃない。小学生でも中学生でも高校生でも大学生でも。集まると何だが『我ら無敵!』みたいな感じで広がって大声で騒いでるし」
「その無敵感はまあ分からなくもないな」
怖いとまでは思ったことはないけど。
「と言うか小学生まで怖いの? 高校生のお前が?」
「だって昔小学生に囲まれたことがあって。その子達、無邪気な顔して寄ってきたかと思ったら私に何て言ったと思う?」
「さあ、子どもの言うことだし想像もつかないけど……」
「シャークだ! シャークだ! って言ったの」
「へ、へえ……」
「私はスネークよ!」
ジュリアが突っ込み!?
っていや、子どもの間違いなんだから多少は許してやれよ……。
それにそれが小学生を恐れる理由?
「ま、まあ、正直小学生はそれほど怖くないわ。ただそれ以上はやっぱり。あんなのに気付かれて絡まれたらと思うと、私恐ろしくて……」
「それで気配を消していると」
これはもうさすがはジュリアとしか言いようがない。
「そう。でもそのおかげで、小学生以外にはまだ一度も絡まれたことはないのよ?」
そんな嬉しそうな目で言われても。
気配を消さなくとも結果は同じだっただろうと思うのは、俺だけだろうか。
いくら無敵集団だからと言って、すれ違う人間誰彼構わず絡んだりはしまい。
「サキュバスさん達もそうするべき。そうして常に男子の視界に入らないようにしておけば、いずれ今持たれているイメージや興味も薄れてリセットできるはずだわ」
「んーどうだろうな……人間、一度付いてしまったイメージをそう簡単に忘れられるとは思わないけど」
「て、徹底的によ。徹底的に視界に入らず関わらないの。あんごくん、中学のとき仲が良かったお友達は、今この高校にいる?」
その質問の意図はよく分からなかったが、俺は首を横に振る。
毎日のように遊んでいた親友と呼べる奴が数人いるが、今は皆違う高校に通っている。
「じゃあその友達と、今も遊ぶことはある?」
今度は首を縦に振る。
皆部活やら勉強やらで忙しいみたいだけど、タイミングが合えば数ヶ月に一回くらいは遊んでいる。
「その時こんな風に思ったことはない? 中学のときはあんなに仲が良かったのに、久しぶりに会うと何だかいまいち距離が掴めない」
「ああ、あるある。こいつとどんな風に接してたっけって、一瞬戸惑ったり」
「それ、そこまで突き詰めるの。ね、イメージ変えられそうじゃない?」
「悪くない案だと思う。……けど保留だな」
ど、どうしてかしら、と眉根を寄せる彼女に、俺は理由を話す。
その案には一つ欠点がある。それは、サキュバス達がイメージを変えたい相手が、俺の例のように違う学校ではなく同じ学校に通っているということ。
同じ学校の、それも小さな教室で共同生活している相手の視界から完全に消えるというのは、とても難しいことだろう。
「まあできないと断言はしないけどな」
現にジュリアはそれに近いことをしているわけだし。
ただ実行するには、座っているだけでもかなり辛いんじゃないだろうか。
「他に何か案はあるか?」
「他はそうね。イメージを変えるために、いいえ、イメージを変更するために転校する! ……と言うのは」
「まあ悪いけど普通に却下だな」
駄洒落としても相変わらず却下レベルだし。
「で、でも、高校デビューならぬ、転校デビューができるかも」
「そんな理由でほいほい転校なんかできないだろう」
そもそもサキュバス=淫乱というイメージが根付いてしまっているのは、この学校に、ではなく、この世界に、だ。
いくら転校しようとも、結局その先の学校でも同じようなイメージを持った生徒に同じようなことをされたのでは意味がない。
「他には何かあるか?」
「ごめんなさい。もう思いつきそうにないわ」
「そっか。ありがとう。じゃあ次は……」
視線を彷徨わせる俺の前で返事をして手を挙げたのは、セレナだった。
ハッピーは依然として何やら思案中の様子だ。
読んでいただきありがとうございました。




