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7th Deflection

 わたしはふーくんを家へ送り届けると、急いで母親の部屋へ向かい、箪笥を探った。そこに入っていたのは、母の、若かりし日のコスプレ衣装だ。ゴスロリ、メイド服、ピンクのふりふりの魔法少女服、危なげな水着、その奥深くに眠っていた……巫女服。

 本物なので、コスプレ用と言って良いやら。これが一番合っているような気がした。ほかはちょっとためらった。

 わたしは部屋へ走り、目的のものを引ったくるように手にすると、また家を出た。駅へ行き、電車に乗って、いつものところで降り、走った。学校を過ぎ、山を登った。

 どこへ向かっているか。

 決まっている、竜の許へだ。

 先程とは随分違い、今度はしっかりとした目的を持って、それなりの準備をしてその場所へと向かった。竜がどこか別のところへ行ってしまっていたらどうしよう……とは考えなかった。竜が、依然としてそこにいることを信じて疑わなかった。わたしの直感は、わたしでも恐いくらいに中る。

 かくして、竜は朝と同じ場所で、同じようにして寝そべっていた。

「……よぉ、待ってたぜぇ」

 竜は、人間のように口角を上げて笑った。なんて表情豊かなんだろう。改めて驚いてしまう。蛇が、人間ほどの知性を持ち合わせている……。

「……わたしが来るって、分かっていたの?」

「なんとなく、だがな……。お前が触ってから、いろいろ感覚が良くなってんだ。不幸なことに、視力以外が、だがな。……ただ、まさか今日中に来るとは思ってなかったぜ」

 竜はちろちろと舌を動かした。わたしはぎゅっと拳を握った。

「わたしの力を上げる。あなたの力が欲しい。飛びなさい」

 簡潔に、分かり易く。それでいて強い意志を誇示するように。

「けぇっけっけっけっ! 何があったかは分かりゃしねぇが、相当怒ってやがるな。けぇけっけっけっ! いいだろう。利害の一致だ。お前の力をくれ。代わりにオレの力をくれてやる。飛べ」

 竜の、簡単な返答。わたしは頷いた。そして、制服を脱ぎ捨てた。

「……って、おいこら、何やってやがる?」

 驚いたらしい。そういう人間じみた反応されると、ちょっと恥ずかしくなる。

「一応、変装」

 巫女服を着る。前に何度か着たことがあったから、着付けに関しては完璧だ。サイズもぴったり。お母さんもわたしも、女にしては結構背が高い。

 そしてもうひとつ。鞄から円形の端末を取り出す。画面に触れて数値を設定し、スイッチ。わたしの肩を過ぎる、くせっ毛気味の長い髪が一瞬にしておかっぱのストレートショートヘアへと大変身。大変便利な〝外形エフェクト〟。公共の場での使用は禁止されているけど、まあ、そんなこといってる場合じゃない。

「変装ねぇ……。怒ってる割に、案外冷静だな」

「……確かに」

 わたし自身、不思議なくらいだ。これほど怒っているというのに。念には念を、と鼻頭に絆創膏を貼る。これだけのことで、人間が受け取る印象というのはガラリと変わってしまう。絆創膏ばかりに気を取られ、目や鼻の形をちゃんと憶えられなくなる。絆創膏を貼る前と後で、同一人物だと判断するのが難しくなる。つくづく人間というのは度し難い。

「しかし、その姿……」

 竜が意味深に目を細めた。懸命に、わたしの姿を捉えようとしている。

「誰かに似てる?」

「ああ」

 懐かしむような視線。少々狼狽えてしまう。

「……驚いた。わたし以外にも、こうして話していた人がいたなんて」

「けぇけっけっけっけ、そんなやつがいなけりゃ、蛇の突然変異種(ミユータント)ごときが人間様の言葉を話し、人間様の事情を知っている道理があるめぇさ?」

「…………」

 その言葉には、さまざまな驚くべきことが入っていた。が、今はそれを追求している暇はなかった。陽が沈みかけている。

 わたしは竜の前に立つ。そして、二三、深呼吸。

 そして、竜に触れた。

 また、あのときと同じ感覚。無になって、竜に吸い込まれそうになる。

 だけど、今度は自分を喪わなかった。わたしにはしっかりとわたしの意思と感情がある。怒っているせいか? 自我を保つことができた。わたしの感覚だけを、竜に預けることができた。

「見える……見える……見える…………見えるぞぉおおおおおおッッッ!!」

 竜は歓喜した。わたしが竜に飛び乗ると、木々をなぎ倒し、天へと昇り始めた。わたしはしっかりと竜にしがみついている。

「おぉおおおおおおおおおッ!」

 咆吼。全身で喜びを表している。

 さあ、竜。

 征こう。

 わたしは力を授けた。

 今度は、そっちがわたしの願いを聞き届ける番だ。

 分かっているはずだ。わたしがどこへ行って欲しいと思っているか。わたしの目的はなんなのか。わたしの考えが、流れ込んでいるはずだ。わたしの怒りが、流れ込んでいるはずだ。わたしたちの利害は、一致しているはずだ。

「けぇけっけっけっけっ! 分かってる。そう急くな。さァ、征こう。さァ、征こうッ!」

 竜は興奮していた。

 それでいい。そのまま進め。本能の赴くままに。今のお前に人間じみた理性なんて必要ない。欲しろ、お前の必要のままに。お前のからだの流れるままに。

 さぁ、竜よ……


 かッ喰らえ――。

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