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5-1

 校舎にチャイムの音が響き渡る。

 今日も今日とて、ノープロ部の活動の始まりだ。


「よーし点呼をとるぞ。座ってくれ」

「吸われてくれ? そうは言うがなあんご様、我はどちらかと言うと吸う方なのだが?」

 言って、吸盤の並ぶ触手をいくつもくねらせるキュート。

 その姿は赤いボブ頭と相まって、まさしく蛸のようだ。


「そもそも何に吸われろと言うのだ? ヒルか? ヨルか?」

「ヨルなんて生き物はいないだろ」

「いやいるであろう。ヨルムンガンドが」

「ヨルムンガンドをヨルと略したのはお前が世界初じゃないか……?」

「世界初ではない、世界蛇のことだ」

 世界蛇。ヨルムンガンドの別称の一つだったか。


「何でもいいけど、俺が言ったのは座ってくれだ。だから何にも吸われなくていいから」

「何にも座らなくていい。ふむ、つまり今日はもう帰っていいということか」

 なんて都合のいい耳をしているんだコイツは……。


「それはよい知らせだ。正直アホな会議をまたするのかと辟易としていたところなのだ」

「アホの筆頭が何を言うか」

「アホのヒット?」

「お前はホームランだよ!」

 それも特大の場外ホームランだ。


「まったく、親の顔が見てみたいね」

 どうすればこんなパーソナリティの人間が育てられるのか。


「見たいならば家に見に来ればよい。しかしなぜ我の親の顔など見たいのだ? 婚姻の挨拶でもするのか」

「違う。お前の好きなことわざにこんなのがあるだろう? 『親が親なら子も子』って。お前がそうなった理由を知りたいだけだよ」

「おやおやあらモコモコ?」

「毛の長い猫でも触りましたか!?」

 何だよ『おやおやあらモコモコ』って! 原形を留めてないよ!


「初めて聞く言葉だな。一体どういう意味なのだ? いつ使えばいい?」

「いや知らないよ……」

 俺だってそんなことわざ初めて聞いたし。

 大体、俺が言ったのは『親が親なら子も子』だし。


「わたくしは知っていますわよ?」

 話に割って入ってきたのは、部室の窓際に席を取り、日の光を浴びながら優雅にお茶をしていたアネモネだった。

 彼女は指に絡めていた巻き髪を解くと、今度はその指で己の体をそっと撫で、得意げに胸を張る。


「その言葉は、わたくしの体を撫でたときに使うんですの」

「それは違うと思うぞ?」

 確かにアネモネの体には橙色の毛が生え揃っていて、撫でたら『おやおやあらモコモコ』ってなるだろうけども。


「何でお前専用みたいなことわざがあるんだよ」

「それはわたくしですもの当然でしょう? そもそも『ことわざ』とは、『この上なく美しく、とどまることを知らぬほど知的で、わ、わ……わくわくが止まらないアネモネ様のお言葉』の略なんですのよ?」

「わくわくが止まらないって、お前はテーマパークか? それにそれじゃあ『ざ』が足りないし」

 コイツが作るデタラメな正式名称はいつも詰めが甘い。


「ざ、ざはそうですわね、難しいですわね。ざ、ざぶーん?」

「やっぱりテーマパークなのか!? 水上アトラクションなのか!?」

「実際ありますけれど。父の経営する遊園地に、わたくしを模したボートに乗り川を下るというアトラクションが」

 これにいたってはデタラメじゃなさそうだから怖い。


「と言うわけで、『おやおやあらモコモコ』ということわざは、わたくしの体を撫でたときに使う言葉で間違いないですの」

「ワタシは違うと思うぞ!」

 アネモネの意見に異を唱えたのは、いつものように菓子を貪りながら椅子の背に鍵爪で器用に留まるハッピー。

 それに比べて髪の手入れの仕方と纏め方は実に不器用である。


「それは多分、綿菓子を食べるときに使うんだ!」

「いや、悪いけどそれも違うと思うぞ?」

 まあ元より正解もなければ不正解もないのだけど。


「でも綿菓子を食べるとき、『おやつおやつ! あま! モコモコ!』ってなるぞ?」

「なるかもしれないけど。言葉が変わってるし」

「そうだろ、ワタシ言葉が分かってるだろ」

 分かってない。全然分かってない。


「あ! 分かっていると言えば和歌だ!」

「和歌? 突然何の話だ」

「昨日ジュリアに教えてもらったんだよ。えっと、五・六・七・八・九のやつ?」

「五・七・五・七・七のやつな」

 破天荒すぎだろ、五・六・七・八・九って。


「え、棒・死地・棒・死地・死地?」

「横スクロール型のゲームかな?」

 昨日教えてもらったものをよくもそこまでハチャメチャに思い出せるな。


「まあ何でもいいけど。今日はあんごに、綿菓子を使った和歌をプレゼントしてやる」

「いやいいよ、そんなことよりそろそろ部活――」

「遠慮するなって! 今朝友達にも披露したんだがよ、皆喜んでくれて、あだ名まで付けてくれたんだぜ?」

「へえ、どんなあだ名を?」

「に和歌、だ」

 にわかって……できが想像付くじゃん。


「聴いてくれるよな!? あんご」

 ハッピーはそう言うと、俺の返事も待たずにカバンから何らかのプリントと筆記用具を取り出し、和歌の製作に取り掛かる。

 時間がかかるかと思ったが、それは意外と早く完成した。


「よしいい感じだ。それじゃあ詠むぞ? ごほん。わたがしは~ガシって言うけど~全然硬くないよ~フワッとしているよ~でも握るとガシっとしちゃうよ~。どうだ?」

「字余りが凄い!」

 本当に五・六・七・八・九の勢いじゃないか!


「え、凄い? ふふ、そんなに褒められると照れるじゃねえかよ~」

 どいつもこいつも……本当に都合のいい耳をしてやがる。


「それであんご様、結局どういう意味で、いつ使うのだ?」

「知らないよ。もうキュートが自分で考えれば?」

「そうするか。では今日の部活はその時間に当てよう」

「ダメだ。部活ではことわざの意味じゃなくて、相談の解決案を考えてくれ」

 そして俺はマウスを握り、届いたメールを開いた。

 点呼をしていないが、まあ誰が来ているのかは十分把握できたのでいいだろう。


「えっと、今日の相談はゾンビの亜人からだな」

 ゾンビとは、簡単に言えば、死後呪術や感染症など様々な力の影響で死体のまま蘇った亜人の総称。形態は人間界の人間に似ているが、生命活動は停止しているので人に必要な機能のほとんどを失っている。それでも自分で思考し行動し感情を持って生活をする、とても謎の多い特徴を持った種族だ。


「『どうすれば体をすぐに見つけられるようになるか』だと」

 少々物騒なタイトルだなと感じつつ、本文を読み上げていく。


 【我々ゾンビは生きていても死体。体は脆く千切れやすく、そのせいで体の一部をよく落としてしまいます。しかし痛覚や触角などの感覚がないためその場ですぐに気付けないことが多く、落とした場合いつどこでなのかが分からず、探すのにとても苦労をします。どうにかして簡単に見つけられるようにしたいのですが、何かよい方法はありませんでしょうか。】


「だってさ。ホント、ゾンビって不思議な種族だよな」

 死んでいるのに生きている、生きているのに死んでいる。禅問答かと。

 何をもって生きている、死んでいるとするのかが、曖昧になってくる。

 心臓が動いていても体が動いていなければ死?

 心臓が動いていなくても体が動いていれば生?


「そもそも感覚のないゾンビ達は、どうやって体を動かしているんだろうな」

 もしその感覚がないというのが全身麻酔をしているような状態だとすると、まともに行動できるはずがないんだけど。


「それについてはまだ何も分かっていないらしいですわ」

 アネモネが、空になったティーカップやポットを、割れてしまわないようにだろう丁寧に自分の吐いた蜘蛛の糸で巻き、カバンに仕舞いながら語る。


「父が自身の持つ病院に研究チームを発足させ、謎の解明を急いでいるようですけど」

「サラッと凄いことを言うなお前は」

 一体アネモネの父親は何者なんだ、やっていることが手広すぎる。


「そうですの? とにかく、感覚は本当にないのか、はたまた実はあるのだけど何らかの理由で本人には伝わっていないのか。それとも本人の意思は既になく、体は脳に巣食った何かにまるで操り人形のごとく操られているだけなのか……」

「どうなってるんだろうな。その辺が分かれば解決に繋がるかもしれないのに」

 まあ専門的なことについては、俺達素人がどれだけ頭を使ったところでどうしようもないか。そこら辺のことは専門的な人に任せるしかない。

 俺達は俺達の出来る範囲で考えよう。


「ちなみに答えが分かりきっているようなことを聞くけど、魔界ではこの問題、どう対処してたんだ?」

 案の定アネモネから返ってきたのは、魔法ですわという返事だった。

 まったく、どこまで便利なんだ魔法というものは。


「よし、じゃあ皆で考えてくれ。『どうすれば体をすぐに見つけられるようになるか』」

 全員がシンキングタイムに入る。

 この場面だけを切り取れば、皆真剣に部活に取り組んでいるように見えるのに。

 どうしてこの後出てくる案はいつもいつも馬鹿げたものになるのだろう。

 不思議と言えば、俺の中ではゾンビの生態よりもそっちの方が不思議かもしれない。

読んでくださりありがとうございました。

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