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セレナが案を考えている間に線のねじれたマウスを操作し、今度はメモ帳ソフトを開ける。
出してもらった意見や案を、忘れないように書き込んでおくのだ。
そうこうしているうちに何やら思いついたらしく、彼女はハイと手を上げた。
「お、早いな。じゃあセレナ」
「はい。先生に聞く、というのはどうでしょう」
「たらいまわし!?」
考えた末初めに出てきた答えがそれかよ……。
「あのなあセレナ、そういうのはなし。あくまで俺達で答えを出さないと」
「いえ先輩、たらいまわしとかじゃないですよ。説明するので聞いていてください」
だそうなので、一旦ツッコむのをやめ彼女の言葉に耳を傾ける。
「まずですね、もう、花粉が作られるのを阻止するのは絶対無理ですよ」
それについては同意見だ。人間で言うところの生理現象みたいなものなのだろうし。
「だから対策が打てるとしたら、その花粉が飛ぶことに対してなんです」
「それで、その対策を先生に聞くと?」
しかしセレナは首を振る。どうやらまだ説明は終わってないらしい。
「先輩、植物の花粉というのは、人間で言えば精子みたいなものですよね?」
「まあ学術的な厳密な話をしなければ、そうなんじゃないか?」
「ということは花粉を持つおしべは、人間で言えばちん……ぽなわけでしょ?」
「んー、それもそうかもしれないな」
で、です。で、ですよ! とテンションを上げつつセレナは続ける。
「花粉をすぐに放出してしまうおしべは、人間に例えると、精子をすぐに放出してしまうちん……ぽ、つまり、アルラウネは凄まじい早漏さんなのです」
「凄まじいとかいう次元じゃないだろう」
移動した際の風でさえだぞ。遅い早いとかそんなレベルでは語れない。
「ええ。もうこれはアレですね『三擦り半』ならぬ、『無擦りふわん』ですね。先輩も、嫉妬なさってるんじゃないですか?」
「嫉妬? どうして俺がこの状況で嫉妬をしなくちゃいけないんだ?」
「だって『無擦り』ですから。巷で『早撃ちアンゴン』と呼ばれる先輩でも、これには勝ちを譲らざるを得ません」
「早射ちアンゴンって何!?」
ガンマンみたいに言わないでくれる!?
と言うか、え……俺巷でそんな呼ばれ方してるの!?
「カッコいいでしょう? わたしが考えたんです」
「お前の仕業か!」
「仕業? おかげと言ってくださいよ。カッコいい二つ名を付けて差し上げたんですから、感謝してください」
できるか。むしろ名誉毀損で訴えたいくらいだよ……。
「まあいい、それよりも結局どういうことなんだよ。先生に聞くっていうのは」
「え? ああだから、早漏さんなら、それを治せば花粉が簡単に飛んでしまうのは防げるようになるんじゃないかなって。でもわたしはその治療法を知らないので、後は専門の先生に聞いてくださいって事です」
なるほど、先生と言うのは教師ではなく医者のことだったのか。
ただそんなことが分かったところで何だというのか。
どちらであろうと、この案が無茶苦茶だということに変わりはない。
「もちろんそんな案は却下な。もし花粉が放出される要因が、人間でいう射精時のような、刺激による性的興奮なのだとしたらその案にも採用の余地はある。でも違うだろう?」
花粉はただ、風にあおられ流されているだけだ。
そこに性的興奮はまったく関係していない。
「なるほど、オーガズムが全然違うということですね」
「メカニズムな」
メカニズム。仕組み。それが全然違う。
だから早漏の治療をしたところで、悩みはまったく解決されない。
ただ却下と言いつつも、俺はパソコンにセレナの出した案をメモしておく。
こんな案でも一応セレナが考えて出してくれたものだし、それに悲しいかな、今後の話し合いによってはこの案が一番まともな案になる可能性もあるのだ。
「でどうだ、それ以外に何か案はないか?」
「他ですか? そうですねぇ、後一つありますけど」
「それはまともな案なんだろうな?」
「何をもってまともとするのかは分かりませんが、『花粉が迷惑なものだという認識を変える』という案です」
ふむ。そこだけを聞いている限りは、随分とまともそうな案だ。
俺は少し迷った末、先を聞くことを選択した。
「では説明させていただきます。もうですね、生成だけでなく、花粉が飛ぶことを阻止するのも不可能です。どうしたって空気中に舞って、生徒達に降りかかるでしょう」
「うん。そして花粉が降りかかった生徒は、それを迷惑に思うと」
「そうです、そこです。アルラウネ側で対策が打てない以上、迷惑だと思う側、被害者側の意識を変えればいいのです。例えば花粉が降りかかった生徒に、それが迷惑ではなく嬉しいと感じさせられれば」
なるほど。確かにそれならば、花粉を飛ばしてしまったとしても、アルラウネが負い目を感じる必要はなくなるだろう。
「でもそんなことが可能なのか?」
花粉が降りかかっても迷惑じゃない、と思わせるだけでなく、降りかかると嬉しいと思わせることなんて。
「できます。皆にこう思わせればいいのです」
セレナは言った。
アルラウネから出ているのは、花粉ではなくフンだ。
「フン? フンってあの?」
「はい、フンです。米に異なると書くやつです」
何を言い出すかと思ったらコイツはまた……。
まともな案そうだ、とか少しでも思ってしまったさっきの自分をどうにかしてやりたい。
「何ですかその顔は。不満ですか? フンは不満ですか?」
「不満だよ! フンは不満だよ!」
「ふーん」
「ふーんじゃねえ!」
何だそのくだらない駄洒落は。
「そう思わせられたとしても、それじゃあ誰も嬉しいだなんて思わないだろ?」
フンが降りかかってくるなんてどう考えたって不快だ。
それならばまだしも、花粉が降りかかってきた方がましだろう。
「思いますよ。だってあれでしょう? 日本には女の子の尿を聖水と呼んで崇める文化があるんでしょう? 小さい方が喜ばれるなら、大きい方も喜ばれて当然です」
「当然じゃないよ騒然だよ」
本当にアルラウネが空気中にフンを撒き散らしていたとしたら、学校中騒然とするよ。
「幸いアルラウネは、女性だけの種族ですしね」
「残念だがセレナ、そんなものを崇めているのは極少数のマニアックな人達だけだ」
それをさも当たり前のようにある日本の文化だと思われると困る。
だからその案は却下。は、と言うか、も、だが。
それを伝えると、うな垂れるセレナ。
「いいフンだと思ったんですけどねぇ。間違えました、いい案だと思ったんですけどねぇ」
「もう他には案はないんだったよな?」
「はい、残念ながら……」
セレナの返事を受け、俺は壁に掛けられた時計で時刻を確認する。
「じゃあまだ部活の終了時間まで間があるけど、今日はもうまとめに入ろうか」
俺はPCの画面に表示されているメモに目を向けた。
今日出た案の中から最良のものを一つ選び、それを答えとして相談者に返信するのだ。
それで一応今日の部活動は終了となる。
「うっ……うぅ……うぅぅ……」
しかしそれを妨げるように、突然嗚咽交じりの泣き声が聞こえてくる。
「おいどうしたセレナ、何泣いてるんだ?」
案をことごとく却下されたことがそんなに辛かったのだろうか。
「いえわたしじゃありませんよ? わたしは喘ぎ声は出しても泣き声は出しません」
PCの画面からセレナへと視線を移すと、彼女の言うとおりその表情はいつもどおりのものだった。
「じゃ、じゃあ一体これは誰の泣き声なんだ……?」
部屋を見渡しても、もちろん俺とセレナ以外の人影はない。なのに声は聞こえる。
「あそこから聞こえてきません? あ、あそこって下半身のことじゃないですよ?」
あれですとセレナが指をさしたのは、教室後ろの隅にある掃除用具箱だった。