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PCの時計を確認すると、部活終了時刻が迫っていることに気付く。
「ん、じゃあそろそろまとめに入るとしよう」
PC画面のメモ用紙に打ち込まれた黒い文字を、上から順に目で追っていく。
・誰かに拾ってもらう。ver.報酬を渡す(臭い 誰かな 彼だ 伊作)。
・誰かに拾ってもらう。ver.拾って貰った体の一割を渡す(蚊 貰う 恨もか)。
・お金を体に巻きつけておく(犬に お金 顔に 縫い)。
・誰かに拾ってもらうver.美味しそうに見えるようにしておく(お岩 こんちゃ 見えるエミちゃん 怖いお)。
・大きな袋の中に入っておく(ナウ 大きな木 覆うな)。
・吾妻君に聞く(よしな 聞く気 なしよ)。
・乳母に聞く(即 蛾が 家奪う 映画が クソ)。
今日アネモネ、ハッピー、キュートの三人が出してくれた案は、これで全部。
「それでハッピー、さっきからせっせとキーボードを打ってたのは知ってるけど、これは何だ? 回文か?」
「回文? 何だそれ、海鮮なら知ってるぞ?」
「始終どちらから読んでも同じになる文のことだ。お前知らずにこれを作ったのか?」
そうだとしたら、和歌に続きなかなかの才能だと思うけど。
「することねえからあんごの打った文を真似してポテチポテチしてたら、いつの間にか上から読んでも下から読んでも同じになってたんだ」
「ん? ポテチポテチ?」
「あ、間違えた。ポチポチだ」
どんな間違え方だ……ハラペコか。
にしてもつまりこれは偶然できたってことか。奇跡だな。
「でも日本語的に意味は通ってるのか?」
回文にはルールがある。大前提は始終どちらから読んでも同じになっていること。
そしてもう一つ大切なのは、それなりに意味が通るということ。
「通ってるだろ? 一つ目は、臭いなー誰かなーって思ってたら、彼だった、伊作だったってことだ」
うん、それは何となく分かるけど……伊作って誰? どこの誰?
「次のは、蚊を貰ったから、そのくれた奴を恨もうかってこと」
恨んでいいとは思うけど。誰だよわざわざ蚊なんてくれる奴。
伊作か? 臭い伊作か?
「三つ目のは。犬にお金をあげました。顔に縫い付けてあげましたって話」
ダメだよ! 犬にお金縫い付けちゃダメ!
しかも縫い付けることが可能ってことは、あげたのは五円かよくて五十円玉だよね!?
縫い付けるならせめてもっと高額にしてあげて!
「次は、見えるエミちゃんが、お岩にこんちゃって挨拶してて、怖いなって」
怖いよ語尾が『お』になるくらい怖いよ!
エミちゃん一体何が見えてるの!? お岩ってあのお岩さん!?
「その下のは、今は大きな木を覆うなって命令してんだよ」
そうだ覆うな! 覆ったのは誰だ! 臭い伊作か!
「そのまた下は、やめとけ、あいつは聞く気がねえってこと」
そうだやめとけ! 伊作はどれだけ言っても風呂には入らねえよ!
「そんで最後のは、上映して即蛾が家を奪う映画があって、クソだなって」
それはクソ! 間違いなくクソ!
「どうだあんご? うまく作れてるだろ?」
「うーん。何と言うか、一つ言えることは……伊作誰!?」
今日は知らない人だらけだが、中でもコイツは本当に誰なんだ? 身近な人間の名前ならまだしも、勝手に作ったような人名がOKならもう何でもアリになるけど。
「遺作だね、だと。それはつまりワタシに死ねってことか!? ワタシはまだ死なねえぞ、これからもどんどん作品を発表するつもりだ!」
いや死ななくてもいいし、発表しなくてもいい……。
「何だその顔は! 何なら今作ってやる! あんごで作ってやる! 『イラつく あんご ごん あ く 辛い』 どうだ!?」
「意味がわからねえよ!」
「分かるだろ! 死ねって言われてイラついたからあんごをゴンッて殴ったら、あんごが『あ、く、辛い』って言いましたってことだ」
「あ、く……辛い」
即席なのに結構うまいこと返されて、辛い。
やっぱりコイツ天才なのでは?
国語の勉強をしているというキュートより、言葉の扱いに長けている。
「あのあんごさん、いつまでもお喋りをしていていいんですの?」
「え? ああそうだ。こんなことをしている場合じゃない」
アネモネに注意され、俺は回答の選出に取り掛かる。
「にしてもどの案にしようか……どのと言うか、どっちのだな」
今日はギリギリ使えそうな案が二つある。
「『誰かに拾ってもらう。ver.報酬を渡す』か『大きな袋の中に入っておく』か」
金銭のやり取りはよくないとは思うが、やはり背に腹は代えられない。
大きな袋に入っておくにしてもそうだ。
煩わしいだろうが、困りごとを未然に防げるなら多少の不便には目をつむらないと。
「アネモネの案かハッピーの案か……」
そんな風に俺が迷っていると、話し相手がいなくなり暇になったのだろう、ハッピーが窓の外を眺めながらボソッと呟いた。
「綿菓子って雲に似てるよなぁ。そんで雲って蜘蛛と音が一緒だよなぁ。蜘蛛ってもしかしたら甘いのかなぁ」
その呟きに敏感に反応したのが、何を隠そう蜘蛛の亜人であるアネモネだった。
彼女は顔に汗を浮かべ、急いで帰宅の準備をし始める。
理由は聞かなくても分かった。
この部活に入っている者なら誰でも知っている、ハッピーの食べ物に対する執着心を。
あの鳥は一度食べ物だと認識すれば何にでも噛み付く。
現に下半身が魚や蛸に似ているセレナとキュートはよく歯形まみれになっている。
そのハッピーが自身を食べ物だと認識するような発言をしたのだ、そりゃ身の危険を感じて逃げたくもなる。
「そ、それではあんごさん、わたくし今日は早退させていただきますわ。代償として、案はハッピーさんのを選んでくださって構いませんので」
「あ、ああ分かった。気をつけて帰れよ」
俺の言葉に頷くなりすぐ、アネモネは部室を後にした。
さすがのリスクマネジメントだった。
「えと、じゃあ今日は、ハッピーの『大きな袋の中に入っておく』という案に決定で」
「ワタシの案に決定? ん、それよりアメモネはどこに行ったんだ?」
アメモネって……既にアネモネが綿菓子認定されてる。逃げて正解だったようだ。
「さあな、溶けちゃったんじゃないか?」
今更アネモネの不在に気付いたハッピーを適当にいなし、俺はメールの返信をする。
「最終的にどうするかは、ご自分で選択していただければと思います。それではまた何かあれば、ご相談ください」
いつもどおりの定型文を最後に打ち込み、誤字脱字をチェックし送信。
「よしハッピーにキュート。帰りに駄菓子屋に綿菓子でも買いに行こうか」
PCをシャットダウン。今日の部活、これにて終了。
今日も読んでいただきありがとうございました。