ドワーフ
気がつくと、そこはベッドの上だった。
蝋燭の薄明かりに照らされた壁は凸凹と歪な形をしており、部屋の中にはしっとりとした土の匂いが満ちている。
ここは一体何処だろう……?
身体を起こそうとした瞬間、体中に走った激痛に、思わず呻き声を上げた。
「目が覚めたか?」
低い嗄れ声が聞こえた。
「まだ動いてはいかんよ。まったく、そんな全身骨折だらけで、よく命があったものだ」
そういえば……と、私はようやく思い出した。
あの日、私は川に身を投げて……。
何故、生き延びてしまったのだろう?
生きていたくなどなかったのに。
「もう三日も眠っていたのだぞ。お前さんに何があったのかなど興味はないが……命は粗末にするものじゃない」
「……」
「俺はトッド=ツヴァルトヴァリ。お前の名は?」
「……ラルム」
そう答えて、私は視界の端に現れたものの姿にはっと息を飲んだ。
「そんなに俺は醜いかね?」
そう言った重く静かな声には、自嘲とも諦めともつかない響きがこもっていた。
子供ぐらいしかない背丈と不釣合いな、がっしりとしたたくましい体躯。体中を覆うのではないかというほど長く伸びた漆黒の髭と髪は、細かく縮れて互いに絡み合っている。
それだけでも十分に不気味なのに、男の顔は何か強い力で捻じ曲げられたように大きく歪み、焼け爛れ、特に左半面は眼の位置も定かでないほどだった。
「そんなに恐れることもあるまい。バケモノと勘違いするのも無理ないが、俺はただのドワーフの細工師だ」
「ドワーフ……」
その単語には、聞き覚えがあった。地下に住むというその陽気な一族は、実直で義理堅いが、エルフとは種族的に不仲なものらしい。鉱工業に優れ、彼らの作る細工物にはエルフにも実現不可能な魔法的効果を持つものもあるという。
そういわれればその容姿は知識にあるドワーフの特徴を確かに多く備えていたが、これほどまでに醜いとは……。
私の心情を察したのか、ドワーフの男は不機嫌そうにいった。
「確かに俺は醜いが、異形なのはお前さんも同じではないかね?」
「……」
「お前さんと同じように、俺も一族のはぐれ者だ。ここにはめったに人も来ないし、傷が癒えるまでゆっくり養生するがいい」
ドワーフの男はそういうと、私にかけられた毛布の乱れを正し部屋を出て行った。
この体を見られたのか。あの、ドワーフの男に……。
羞恥より、屈辱感に私は唇を噛み締めた。あの男は言った。自分たちは同じ異形であると。
そうかもしれない。バケモノはバケモノ同士、日の当たらぬ場所で仲良く暮らせということなのか。
傷が癒えたら、今度はあの男のものにされるのだろうか。
すっかり他人を信用できなくなった心では、浮かんでくる未来も絶望的なものばかりだった。
神は何故、私にこれほどまでの苦難を強いるのだろう。そんなに生まれてきたことが罪だというのなら、早く死なせてくれればいいのに。
貴方は、僕が天の国へ行くことも拒まれるのですか?
それならばいっそ地獄でいい。天を追放されたルシフェルのように、永遠に冷たい氷の中へ私を閉じ込めてくれたらいいのに。
嗚咽を漏らすたび体に激痛が走ったが、心の痛みと比べればなんでもなかった。
どうせなら、堕ちるところまで堕ちてしまえばいいのではないだろうか。
心を壊した母のように、私も――。
憎み、忌み嫌った母の姿が、ふと心に甦る。
狂気を孕んだ、あの浅ましく恐ろしい姿……。
「ハハハ、アハハハ……」
溢れて止まらない涙と裏腹に、私は笑い続けた。
そうしているうちに、いつしか痛みに再び気を失っていた。
目が覚めたのはそれからしばらくして、トッドが私のために作った粥を運んできてくれた時だった。




