再会Ⅱ
「大丈夫か?」
そう声をかけると、草色のフードを取り、小柄な女は顔を上げた。
「ええ、助かっ――」
そう言いかけた女の空色の瞳が、驚愕に大きく見開かれた。だが、驚いたのは彼女ばかりではない。
息が止まるのではないかと言うほどの衝撃に、私は思わず言葉を失い立ち尽くした。
「あなた、まさか……まさか、ラルム……」
「レィスアル……」
震える声が、互いの名を確認した。
レィスアル。
怒りと憎しみと絶望と……しかし、どうしようもない憧憬を呼び起こす、その名。
流れるような淡い金色の髪。薔薇色の頬を持つ、白い肌。何度も何度も夢に見た、春の空を映す青い瞳――。
最後に彼女を見た日。その日から少しも変わっていないその姿。まだあどけなさを残す、少女のようなその顔。
まさか、彼女に再会する日が来ようとは。
どうすればいい?
こんなに突然、出会うなんて――。
言葉を見つけられずにいると、レィスアルは急に冷めた目をして、どこか自嘲気味にフフフと笑った。
「命がけで助けた相手があたしじゃ、さぞガッカリしたでしょうね、ラルム」
彼女は言った。
「あたしを憎んでいるでしょう? 丁度いいじゃない、止めを刺すチャンスよ」
「……」
「でも残念ね、ラルム。あたしなんかの助けに入らなければ、あの汚らしい化け物たちにあたしが嬲り殺しにされるさまを楽しむことができたのに。それとも、自分の手で始末をつけるチャンスが残っていてよかったかしら?」
アハハハ……と、彼女は私を見て嘲笑を漏らした。
そうだ。
今が、あの日の復讐を果たす絶好のチャンス。
彼女を殺せば、もうあの日の悪夢をみることもなくなるのだろうか。
その眩しい黄金色の髪の記憶に、空色の瞳の向こうに見た幼い夢に、心乱されることもなくなるのか?
彼女を、殺せば……。
「……っ、何をする気!? ラルムッ」
驚きと戸惑いに、レィスアルが抵抗する。
私は彼女を横抱きに抱き上げ、そのまま無言で歩き始めた。
ナイフが刺さったままの肩が悲鳴を上げたが、そんな痛み、今は問題ではない。
「あたしをどこに連れて行く気?!」
レィスアルが叫ぶ。
「どうするつもりよッ」
「静かにしてくれ!」
怒鳴り返すと、レィスアルは少し不安げに私を見つめ、すぐに目を逸らした。
そのまま二人とも無言のまま……私は森の道を急いだ。ぬかるみに足を取られそうになるが、立ち止まることはできない。
少しでも気を抜けば、気を失ってしまいそうだった。
彼女の体はとても軽かったが、それでも傷ついた体には十分に堪える。
意識が持つうちに、なんとかたどり着かなければ……。
やがて視界の先に、懐かしい家の明かりが見えた。
庭先で嵐の後片付けをしていたダルフェイが、血相を変えて走り寄ってきた。
「ラルム!」
「彼女の手当てを……」
レィスアルを預け、そこまで告げると、私の意識は急速に闇に飲まれていった。
堕ちてゆく……しかしどこか心地よい浮遊感の中、ダルフェイが何か必死に叫んでいるような気がしたが、私にはもう、何も聞こえはしなかった。
***
気だるい意識が、ほんのりと私を包み込む。
まるで天使の羽根の中に、抱かれているみたいだ……。
「――ラルム?!」
呼び声にそっと目を開けると、そこはダルフェイの腕の中だった。
「ラルム、大丈夫?! しっかりして!」
泣きそうな顔が、私を見下ろしている。
なんだダルフェイ、天使はお前だったのか。
なんとなく可笑しくなって、私は微笑んだ。
「一体何が……」
そう問われて、私は状況を思い出した。
「彼女は?」
「本当は君のほうを寝かせてあげたかったけれど……君ならきっとそうすると思って、ベッドを貸したよ。ずいぶん僕のことを怖がっていたけど、手当てが済むと眠ってしまった。右足が折れてるみたいだったから、後でちゃんと診てあげて」
そう言って微笑むダルフェイ。
私は頷きながら「ありがとう」といった。
パチリと、暖炉の火が弾ける音がした。
季節はもう春も終わりに差し掛かっていたが、薄がけ一枚しかない僕のために、ダルフェイがつけてくれたのだろう。止血はもう済んでいるとはいえ、かなり出血があったはずだ。傷ついた体に、この気遣いはありがたい。
「あの人は誰?君と同じ、長い耳をしていた」
「彼女はエルフだ。純血の」
「純血のエルフ?」
ダルフェイの目に、驚きの色が宿る。
「名前は……レィスアル」
「レィスアルって……まさか、あの!?」
「そう。そのレィスアルだ」
ダルフェイの顔が、たちまち怒りに染まった。殺してくるといわんばかりに立ち上がろうとする彼の腕を押さえ、私は首を横に振った。
「傷がいえるまで、この家に置いてやってくれ」
「でもラルムッ!」
「頼む、ダルフェイ」
「……ッ」
私の懇願に、ダルフェイはその怒りを何とか納めてくれたようだった。しかし、辛そうな顔が何故? と疑問を問いかけてくる。
無理もない。私自身も何故そうしたいのかは、正直良くわからなかった。
「彼女には、殺せと……言われた」
「え……?」
「だが私にはできなかった。何故だかはわからないが、きっとそんなことをしても何も変わらないような気がしたのだ」
「……」
「お前には不自由をかけると思うが、しばらく時間をくれないだろうか」
私の言葉に、ダルフェイはしばらく悩んでいたようだったが、やがて小さく1つ頷いた。
それに安心して、私は再び目を閉じる。
その夜、私が見た夢は、何故か私はまだ子供で……父と母が笑い、祖母が笑い、右手をレィスアルに、左手をダルフェイに引かれながら、光の中へと駆け出していく……そんな幸せな夢だった。




