6th Sensation
嫌になる。
どうしてわたしがこんな目に遭わなきゃならないのか。どうしてわたしがこんな思いをしなきゃならないのか。
分かっている。原因はわたしだ。始めからあんなところへ行かなければよかったんだ。それに今だって、ひとの言葉に惑わされず、我関せずと構えていればいいんだ。
分かっている。こんな思いをしているのは、わたしのせいだ……と、考えるほどに、胸の中のもやもやがからだを圧迫してゆく。
ああ……駄目だ。こんな日は。考えない、なんて無理だ。何かおいしいものでも食べて、早めに寝てしまおう。そうしよう。
駅を出て家路を急ぐ。今日の晩ご飯は何かな。コンビニで何か買い食いしちゃおうかな。あ、でも確実に太るな……あぁ……でも……今日くらいは……。
コンビニの前に来て、固まってしまった。
ランドセルを背負った小麦色の肌の少年。ふーくんだ。
そのふーくんが、スカイボードを持ったやつらに囲まれていた。
ひとりは、ふーくんに顔を近づけて鋭い瞳で脅しつけていて、ほかはそれを取り巻いてにやにやと嫌らしい笑みを浮かべていた。ふーくんは、ただじっと立っているしかできなかった。
恐い。
でも、ふーくんをあのままにしておくのはもっと恐い。
「何しているの!」
わたしは走り寄って叫んだ。連中の視線が一斉にわたしに集まる。いいところを邪魔されて不機嫌になった子供の目だ。ふーくんは、驚いて、すぐにわたしを案ずる瞳になった。この中で一番大人の瞳だ。
「やめなさい。さっさとその子から離れて!」
「なんだおま――」
わたしは、そいつらがこちらへ来る前に鞄の中から銃を取り出して、そいつらへ向けた。
「おいてめぇ!」
「やめろ! RSD-3の武器だ!」
一同がざわめいた。わたしはじっと睨みつけていた。
《自己防衛ランク(the Rank of Self-Defence)》。通称《RSD》。半民営化の後、縮小一方の警察機関。その不足分を補うために、国は民間人に自己防衛手段の所持を認めた。しかし誰もが自由に自己防衛手段――要するに武器だけど――することはできない。
〝より模範的な市民〟に、より高ランクの、より高性能な武器の所持を認めることとした。
わたしが持つのは、RSD-3の武器。銃口から高電圧電極を射出し、相手を痺れさせる代物だ。相手に〝甚大な被害〟を与える確率は……二十分の一。許容されている数値ではあるものの、決して安全な武器ではない。それでいて、無骨な外見とは裏腹に、内蔵のコンピュータがオートターゲットをしてくれるので、よっぽど大きな手ぶれでもなければ、外すことは先ずあり得ない。RSD-3とは、それだけ高効果な武器を意味する。
わたしは、わたしの親は、〝より模範的な市民〟というわけではない。しかし〝戦闘に不向きな突然変異種〟には「差別に対抗する」という名目のために高ランクの武器を所持する権利を与えられている。
「動いたら撃つ。……ふーくん、こっちへ来て」
ふーくんは恐る恐る、こちらへ向かおうとしてきた……が、傍らの女がふーくんの腕を掴んだ!
咄嗟に銃をそいつへ向ける。
「撃ってみろクソあまァ!」
女は狂人のように叫んだ。
わたしは、竦んで引き金を引くことができなかった。連中の表情に余裕ができはじめた。
からだが震えている。歯ががちがちと鳴った。
そのときふーくんが突然、女の手を振り払おうと暴れた。
「くそガキがッ!」
近くの男が、そんなふーくんを、掴み、投げ飛ばした。
ふーくんのからだは空を飛び、アスファルトに叩きつけられた。
ぷちん――。
わたしの中で何かが弾けた。途端に視界がより鮮明になり、同時に時間の流れがゆっくりになった。
相手の動きが手に取るように分かる。わたしはふーくんを投げ飛ばした男に、銃口を向けた。
〝顔は絶対に狙わないで下さい〟。
〝目の周辺に当たった場合、失明の可能性が非常に高いです〟。
カタログの文字が頭を擡げる。
わたしは男の右目を、しっかりと狙った――。
「何してやがる」
男の声。声高ではないが、明朗に響く声。連中の視線が声の主に集まり、顔から笑みが消えた。わたしは引き金を引く機会を逸した。
憎しみを持った目で、そちらを睨みつける。大柄の男だ。短髪で、色黒で、制服の上からでも鍛え上げられたからだをしていることが見て取れる。
男は、武器を構えるわたしに構わずつかつかと、ふーくんを投げ飛ばし、そして失明の危機から逸した男へと近寄った。おどおどと言い訳寸前のそいつに、男は問答無用の鉄拳を喰らわせた。
そしてわたしを一瞥し、
「……金で買った安全か」
と一笑に付した。頭に血が上った。こいつも撃ち抜いてやろうか。
が、
「行くぞ」
とあっさり背中を向けた。
男の一撃で意気消沈した連中は、ぞろぞろとその後ろをついて行った。殴り飛ばされた男も、仲間に引きずられて去って行った。幾人かが恨みがましくこちらを睨みつけたが、そんなことに構ってられない。急いでふーくんに駆け寄った。
「ふーくん、大丈夫?」
「うん、ぼくは平気」
手を差し伸べたが、ふーくんはその手を取らずに自分で立ち上がった。ランドセルがクッションになったので、怪我はなかった。からだが、僅かに震えていた。恐かったんだろうな。当たり前だ。わたしはどう声をかけて良いか分からなかった。
「……帰ろうか」
精一杯その言葉を絞り出した。
「うん」
わたしとふーくんは並んで歩き始めた。ふーくんは俯いたままだった。とぼとぼと、ゆっくりとしたペースで歩き続けたが、やがて鼻を啜る音が隣から聞こえ始めた。
「ふーくん」
わたしはふーくんを抱きしめた。堰を切ったように、ふーくんの瞳からぼろぼろと涙が溢れ出た。わたしも我慢できなかった。人通りがなかったのが幸いだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ふーくんは、何も悪くないでしょ」
ふーくんは泣き続けた。わたしも泣き続けた。ふたり、同じように震えていた。今になってようやく、恐いという感情が蘇った。でもそれ以上にわたしの感情を支配するのは……
怒りだ。
ふざけるな。
ふざけるなッ!
ふーくんをこんな危険な目に遭わせておきながら、恐い思いをさせておきながら、一発殴ったくらいで許せとでも!?
ふざけるな。ふざけるなよ。
ふーくんを威嚇した男、ふーくんの腕を穢らしい手で掴んだ女、ふーくんを投げ飛ばした男、周りでにやにやと笑っていた取り巻き、全員憶えているぞ。
全員、判然と憶えているぞッ!
ふざけるなふざけるなふざけるなッ!
あいつらに憐れみのような感情を抱いたわたしも馬鹿だった。今すぐにでも飛んでいってあのときのわたしを殺してやりたい。
全員、復讐してやる。ひとり残らず今日の出来事を後悔させてやる。
わたしひとりじゃ無理だけど、わたしにはその手段がある。
わたしの震えがぴたりと止まった。
「……桜ねぇ?」
ふーくんの不安げな声。
「大丈夫、大丈夫だから……」
わたしはふーくんの頭を撫でた。