夢の間
※一部一章と重なっている文章がありますが、ミスではありません。
僕の胸に頭を寄せ小さく身を縮めて眠るその姿は、まるで幼い子供のように、甘えているようにも、怯えているようにも見えた。
折れてしまいそうなくらい細い肩に、僕のつけた紅い痕。腰まで届くほどに長い灰色の髪が乱れて顔にかかっているため表情は見えないが、ラルムがこんなふうに眠るのは、身体を重ねた夜だけだった。
以前は度々悪夢にうなされていたラルム。少しはいい夢を見てくれているのだろうか。寝顔を見ようと灰色の髪に触れた瞬間、しかしラルムはビクリと身体を震わせ、その目をかっと見開いて、怯えたように僕を見上げた。
一瞬呆気に取られた僕の前で、ラルムはすぐにホッとしたように目を伏せ、それから1つ重い溜め息をついた。
「ダルフェイか……」
「あ、ああ、ごめん、起こしちゃって……」
「いや。私の方こそどうかしている。お前に対して、どうして……こんな」
「……また悪い夢を?」
「いや……どうだろう、わからない。憶えていない」
「大丈夫?」
「ああ……。すまない、せっかく気持ちよく眠れそうだったのに、まさかお前の手を……」
その先は、言葉にならなかった。
声をかみ殺すようにして泣き出してしまったラルムを、僕はそっと抱き寄せた。
再び、ラルムの身体がぴくりと震える。僕はそれに気づかないフリをして、さらに強く抱きしめた。
ラルムには何の罪もないのに、いつも自分ばかりを責めている……それが僕には悔しい。
ラルムの心に深い傷を負わせた者たちを、僕は憎く思っている。だがそれはラルムがそのことで傷ついているからであって、酷い過去があること自体を気にしているわけではない。
ラルムはラルム、僕には、それだけだ。
けれど、ラルムは自分の過去を責めている。ラルムには何の罪もないのに、僕に対して罪を犯したと思い込んでいるのだ。
僕は君の過去に何があったかなんて気にしない――。
そう言ってしまうのは簡単だし、僕にとってはそれが事実であっても、僕の口からそのことに触れるのは、かえってラルムの心を傷つけてしまいかねないような気がした。
泣かないで。
そう心で囁いて、僕はラルムの髪を何度も撫でた。
しなやかで柔らかい、細い灰色の髪。
ラルムとは涙という意味だと、以前話していた。
幼い頃、ラルムの髪と同じ色の空から小雨が降り注ぐのを、僕は空が泣いているのだと思っていた。
確かにラルムには涙が哀しいくらいによく似合う。でも、僕は泣いているラルムを見ていると、どうしようもなく辛く苦しくなった。
あまり、笑うことを知らない人。
時々陽炎のように微笑むその表情が……僕は何より好きなのに。
どうしたら、この人を幸せにしてあげることができるのだろう?
僕がラルムに与えてもらった安らぎと、愛情と……語り尽くせないほどの幸せを、どうしたら返してあげることができるのだろう。
やがて落ち着いたのか、ラルムは再び眠りに落ちていた。
今まで殆ど語られず、僕も深く追求しようとはしなかった過去について、ラルムが語りだしたのはその翌日のことだった。
登場人物・用語
■ラルム
灰色の髪と瞳を持つ美貌のハーフエルフ。両性具有者。
■ダルフェイ
人間の母とオーガの間に生まれた、ハーフオーグルの青年。
■レィスアル
エルフの少女。
■アムレ
エルフの青年。
■トッド=ツヴァルトヴァリ
ドワーフの青年。




