5-2
「誰かに拾ってもらうというのが、手っ取り早い気がしますわね」
今日の馬鹿げた案の一つ目は、どうやらアネモネのもののようだった。
「確かにそれならすぐに見つけられそうだな」
落とした当人はそれに気付き辛くとも、端から見れば一目瞭然だ。
「でも落し物を拾ってあげるのって、結構勇気がいるんだよな」
電車やバスで座席を譲ってあげるほどではないにしても、やはり知らない人に声をかけるということに抵抗を覚える人間は多いだろう。
しかも物が人体とくれば、その抵抗は更に大きくなるとみて間違いない。
「それに、集団心理というものもありますものね。なのでここからが大事なのですが、自分の体に懸賞金をかければよいのです」
「懸賞金をかける?」
「ええ、『ウォンですよ』と」
「ウォンテッドな」
日本なのだから、報酬は円で払え。
「円ゲット」
「依頼達成してんじゃねえ」
「もちろん条件は、デッドオアアライブ。生死問わずですの」
俺はまずゾンビが生きてるのか死んでるのか問いたい。
「と言うかそれじゃあまるで『賞金首』じゃないか」
「言われてみればそれはまずいですわね。落としたのは必ずしも首とは限らないのに。もしかしたら指かも。その場合は『賞金指』ときちんと記載しなければなりませんわね」
「そういうことを言ってるんじゃなくて、まるで犯罪者じゃないかって言ってんの」
ならばもう少し身近な感じにいたしましょう、と彼女。
「ウォンテッドではなく。この小指探しています、見つけた方にはお礼をお渡しします。みたいな感じならよいでしょうか」
「大分柔らかい表現になったな」
それでもまだ探している物が物だけに物騒ではあるが。
「小指の名前は小雪」
「その情報は要らない!」
指に名前を付けるな。そして名前が分かったからと言って何になると言うんだ。
「小さな子どもたちには、あるいはこんな風に言った方がいいかもしれないですわ。指を探してくれる人、お小遣いあげるからこの指と~まれっ」
「とまる指がないよ!?」
別に全ての指をなくしたわけじゃないんだろうけど!
指を捜して欲しいときにわざわざ言うことではないよ!
「そもそもなんだけどさ、お金をかけるようなやり方はやっぱりよくないと思うんだよ」
アルラウネのときもそうだったけど、ゾンビもまだただの学生なのだ。
そんな彼らが頻繁に落としてしまう体に金銭をかけてしまえば、アネモネほど裕福な家庭の子でない限り財布がすぐにパンクしてしまう。
「ならばお金ではなく、拾っていただいた体の、その一割を礼として渡せばよいのでは?」
「体の一割ってどういうことだよ」
「例えばですけれど、腕を拾ってくださった方には手首を差し上げるとか」
「そんなもの貰いたくないから」
下手すれば、余計拾ってもらえなくなる可能性だってある。
「大丈夫ですのよ、一言断りを入れれば」
「どんな断りを入れれば受け取ってもらえると言うんだよ」
「日本円ではなく、腱鞘炎ですみません」
「湿布を貼って返却するよ!」
それにそれだと体を落とすたびに、体のパーツが減っていってしまうではないか。
「医療機関の研究チームの方は、積極的に拾ってくださるようになるかもしれませんわね」
「研究サンプル目当てでか? ダメだダメだ、他の案を考えてくれ」
多方面から害がありすぎる。やる気がない案ならまだしも、害がある案は却下だ。
いや、やる気のない案も本当ならば却下したいけども。
「そうですわねぇ……こんなときジュリアさんなら、『落としたときに音がしたらいい』とか仰いそうですけど」
「仰いそうだな」
あいつは微妙にうまくなく面白くもない駄洒落の専門家だから。
「そうですわ。懸賞金などと回りくどいことをせずに、最初から体にお金を巻きつけておけばいいんですのよ。そうすれば落としたときに音が鳴って、気付きやすいですもの」
「巻き付けておくって、さながら鎖帷子のように五円か五十円にでも糸を通してか?」
「ええそうですそれ、鎖さながらのように」
鎖さながらじゃなくて鎖帷子だけどな……。
「それなら万が一落としたことに気付かずとも、お金と見ればどなたか拾ってくださるでしょう」
「んーそれも結局お金がかかるよな?」
全身を覆うほどのそれを用意するとなると、例え全てが五円玉だったとしても結構な額になりそうだ。
「それにそんなものを巻いて生活なんてできないだろう」
一枚の小銭は軽くとも、寄せ集めればかなりの重量になる。ただでさえ脆いゾンビ達の体にそんな負荷をかければ、耐えられずにたちまち崩れ折れてしまう。
「ですがこれなら防御力も上がりますし。賞金稼ぎに狙われても大丈夫ですわよ?」
だから彼らゾンビは別に賞金首じゃないんだって……。
「はいはいはーい! ワタシいい案思いついたぞ!」
アネモネが口を閉じたところで、次いでハッピーが当てろ当てろと翼を大きく広げる。
「ん、それじゃあハッピー。発表してくれ」
「おう! ハッピョーするぜ!」
……自分の名前みたいに言うな。
「アネモネの話を聞いてたんだがよ、ワタシも、誰かに拾ってもらえばいいと思うんだよ」
彼女はまずそんな風に切り出した。
「そんでどうやったら拾ってもらえるかだけど。美味しそうに見えるようにしておくってのはどうだ?」
「美味しそうに見えるようにしておく?」
「そうだ。ワタシも廊下に美味しそうなお菓子とかが落ちてたらつい拾っちまうからよ。そんで罠にかかっちまうんだよないつも」
「ちょっと待て、どうして廊下に罠なんて仕掛けてあるんだ?」
落ちている食べ物を拾うなともツッコみたいところだが、今はそっちの方が疑問だ。
「普通仕掛けてないのか? じゃああれは罠じゃなくて、縄なのかもしれねえ」
縄だとしても引っかかっちゃってるならそれはもう罠だよ!
「いや、思い出してみるとあれはやっぱり罠だぞ」
「ハッピー、その罠って一体どんな罠なんだ?」
「ん? えーっとあれなんて言うんだ? ハサミ? 何ちゃらバサミ?」
「も、もしかしてトラバサミか!?」
そんなものに引っかかったって、怪我は大丈夫なんだろうか。
「ああ思い出した! 洗濯バサミだ!」
「なぜ引っかかった!?」
そもそもどうやって引っかかった!? 天才か?
まったく。少しでも心配して損した気分だ。
「お菓子取ろうとしたらパチンって足が挟まれんだよ。ちょっとビックリする」
洗濯バサミなんて小さなもので作られた罠にはまるとか、それもいつもはまるとか、やっぱり天才じゃなかろうかこの子。
「と言うかあんご、今は罠のことはいいんだよ! 問題は、落とした体を美味しそうに見えるようにしておくってとこ」
「それは分かってるけど。でもどうやって美味しそうに見せるんだ? 体を」
「体に食べ物の絵をたくさん描いておくってのはどうだ? ボディーイベントだな」
「ボディーペイントだな」
いかがわしい響きのイベントを開催するな。
「でもそれはちょっとダメだと思うぞ?」
染髪やマニキュアが校則違反になるのだ、当然ボディーペイントだってそうなるだろう。
それにゾンビ達にしても、体中に食べ物の絵を描くなんてごめんだろうし。
「じゃあ本物の食べ物を巻き付けておくのは?」
「もっとダメだろそれは……」
「大丈夫だ。これはお弁当ですと言えば校則違反にはならない!」
「そんなものが弁当と認められるわけないだろ」
不衛生にも程がある。
「け、けどよ、この前ワタシがほっぺたに米粒が付いてるの知らずに歩いてたら、先生に『お弁当付けてどこ行くの?』って言われたぞ?」
「お前がドジっ子だということは分かった。だけど――」
「どうしてだ! どうしてワタシが一人っ子だって分かった!」
「一人っ子じゃなくてドジっ子! とにかくそれはそういう表現であって、本当にその米粒をお弁当だと認識しているわけじゃないから」
それにもしそれが本当に弁当だと認められるとしてもだ、体中に食べ物を巻くだなんて、それこそごめんだろう。
「じゃあもうよー、そもそも落とさなければいいじゃねえか」
ハッピーは面倒臭いとばかりに床に置いてあったスナック菓子の袋を一つ翼で挟み持ち上げると、俺に突き出した。
「それができないから苦労してるんだろう。と言うか何だ? これを開けろと?」
「違う、その袋をよく見ろあんご。その袋に入ったお菓子の中身は、落ちるか?」
「落ちないな、開いてもいないんだから」
だろう? そうだろう? と彼女。
「ということはだ、ゾンビも同じように大きな袋の中に入っておけばいいんだよ。そうすりゃ体をどこかに落とすこともねえ」
「なるほどなあ……」
確かにそれなら落とさない、落ちても袋に包まれていればなくすことはない。
もし袋の中に入るのが人間ならば様々な問題が発生するが、彼らゾンビならどれだけ長時間入ろうが大丈夫だろう。
呼吸もしなければ温度も感じない。視界については透明の袋を使えばいいし。
「でも移動はどうするんだ?」
「飛び跳ねてすればいいんじゃねえか? ほら、ゾンビの亜人の中に元々そうやってピョンピョン跳ねて歩く種族がいるだろ?」
「キョンシーだったっけか?」
「そうそうピョンシー」
「違う、キョンシー」
「どっちでもいいけどよ、それと同じようにすればいいじゃねえか」
どうだろう、いくら同種族の中にそういった移動方法をするものがいると言っても、普段からそうでないタイプのゾンビには、その方法はかなり体に負担がかかるんじゃないだろうか。それに問題がないとしても、常に袋に入っているというのはちょっと。
そんなことを言い出したら何もできない、いつもジュリアが言っているように多少の我慢は必要なんだろうけど。
「とりあえずその案は保留として。他に何か案はないか?」
「もう何もねえ。何も思いつかねえ。それにワタシがここに置いておいたお菓子もねえ! あんごが取ったねえ!?」
「俺は取ってないねえ。お前が自分で渡したんだねえ」
膝の上にあったお菓子の袋を開けハッピーに手渡すと、彼女は黙って手を付け始めた。
扱い辛いのか易いのか……呆れつつキュートの方に顔を向ける。
先程までしきりに蠢いてた蛸足は大人しくなっていた。
どうやら考えは既にまとまっているようだ。
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