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ある日記について

作者: 竹白恵

ある日記について


『◎月◎日。晴れ。

 妻が某掲示板に「ミネステローネの作り方を教えてください。初心者なので優しくお願いします」と書き込みをしたところ、「ググレカス(笑笑笑)」だの「下手なことしないでレトルトを買ってこい」だの散々なレスが返ってきたらしい。

 あまりにもショックだったらしく、しょんぼりしている。可愛い。


 ◎月○日。晴れ。

 今日は妻が「ミネステローネを作る」と張り切っていた。

 昨日の失敗(?)を踏まえて自力で作ろうとしたらしく、「色がカレーっぽいからカレー粉入れればいいのよね」と自信満々に呟きつつ料理をしていた。

 そもそもミネステローネってなんなんだ? ミネストローネじゃあないのか? と思いつつ聞いてみたところ、ミネストローネとコレステロールをごっちゃにして覚えていたらしい。とんだうっかりだ。可愛い。

 ちなみに晩飯はごくごく普通のカレーライスになった。


 ○月×日。晴れ。

 今日は料理に失敗したようなので晩飯は握り寿司になった。

「お寿司はここのスーパーのが一番美味しいと思うの」と広告を見せながら自信満々に指差す妻はすごく可愛い。

 もちろん寿司は旨かった。

 ……が、調子に乗って千二百円のファミリーパックを二つも買ってきたのは意味がわからない。

 妻いわく「色んな種類が食べられるほうがいいかと思って」だそうで、にこやかにそう言われてしまってはオレとしてもぬるい気持ちにならざるを得ない。

 当然寿司は余ってしまったので、明日の朝飯にしようと思う。


 ○月◎日。曇りのち晴れ。

 今日の晩飯は肉じゃがだった。本当は昨日の晩にも肉じゃがを作ったらしいのだが、うっかり消し炭になってしまったらしいので、今日、再挑戦したらしい。

 再挑戦したわりには相変わらず焦げた物体を錬成しているようなのがオレの妻の可愛いところだ。

 妻は「違うの。鍋が昨日焦げ付いちゃったから、焦げ癖が付いちゃってるの」と若干むくれた顔で言い訳をしていた。可愛い。

 明日メラミンスポンジを買ってプレゼントしようと思う。

 ちなみに食後にりんごが出されたのだが、「このりんご、安かったの」と妻が自慢してくるので、へえ、と話を聞いた。

 どうやら、このりんごのためだけに車で遠くのスーパーまで行ったらしい。

 直接言うのは憚れるのでここに書いておこう。妻よ、それは安くない。


 ○月○日。雨。

 今日、メラミンスポンジを買って帰ったら、「また余計なものを買って来て」と妻に怒られた。

 せっかくなので鍋の焦げを落としてみせると、「こんな簡単に落ちるなんて」とびっくりして、直後、「怪しい薬品とか使ってるんじゃない?」とのたまったのにはさすがのオレもびっくりしてしまった。

 ちなみにメラミン素材はドイツで発明されたものだから、まったくもって怪しくない。


 ×月△日。晴れ。

 今日の夕飯は最悪だった。今日はラーメンだと言うから楽しみにしていたのに、なぜだかよくわからないがゴムのような物体が入っていて驚いた。

 なんなんだ?

 普通、調理済みの中華クラゲは加熱しないだろう?

 妻を問い詰めると、「消費期限が切れてたから、火通さなくちゃと思って」という返答が返ってきたが、賞味期限ならまだしも、消費期限が切れていたら捨てろと言いたい。

 だいたい、味見をせずに料理を作るのも意味がわからない。あんなものは食べ物とは言えない。

 あまりにも頭にきたので、明日は残業して帰ろうと思う。


 ×月×日。雨。

 今日の夕食はクリームシチューだった。

 びっくりするくらい黒いシチューだったので、いったい何事かと思って聞いてみると、どうやらしめじの代わりに舞茸を入れたせいらしい。

 まあ、以前妻は青いシチューを作ったことがあるので、少しは成長したと言えよう。

 ちなみに味は普通だった。安心した。

 しかしそれにしても、夕飯の終わりごろ、妻が「今日、お隣の奥さんから無洗米をもらったの」と神妙に報告してきたのは謎だ。いつも、お裾分けをもらうときは嬉々として報告してくるのだが――』


 ***


 ――日記はここで終わっている。

 まあ、そりゃあそうだろう。日記の主であるオレが死んでしまったのだから、書きようがないのだ。

 ちなみにその日、なにがあったのかといえば、うっかり妻が米を洗剤で洗うという初歩的なミスをやらかしたらしいのだ。

 いつもならばそんな毒物を作ったりはしないのだが――警察の取り調べを受けた妻は「だって無洗米って洗ってないお米なんでしょう?」と泣きながら弁解していた。

 警察は理解不能だといった表情をしていたが、一通り事情聴取が終わると、事件性がないと判断したのかさっさと病院から引き上げていった。

 妻のほうはと言うと、警察が退出したあとはしばらくの間固まったように黙って座っていたが、やがてなにやらまた込み上げてくるものがあったらしく、大泣きして俺の死体にとりすがった。

 一方俺はと言うと、どうやら幽霊になってしまったようだが、まあ薄々いつかこうなるだろうとは思っていたし、死んでしまったのは仕方がないので、泣いている妻も可愛いなあと思いつつ成り行きを見守っているわけで。人の魂は四十九日間地上にとどまるというから、迎えが来るまでの間、のんびりと妻の様子でも見て過ごそうと思っているところだ。


 ただ、死んでから数日後のことなのだが、俺の死体が火葬されたあと、妻が俺の仏壇に向かって「毎日晩御飯お供えするからね」と言ったのには不覚ながら驚いてしまった。

 そのときばかりはさすがのオレも妻に対して殺意を覚えてしまったのだが、不可抗力なので、どうか許してほしい。


(完)

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