3-2
ジュリアとハッピーの二人が案を考え始めてしばらく。
最初に声を上げたのはハッピーだった。
「お、じゃあハッピー、発表してみてくれ」
「その前によおあんご、あれって何て名前だっけ。お菓子の袋とかに付いてる、開けてもまた閉じられるやつ」
「あの両側から押さえたら、プチプチってなって密閉されるやつか?」
「ミッペー? ああそうだ! あれは確かミッペーって名前だったな!」
「ミッペーじゃなくて密閉な。そしてあれはジッパーじゃないか?」
もしくはチャックでもいいと思う。
「ん、ジッパー? ミッペー? ペッパーはこしょうだぞ?」
しばらく考えた末、まあ何でもいっかと彼女。
「何だよそれ……で、それがどうしたって言うんだ?」
「だからその閉じられるやつを、人の体にも取り付ければいいんじゃねえかなーって」
その答えに思わずえぇ……と声を漏らしてしまった。
「あれが付いてる袋って、開けても元通りみたいになるだろ? それと同じで、人間の体にもあれが付いてて、血を吸いたいときはそこを開けて吸って、吸い終わったら閉める。これで肌も元通りになって傷も付かないだろ? どうだ?」
「どうだって言われても……」
傷が付かない代わりに他のものが付いちゃってるんですが。
便利機能備わっちゃってるんですが。
「ちょっと猟奇的じゃないか?」
「確かに料理的だな。あれを付けるにはちょっと料理しねえといけねえ」
「人に対して料理とか言うな、せめて手術と言え」
まったく、何食わぬ顔で怖いとばかり言いやがって。まあコイツの場合何も考えてないんだろうし、だからこそこんなことを言えるんだろうけど。
「と言うかじゃあダメじゃん。取り付けるために手術をしたら、結局その跡が残るだろ」
「そうなのか? ならあっちでもいいぜ、ケチャップに付いてるフタ」
「それも同じことだろ。付けるには手術が必要」
それにフタなんて大きなもの、噛まれた傷よりも目立つ異物になること間違いなしだ。
「そっかーなら無理だな。それにあれだしな、あのフタは頼りねえしな。中身がたれてすぐ汚れやがるんだ」
そこからなぜかグチグチとケチャップのフタに対する文句を言い始めた彼女だったが、その中で何かを閃いたのか、それだ! と叫んで立ち上がった。
「血を吸いたいと思った奴に、チョコをいっぱい食わせるんだよ!」
「何だそれ、賄賂ってことか?」
これあげるので血を吸わせてください、みたいな。
「ういろうじゃねえ、チョコだって言ってんだろ!」
「それは分かってるけど……どうしてチョコをいっぱい食べさせるんだよ」
「だってよ、チョコっていっぱい食うと鼻から血がたれてくるんだろ?」
「確かに食べすぎると鼻血が出るって聞くな」
それが本当の話なのか、俺には知識も経験もないから分からないけど。
「ってお前もしかして、その血を吸えとか言うんじゃないだろうな」
「今からそう言おうと思ったのに先に言うなよ!」
その答えに、再びえぇ……と声を漏らしてしまう。
「何で先に言っちゃうんだよ! もう!」
頬を膨らませご立腹の様子。
そこに更に追い討ちをかけるようで申し訳ないが、その案は却下の旨を伝える。
「何でだ! これなら傷も付かないだろ!」
「確かに付かないな。だけど考えてもみてくれハッピー、いくらそれが欲しい物だったとしても、他人の鼻の穴から出てきたものを口にしたいとお前は思うか?」
「うげぇ~」
膨らんでいた頬が、急激に萎んだ。
よかった。いくら食い意地が張っていると言っても、それくらいの常識はあるらしい。
「そういうわけだから、却下な」
さすがのハッピーも、この却下には納得してくれたのだった。
「え、えっと、じゃあ次ぎ、私いいかしら」
タイミングを見計らって、今度はジュリアが手を挙げる。
よろしくと指名すると、彼女は一つ咳払いをして言った。
「蚊になる、っていうのはどうかしら」
「蚊になる?」
「そう。そしたら血を吸う事も可になると思うの」
「……おい、ただの駄洒落じゃねえか」
「駄洒落を言ったのは、誰じゃ?」
お前だよ!
「なあジュリア、どうしてそんな駄洒落をちょくちょく挟み込んでくるんだ?」
「ご、ごめんなさい。ほら私って他人と接するのが苦手じゃない。だから少しでも相手に不快な思いをさせないようにって、コミュニケーション関係のハウツー本を読んだの。そしたらこういうことを言えばいいよって書いてあって、それで……」
なるほど、そんな切実な理由があったとは。
「でも失敗続きで……面白い駄洒落が言えないの」
いや、失敗しているのは駄洒落ではなく、その前段階の本選びではないだろうか。
「た、ただね、今回のは単なる駄洒落じゃなくて、本気で考えた案でもあるの」
本気で考えてそれなの? というツッコみは、何とか飲み込む。
「だって蚊に血を吸われても、傷は付かないじゃない? 実際には付いてるのかもしれないけど、見えないほど小さいじゃない?」
「そうだな。もちろん例外はあると思うけど」
掻きむしったり、体質や刺された場所によっては目視可能な傷が付くはずだ。
その場合でも、バンパイアの牙によってできる傷に比べると遥かに小さいだろうが。
「だから、蚊になって血を吸わせてもらえばいいんじゃないかなって」
「なるほどね」
いやいやなるほどねじゃない、だからどうして本気で考えてこれなの?
「まずさジュリア、どうやってバンパイアに蚊になれって言うんだ?」
伝説上ではバンパイアは様々なものに変身できるとされているが、実際にはそんな能力はないと聞く。
「そ、それはあれよ、皆で坊主になればいいのよ」
「坊主って、丸刈りってことか?」
「そうそれ。だって蚊って、坊主等が成長した姿なんでしょう?」
「坊主等じゃなくてボウフラね!」
もし坊主等が成長して蚊になるのだとしたら、夏の甲子園球場は蚊だらけだよ!
一番、サード、蚊! 二番、ショート、蚊! 三番、ライト、蚊!
「ボウフラ?」
「そう、蚊の幼虫。水の中でウネウネしてる小さいやつだよ。見たことないか?」
「あ、あるわ。家のお風呂で」
「え、お前の家の風呂、ボウフラわいてるの?」
その浴槽に日夜入っているのだとしたら、不衛生すぎるんじゃないだろうか。
「わいていると言うか、入っていると言うか。私なんだけど」
「お前なの!?」
「お風呂に入るとき、私いつも水の中でウネウネしているもの」
……それは下半身が蛇なんだから仕方がないんじゃないかな。
「もしかして私ってボウフラなのかしら」
「多分そんな疑問抱いたのは世界中でお前が初めてだと思うぞ?」
自分はボウフラなのかもしれないって、アホか。
「そんなことよりジュリア。その案は却下として、他のものを考えてはくれないか?」
「え、今の私の案却下なの?」
「当たり前だろ、蚊になる手立てがないんだから」
それにもしあったとしても、人の姿を捨てるだなんてリスクがでかすぎる。
「そっか。でももう他の案と言えば、傷を付けないために牙を付けないって案くらいしか思い浮かばないんだけど……この案はダメよね?」
「牙を付けないって、バンパイアから牙を取ってしまうってことだろ? ダメだな」
悪いけど、バンパイアが知りたいのは『傷を付けずに血を吸う』方法だ。
牙を取ればその前半の『傷を付けずに』という部分は達成されるが、それでは後半の『血を吸う』という部分が不可能になってしまう。
「他はもう何も思い浮かばないか?」
「そうねえ……」
難しい顔をしつつも、何とか違う案を搾り出そうとしてくれるジュリア。
しかしそんな彼女の思考を邪魔するかのように、部室の扉が音を立てて開けられた。
読んでくださりありがとうございました。




