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サルマキスの淵  作者: レエ
第一章
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サルマキス

 一週間ほど経過し、体調を取り戻した私は、ダルフェイを誘って湖のほとりを散歩することにした。

 霧の晴れた湖は何処までも澄んでいて、魚が泳ぐ姿も、水の深いところの小石や砂さえも見ることができる。

 太陽を無数に反射して(きらめ)めくさまは、真昼の星空のようであった。


「この間はすまなかったな」


 そう切り出すと、ダルフェイは黙って首を横に振った。


「お前は何も悪くないのだ。ただ……私がああなった時は、何も構わないようにしてくれ」


 ダルフェイは返事もしなかったし(うなず)きもしなかったが、私はそれを強要したりはしなかった。


「綺麗な湖だろう?」


 私の問いに、小さく頷くダルフェイ。


「……なまえ、なんていうの?」

「名前など無い。これは、ただの湖だ。だが――もし私が名付けるとしたら……」


 遠い異国の、古の物語のように。


「〝サルマキス〟と名付けるだろう。意味は――」


 そう、意味は……。


「……もしこの湖が伝説のサルマキスの泉ならば、お前は水に入らないほうがいいぞ」


 口調に自嘲(じちょう)が混じったのに気づいたのか、ダルフェイが困惑したような視線で私を見上げた。

 この子は、頭は良くないが人の心にはひどく敏感だ。

 繊細な……心優しい子供。


「この湖が本当にサルマキスなら……お前は、大事なものを失うことになるだろう」


 美しい……古の、サルマキス。

 呪いをかけたのは、私だ。


「帰るぞ」


 怯えたように湖を見つめていた目が、はっと私を振り返る。

 ぎゅっと腕にしがみついてくる、小さな体。

 あの伝説を作り上げたのは、深い泉に愛しい息子がさらわれないようにと心配した、古代の親たちだったのかもしれない。

 胡桃(くるみ)色の髪をなで、私はダルフェイを抱き上げた。

 この小さな存在に癒されている。

 そう、確かに感じながら。

■サルマキスの泉


ギリシア神話の中にでてくる、泉に棲む妖精の名前。

泉を訪れた美しい青年ヘルマプロディトスに焦がれるあまり、彼と融合する。

以来、泉にはヘルマプロディトスの呪いがかけられた。

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