3-1
校舎にチャイムの音が響き渡る。
今日も今日とて、ノープロ部の活動の始まりだ。
「よーし、点呼をとるから席に着いてくれ」
「そんなことよりよーあんご、餅をついてくれ」
俺の号令に何の脈絡もなくそんな返事をしてきたのは、鳥に似た姿をした種族ハーピーの亜人、ハッピーだった。
黄金の髪を雑な手入れのまま後頭部の生え際で纏めた彼女は、着席する素振りなど一切見せず、鍵爪のついた足で器用に椅子の背もたれに止まり、髪と同じ黄金の翼の毛繕いをしている。
「嫌だよ。何でそんなことしないといけないんだよ」
「何でだ! 他の奴にはついてやってるくせに!」
「他の奴に? 俺が?」
餅をついたことなんて、小学生の頃の学校行事以来ないんだけど。
「この前友達が、あんごの餅ってのを食べておいしかったって話をしてたんだ」
「それあんごの餅じゃなくて、あんころ餅じゃないか?」
「あんころ餅? 何だそれ」
「餅をあんこで包んだお菓子だよ」
と言うかまたか。何度も言っているが似てはいても俺とあんこは別物なのだけど。
まあハッピーのことだから、何度同じ間違いをしても不思議ではないが。
「何でもいいからワタシに餅をついてくれよ!」
「嫌だって、自分でやれよ」
「この手じゃ無理に決まってるだろ!」
バッサバッサと翼を広げ彼女はアピールをする。
確かにあれでは、重い杵を振るどころか持ち上げるだけでも大変そうだ。
「じゃあ諦めろ。諦めて、足元に侍らせてあるお菓子を食べるんだ」
「嫌だ! ワタシは餅が食べたいんだ!」
「あーもー分かった分かった。でもお前、道具は持ってるのか?」
「道具? 道具って何がいるんだ?」
「杵と臼かな。こういうものだ」
俺はPCで検索をして、杵と臼の画像を画面に出した。
しかしそれを見たハッピーの表情は、いまいちパッとしない。
「ん~初めて見るな。杵と臼だっけ。屋根とナスならあるけど、それじゃあ無理か?」
「無理に決まってるだろうが……」
屋根とナスをどんな風に使えば餅がつけるって言うんだ?
最悪屋根にもち米をまきそれをナスでつくことも可能かもしれないが、出来上がりは想像したくもない。
「ま、道具がないんじゃやっぱり諦めるしかないな」
俺の家にだってもそんなものはないし、貸し出しをしてくれるような当てもない。
それを告げると、ハッピーは小さな子どものように床に寝転がり駄々をこね始めた。
しかも彼女の場合両手が鳥の翼になっているので、性質が悪い。
振り乱された翼によって起こる風が、床の埃を舞い上げるのだ。
「ちょ、おいハッピーやめろ! 落ち着けって!」
「ね、ねえあんごくん。何なら私が臼になってもいいけど……」
この状況を見かねたのか、今まで隣で不安げに自分の長い髪を抱いていたジュリアが、とうとう口を開いた。
「お前が臼になるって、一体どうやって?」
「こ、こんな感じでどうかしら」
下半身が蛇になっている種族メリュジーヌの亜人である彼女は、とぐろを巻くようにその下半身を巻いて重ね、臼の形を作って見せた。
「後は杵があればいいんだけど」
「いやよくないだろ……お前の体って」
それではジュリアがどうなることやら。
炊き立てのもち米は熱く直接皮膚に触れれば火傷をするだろうし、それに杵でつくのは餅だけど、体にも衝撃は当然ある。
「そうよねよくないわよね。私の体なんかを器にしたら、汚いものね」
「そういうことを言っているわけじゃないんだけど」
しかしその言葉は、持ち前の卑屈さを遺憾なく発揮し始めた彼女には届かない。
「もしかしたら食中毒になっちゃうかも。そしたら私はもう毒蛇よ。ハブと揶揄されハブにされるのよ」
もしハブにされるとすれば、その理由はちょくちょく挟み込まれるくだらない駄洒落のせいじゃないかな……。
「そんなことになる前にきちんと謝罪をしておかないと」
彼女はそう言うと、依然駄々をこね続けるハッピーの横で床に両手と頭を付けた。
「お、おいジュリア、お前は何をしてるんだ?」
「何って、えっと、これなんて言うんだっけ? あ、思い出したわ。土下座よ」
「ブリッジだねえ」
それは間違いなくブリッジだねえ。
向きが逆だよ。謝罪とは何の関係もないポーズになってるよ。もはや挑発だよ。
「考えなしの発言をしてしまって本当にごめんなさい。どんな罰でも受けます」
「やめろジュリア、謝罪をする必要なんてないから」
だってまだ実際にジュリアの体を器に餅をついたわけでも、そのせいで食中毒被害者が出たわけでもないのだから。
この状況で一体誰に謝ると言うんだ。
「一旦落ち着け、な?」
「落ち着いてないで餅ついてくれ!」
「うるさいハッピー! これ以上手を焼かせるな!」
「手なんて焼いてないで餅を焼け!」
「面倒をかけるなって言ってるんだ!」
「そんなもんかけねえ! ワタシがかけるのはきな粉としょうゆだけだ!」
もうダメだ……こうなったハッピーには何を言っても無意味。
正気に戻すには、無理矢理三歩歩かせるか食べ物をお供えするかしかない。
「はあ、俺の負けだよハッピー、餅を食わせてやる」
「ほんとか!?」
「ああ。でも道具がない限り餅はつけないから、次の休日にでもどこか餅を売ってる店に行こう。それでいいだろ?」
「えぇ……ん~まあいっか! じゃあ約束だぞ!」
よし、これでOK。しかし近所に餅屋なんてあっただろうか。
まあなければコンビニで三色団子でも買ってやればこの鳥は満足するだろう。
「そうだ、ジュリアも一緒に行くか?」
誘わなければきっと悲しむだろうと、一応声をかけてみる。
「わ、わ、私なんかを誘ってくれるなんて、優しいのねあんごくん。凄く嬉しいし、餅だけにモチロン! って言いたいところだけど……言えそうにないわ」
言わなくていい……。
「何か予定でもあるのか? それなら無理にとは言わないけど」
「そうじゃないの。こんなに優しくされることって少ないから、もしかしたら何か裏があるんじゃないかと思っちゃって」
「裏って、大丈夫だよ。お前にだけ違う集合時間を教えるとか、そんなことはしないから」
「そ、それは分かってるわ。あんごくんはそんなこと絶対しない人」
「じゃあ他に何が心配なんだよ」
「そ、その、餅を買いに連れて行ってくれるフリをして、墓地を買いに連れて行かれるかもしれないじゃない。遠まわしに死ねみたいな」
「あんごくんはそんなことも絶対しない人だよ!」
「それとか、土地を買いに連れて行かれるかも。遠まわしに破産しろみたいな」
「だからあんごくんはそんなこと絶対しないって!」
そんな陰湿で回りくどいにも程があることを、ジュリアに対してする理由がない。
「もしそんなことをする奴だと思われてるのだとすれば、さすがの俺もショックだぞ」
「そうよね、疑ったりしてごめんなさい。土下座をするから許してくれないかしら」
「土下座はしなくていい。その代わり次の休日、一緒に餅を買いに行くぞ」
「わ、分かったわ。楽しみにしてるわね」
こうして話がまとまったところで、ようやく点呼をとることができた。
今日の出席者はハッピーとジュリアの二人だけ。
相変わらずの少なを嘆きつつ、本題へと入る。
「えー、今日のメールの差出人は、ヴァンパイアの亜人だ」
ヴァンパイアとは簡単に言うと、大きく鋭い牙を持ち、人の血を吸いそれを栄養源に生きる、そんな特徴をした種族の亜人だ。
ただ苦手なものが多く、生き物の血を吸うという特徴から想像されるほど凶暴ではない。
「タイトルは『どうすれば傷を付けずに血を吸えるか』」
詳しい内容は、次のとおりだった。
【我々ヴァンパイアは人々の血を吸い生きる種族です。でもだからと言って誰彼構わず吸い付くのではなく、きちんと許可をいただけた方の血だけを吸うことにしております。しかしこれまではそのルールでも不自由なくいられたのですが、人間界に来てから皆に拒否されるようになりました。理由は体に傷が残るからだそうです。もちろん人から吸わなくても血を摂取する方法はありますが、やっぱり直に吸いたいです。なのでどうすれば傷を付けずに血を吸えるか教えてください。】
「とのことだげど、人間界に来てから拒否されるようになったっていうのはどういうことなんだろう」
魔界にいた頃は吸わせてもらえた、つまり亜人は吸わせてくれたけど、人間界に先住する人間達は吸わせてくれないとか、そういうことか?
でもそれならそれで、別に人間にこだわらなくともこれまでどおり亜人に吸わせてもらえばいいだけの話なんじゃ?
「た、多分、あれのせいじゃないかしら」
どうやらジュリアには、何か心当たりがあるらしい。
「ほら、人間界って、魔界と違って魔法が使えないじゃない?」
「確か空気中にエネルギーがないんだったよな?」
「そう。魔界にいた頃なら、ヴァンパイアさんに噛まれたくらいの傷なら魔法で跡形もなく治癒できたわ。でも魔法が使えない人間界ではそれはできないから」
なるほど、だから人間界に来てから拒否されるようになったと。
そこに人間だとか亜人だとかは関係ないわけか。
「にしても便利だな魔法っていうのは。使ってみたいよ俺も」
「そ、そうね。でも人間界にも電化製品っていう便利なものがあるじゃない」
ふむ……魔法の代わりに科学の発達した人間界と、科学の代わりに魔法の発達した魔界、一体どちらが便利なのか。
まあそんな議論は今は置いておいてと。
「それじゃあ二人とも、『どうすれば傷を付けずに血を吸えるか』考えてみてくれ」
今日も読んでくださって、ありがとうございました。