3-幕間
果たして『チョコをいっぱい食べさせる』などという案を出した結果、ヴァンパイアの生徒達がどうなったかと言うと――。
ヴァンパイアからの相談に返信のメールを送ってから数日後の午前中。
次の音楽の授業を受けるために、音楽室へと教室移動をしているときのことだった。
ふと、廊下に一センチ大の青い水滴のような物が落ちていることに気付く。
それは一つではなく、いくつもいくつも等間隔で続いていた。
不思議に思い目で追っていくと、その青い点の先にはよく見知った赤いボブヘア、キュートの後ろ姿が。
海低を歩く蛸のように、十二本の触手で器用に廊下を進んでいる。
「キュートってことは、これは血か?」
スキュラに流れる血は青い、どこか怪我をしてしまったのだろう。
「おいキュート、どこかから血が出てるけど大丈夫か?」
俺は慌てて彼女に駆け寄り声をかけた。
「これはこれはあんご様、軟派ならよそでしてくれないか」
「俺がしてるのは心配であって軟派じゃないんだが?」
「そうだったな。あんご様は軟派ではなく、無頼派だったな」
「お前が国語の勉強をしてるのはよく分かった。だがそれは俺じゃない」
無頼派なのは日馬按悟じゃなくて、坂口安吾だ。
「そうか。じゃあ無礼派だったか」
「そんな派閥があってたまるか」
もしあるならその首魁は確実にコイツだ。
「ならば何派なのだ? パン派か?」
「朝食はね!」
って何の話だまったく。
「もう何派でもいいから。それより血だよ、出血してるみたいだけど大丈夫かって」
「む? ああこれか」
ずいと、キュートは触手の一本を俺の目の前へと伸ばす。
血の出所はどうやらそこだったらしい。
「必要なら絆創膏持ってるけど」
「これならば心配ない。先程紙で切ってしまったのだが、この程度放っておけばすぐ治る」
「でもそのままにしてるとヴァンパイア達が寄ってくるかもしれないぞ?」
ここ最近、ヴァンパイアの生徒達が妙な動きをしているのだ。
それは、怪我をして出血した生徒に対し、その血を吸わせてくれと迫るというもの。
これは俺の想像に過ぎないが、いくら吸血をしたいと言っても、やはり他人の鼻血を啜るのはきつかったのだろう。
ただこの案のおかげで、既に流れている血を吸えばいいんだという選択を見出した。
そして彼らは怪我をした生徒に狙いを定めたのだ。
「そちらについても心配ない。粗方のヴァンパイアは、先程腹の口で噛み付き追い払ってやったからな」
「噛み付いたって、ええ……何をしてるんだお前は」
傷を負って出てしまった血をヴァンパイアに吸わせることについては、まあ別に出ちゃった血ぐらいあげるよ、という生徒が大半だ。
だけどその行為自体に嫌悪感を抱き、拒否する者も当然いる。
キュートもその中の一人だったのだろう。
「そんなに嫌だったのか? でもそうだとしても、噛み付くんじゃなくて普通に口でその意思を伝えろよ」
「本来噛み付く側のヴァンパイアが噛み付かれる。何ともシャレた話ではないか。こういうのを『ミイラ取りがミライに来る』と言うのだったな」
「B級映画のタイトルかな?」
ミイラ取りがミイラになるだ。
「だがなあんご様、我は血を吸われるのが嫌でそんな行動に出たわけではない」
勘違いしてくれるなと、彼女は己の言い分を述べだした。
「この怪我をしたとき、ヴァンパイア達はすぐに我の元へと寄って来た。しかし我の血の色を見るなり、あいつら何とのたまったと思う?」
「さ、さあ。珍しい色だね、とか?」
「違う。青い血とか吸う気失せるわぁ……だ」
「それは失礼な話だな」
「だろう? だから噛み付いてやったのだ」
だからって噛み付くのはどうなんだろうか。怒るのは当然だと思うけど。
ただよくよく考えると、キュートの暴挙も今回に至ってはよい方向に転ぶ可能性がある。
出血した生徒の血を吸うことで、ヴァンパイア達の悩みは解決に向かった。
だが強引に吸おうとすることが多いらしく、今度はそのことに迷惑している生徒が出てきていたのだ。
相談のメールに書いてあった許可を得てから吸うようにしているという記述が嘘だったのか、はたまた傷を付けるわけじゃないから多少無理矢理でもいいかと考えたのか、その辺は定かではない。
がしかしキュートにお灸を据えられたことで、血を吸わせてくれる相手のことをもっと考えてくれるようになるかもしれない。
希望的観測でしかないが、そうなる可能性の種を植えてくれた。
そんな彼女に俺は感謝も込めて、持っていた絆創膏で傷の手当てをしたのだった。
今日も読んでくださりありがとうございました。




