4-3
「ケロ、ケロケロ。ケーロ、ケロ」
どうやら本当にヒキガエルになりきってしまった様子のジュリア。
「でもそれじゃあ喋ることさえ不可能じゃないか」
「凄いわあんごくん、よく分かったわね。私は今カエル語でそう言ったの」
「ん、ごめんどういうこと? カエル語?」
聞き返すと、だから喋ることを不可能にすればいいって言ったの、とまたぞろ物騒なことを言い出した。
「いやいや、他人に迷惑をかけたくなければ我慢が必要っていうお前の自論は間違ってないと思うぞ? でも喋ることを不可能にってのはさすがにきつ過ぎないか?」
「大丈夫よ、何も常に喋るなとは言わないから。喋ることが不可能なのは、問題を出そうとしたときだけ」
それならば構わないと言うか、それこそが今回の悩みの解決において最高の着地点だと思うけど。
「でもそんなことが可能なのか?」
そんな、ピンポイントで問題を出すときにだけ喋れなくするなんて。
「一人では多分不可能ね。友人に助けてもらう必要があるわ」
「それで、その方法は?」
「だからね、喋ることを不可能にする。口封じをするの」
「殺すってことか!?」
「殺しはしないわ。脅しはするけど。友達に自分を脅してもらって、問題を出そうとすれば思わず口をつぐんでしまうくらい、精神的に追い込んでもらうの」
やっぱり物騒な話だな……我慢が必要の我慢の度合いが、常日頃多くのことを我慢しているジュリアの場合は高すぎる。
まあ脅しと言っても、今回の場合は悩みを解決するのが目的で、莫大な金銭や命のやり取りがないから不可能ではなさそうだけど。
「でもそれって、相談者も、友達が自分のことを演技で脅してるっていうのが分かってしまうわけだよな? それが分かってて精神的に追い込まれるだろうか」
「こう言えばいけると思うわ」
そして彼女は低い声でボソッと呟いた。
「次ぎ問題出したらデーモン出すぞ?」
「怖い! 違う意味で怖い!」
その友達絶対眼帯とか包帯してるよね!? 突然立ち止まって空見上げてるよね!? 授業中窓の外見て不敵な笑みだよね!?
「問題出したらYOUもうDIE」
「怖い! ラッパーは怖い!」
俺みたいな一般人からしたら見た目が怖い! 肌黒いし! 曇りでもサングラスだし!
「ってこらジュリア。そんなんじゃ無理に決まってるだろう」
「そ、そうかしら」
「そうだよ、だってスフィンクスの出題癖は本能みたいなものなんだろう?」
その本能を押さえ付ける程の恐怖は、今出た例文にはない。
しかも演技と分かっていれば尚更怖くない。怖くないどころか、むしろ愉快だ。
調子に乗って余計問題を出してしまいそうでもある。
「怖くないならこの案はダメね……」
「ダメとまでは言わないけどな」
ジュリアには怖い脅し文句が思い浮かばなかっただけで、他の誰かが考えれば出てくるかもしれないし。
「他には何か案はあるか?」
いいえないわ、と彼女は首を横に振った。
「それじゃあ最後はセレナだ。何か案はあるか?」
「ナニかマンはあるか? そうですね。女の子ですので、マンがあります」
「違う。案はあるかって聞いてるんだ」
「だからありますって。マン」
「マンじゃなくて案だって! 案を言え!」
そこでなぜか呆れたような表情を見せるセレナ。
「何だその顔は」
そんな顔をしたいのはこっちなのだが。
「いやいやこんな顔に真なりますよあんご先輩。『あんと言え』だなんて」
そんなこと言ってないんですけど……。
「そんな命令しちゃダメですよ。男なら、喘かせたければ自分の手で喘かせてみせないと。喘かぬなら、喘かせてみせよう、女の子。ですよ」
「ホトトギスな。鳴くの漢字も違うし」
「喘くと感じちゃう? 違いますよ! 感じちゃうと喘くんです!」
「違うはこっちのセリフだよ! さっきから俺の言いたいことが全然伝わってない!」
「ちょっと待ってください。ホトトギスって下ネタですか?」
「鳥の名前だよ!」
まったく。コイツにかかれば何でも下ネタになってしまうな。
「お前には、五十音のた行も下ネタに聞こえるんだろうな」
「よく分かりましたね。『たちつてと』とか、考えた人は異常です」
考えた人も、五十音から下ネタを見出すお前は異常に見えるだろうよ。
ホント、キュートと一緒に国語の勉強をした方がいいんじゃないだろうか。
いや、もっと酷くなるかも知れないか……。
「でさあセレナ、お願いだから解決策を聞かせてせれないか?」
「仕方ないですねぇ~」
再び呆れ顔のセレナ。だからそんな顔をしたいのはこっちだと言うのに。
「ではこんなのはどうでしょう。問題を出しそうになったら、揉みしだく」
「何を?」
「胸をです」
「なぜ?」
「ジュリア先輩も言ってたとおり、この問題は一人ではなく周りの手助けがないと解決できないと思うんですよね。なので、スフィンクスの方が問題を出しそうになったら、周りの方が胸を揉みしだいてあげるというわけです」
「そういう意味のなぜじゃなくて、なぜそこで胸を揉むんだってことを聞きたいんだけど」
「え、だって胸を揉みしだかれてちゃ、さすがに問題なんて出せないでしょう?」
「違う問題が出てきちゃうけどね!」
そうですかねぇ、と頭の上にハテナマークを漂わせるセレナ。
「わたし的にはノープログラムだと思いますけど」
「ノープロブレムな」
ただ現状、その間違いは完全に間違いとも言えない。
コイツの案には、計画性がなさすぎる。
「あのなあセレナ、スフィンクスは突然問題を出してしまうんだぞ? 例えば休日。友達とショッピング中に揉みしだかないといけない状況になったらどうするんだ」
「公衆の面前でとか、ハラハラしてハアハアしちゃいますねっ」
「俺の考えが間違ってましたっ」
この変態に常識を求めてしまうだなんて……。
「とにかく、それは迷惑行為に当たる」
「いいえ、周りの人は誘惑行為だと受け取ると思いますけど」
「それで勘違いした変態が近寄ってきたらどうする」
「そうですねぇ。ケツを突き出すか、警察に突き出すか……うーん」
迷わず後者を選べよ!
「とにかくその案は却下だ」
そもそも胸を揉みしだかれたら問題を出せなくなるのかも疑問だし。
「他の案を出してくれ」
「そうは言ってもですね。わたしもナニで口を塞ぐってのを考えていたんですけど、先に言われちゃいましたし」
「キュートが言ったのは『ナニで口を塞ぐ』じゃなくて『何かで口を塞ぐ』だ」
何でもかんでも変な方向に持って行くなと何度言えば。
「大体出題癖ってどうしても治さないといけないんですか?」
「まあ周りに煙たがられているのは、本人達も気になるだろうし」
「それはそうなんですけど。元を断ってしまうんじゃなくて、そのことを理解してもらえるように努力した方が健全だと思うんですけど」
なるほど、それも一つの道かもしれない。
「でも理解なんてしてもらえるだろうか」
そりゃ根気強くこういう性質なんだと説明を続ければいつかはしてもらえるだろうけど、相当な精神力と時間を要しそうだ。
「難しそうですけど、男子を足がかりにすれば何とかなるんじゃないでしょうか」
「男子を足がかりに? どうして男子限定なんだ、女子でも構わなくないか?」
なかなかまともな案が出てきたじゃないかと思っていたのだが、少し雲行きが怪しくなってきたような気がするようなしないような。
「だってスフィンクスと男子って、同じ欲求を抱えてるじゃないですか。何かを共有できる仲だと親近感がわき、理解してもらいやすいでしょう?」
「ちょっと待てくれ、スフィンクスと男子って同じ欲求を抱えてるのか?」
俺も男子だが、突然問題を出したいと思ったことは一度もないのだけど。
「抱えてますよ。だってスフィンクスは、会話をしていたら咄嗟に問題を出したくなるんでしょう?」
そうだなと俺は一つ頷く。
「で男子は、下半身の突起を揉んで出したくなるじゃないですか? ほら同じ」
「同じじゃないよ! 全然同じじゃないよ!」
それにあれは揉んでるとかじゃないから!
「つまり、この出題癖はあなた達にとっての性欲と同じようなもだと男子に説明するんです。高校生男子ともなればそれが我慢できないものだと悟り、理解してくれるはずです」
そこからはもう簡単ですねと彼女。
「学校の生徒の半分以上は男子です。その男子が理解を示したとなれば、女子も理解してあげようという動きになります」
「なるほどな」
いや、なるほどなとか言ってる場合じゃない。
それっぽい理論を打ち立ててきやがって。俺は騙されないぞ。
「残念ながら却下だ。だってその説明、『私達スフィンクスの亜人は、公衆の面前で自慰行為に耽ってます!』って宣言と同義だぞ?」
「言われてみればそうですね」
「スフィンクス達もそんな風な目で見られるのは不本意だろう」
「不本為? 本番行為ではない、という意味ですか?」
「違う、不本意。望むところではないという意味だ」
何せ出題癖と性欲が同じものだと認識されると、問題を出すたびに周りの人から『あ、今この子……』みたいに思われるわけなのだから。
「他にも問題は色々あるしな」
そもそもその前提が怪しい。スフィンクスの出題癖と男子の性欲は本当に同列なのか。
「ですか。でももう思いつかないですよ?」
「そっか。分かった」
壁の時計を見ると、部活の終了時刻まではまだそれなりに余裕がある。
だがもう皆案を出しつくしたようなので、これ以上話し合っても仕方がない。
読んでくださりありがとうございました。