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5th Interaction

 結局、学校へと辿り着いたのは十時を少し回ったときだ。目立った。困った。しかし入学の時にはあんなにもおどおどしていた担任の教師が、どうやら早々わたしに慣れたらしく、普通に叱ってくれたので、何となくそれで許された感じになった。助かった。特別扱いされようなら、陰で何を言われたものか分かったもんじゃない。

「ねー、どーしたのよあんた。遅刻だなんて。今朝は一緒に学校直前まで来てたのに」

 百合がわたしの前の椅子に座り、こちらを向いて弁当を広げている。別クラスだというのに堂々と。しかもそんな情報どこから仕入れたというのか。

 わたしは自分の弁当を差し出して、

「きんぴら食べる? お母さんの十八番」

「わぁ、ありがとう! うちの親どっちも料理苦手でさ~」

「へぇ。じゃあいつも自分で作ってるの? すごいよそれ」

「いや~。どうも最近やる気がなくなってきて、今日も適当に詰め合わせただけ。いやん、きんぴら本当においしい。あんたの母親と結婚したい」

「残念。愛妻弁当なら今頃お父さんのお腹の中。わたしとあなたが食べているのは、そのついででしかない」

「あら~、仲睦まじいこと、妬いちゃうわ。わたしも、毎日作ってあげちゃいたいって思えるような素敵な彼氏さえいれば、いつも豪勢なお昼時になるんだろうけどって違う!」

 百合は立ち上がって机をばしんと叩いた。なんと長いノリ突っ込み。

 視線が集まる。目立つ行動は慎んでもらいたい。からだは小さいけれど、行動は何かと大きい。

 しかし、くそう。うまく流せると思ったのに。

「あからさまに誤魔化そうとしてんじゃないわよ!」

 あからさまだったかなぁ? まあでも、聞かれても困るだけだし。言っても信じてもらえるとは思えないし……信じてもらっても、それはそれで困るような。

 ……試してみる? あまりいい気はしないけど。

「ねえ……百合は、同調作用(シンクロナイズ)ってどう思う?」

「……は?」

 わたしの鎌を掛けるような問いに、百合は眉間にしわを寄せて、

「ええと、どうって聞かれてもさ……。あんたこそどうしたの。急にオカルトにかぶれちゃった?」

「…………」

 質問を質問で返されたけど、百合の反応はごく普通のものだと思う。

同調作用(シンクロナイズ)〟。それは確かにオカルトチックな流言だ。突然変異種(ミユータント)が何か、ものでも人でも動物でも、触れ合うことで、その突然変異種(ミユータント・)能力(アーツ)に何らかの変化を加えることができる。

〝同調増幅〟。〝同調減衰〟。〝同調喪失〟。〝同調変質〟。さまざまだ。

 特に、人間の突然変異種(ミユータント)と、(ペットなど特に関係の深い)動物の突然変異種(ミユータント)との間に、この同調作用が起こりやすい……といわれているものの、信憑性はどうも薄い。まずその観測された絶対数の少ないというのもあるし、突然変異種(ミユータント・)能力(アーツ)自体、科学的アプローチが難しい代物だ。まじめな科学者だって、「ミュータントの脳波が、同調する物体の持つゆらぎと干渉して……」などと気の触れたことを言い出す始末で、まじめな科学者からはそっぽ向かれている。

 単に好きなもの/嫌いなものだったり、気の合う/気の合わない人に触れることで、突然変異種(ミユータント)の精神状態が変化してそういった変化をもたらす、というのが通説だ。

 でも、規則性がなかったり、まったく赤の他人と同調したってひともいるんだけどなぁ。

 百合はわたしを納得させるように首を何度も頷かせ、

「まあ、信じてる人もいるけどさ。わたしはそーゆー不確かなのは信じない方なのよ。占いも一切見ない。……あんた、そーゆーの案外信じそうよね」

「うーんと、なんか馬鹿にされてる?」

「ちょっとだけ」

「正直な!」

「ちょっとよ、ちょっと」

 こいつは……こんなのを今までいろいろと尊敬してしまった自分が情けない。っていうか、いつの間に〝あんた〟って呼ばれるようになってた? まったく気づかなかった。

 でも……そうか。やっぱり信じてもらえそうにないか。わたしと竜の間に起こったのは〝同調増幅〟以外に説明のしようがない。しかしそれさえも妄想だとか勘違いだとか言われたらどうしようもない。

 というか、竜に会ったけでも大スクープなのだけど……。わたしも、よく直感だけに頼ってあんなところまで行ったなぁ。

 わたし自身、自分の整合性のない行動に、整理がついてない。だのに、ひとにどう説明したらいいのか。

「なぁ、昨日の空走族がさぁ」と後ろから男子の声。「滅茶苦茶うるさかったよ。轟音響かせて走り回ってさ」

「最近ちょっと調子こきすぎじゃねぇかあいつら」

「最近多くなった。やっぱり竜がいなくなってから」

 不意に百合が男子グループの言葉を継ぐように、

「多くなって、気が大きくなって、やることが度を超してきたわね。最早、迷惑行為だなんて言っていられない。警察が少ないからって、平然と暴力行為だの犯罪だのをしているわ」

 ずきん――。百合の言葉に胸が痛んだ。

 竜は言った。

「見えた」

 と。

 きっと……わたしがいれば竜の目は治る。また自由に空を駆けることができる。

 そうすれば、また不良どもをどうにかできる。(竜も、どこから情報を仕入れているのか分からないけど)あの様子は、多分竜もそれを望んでいる。

 竜の目となる。竜の力となり、竜とともに飛ぶ。

 でも、わたしはそんなことできるはずがない。だって……

 またあんな恐い目に遭うかもしれない。

 それにわたしに、竜の背に乗って戦えとでも言うの? こんなか弱い乙女に?

 そうなれば、こっちが追われる身だ。不良たちから目を付けられて、警察からもきっと目を付けられる。

 わたしには自分を守るすべなんて無い。いや、ないわけじゃないけど……あまり使いたくない。法律的にも、あまり使って良いものじゃない。

 わたしは関わりたくない。自分の生活を守りたい。わたしがやらなきゃならない義理はないし、わたしにやれだなんて誰も言っていない。あまり良いリターンが得られるとも思っていない。

 ただ……それは同時に不良たちを野放しにすることも意味する。

 わたしのせいで、街が不安に包まれているような気がする。そう思うと、みんなのひと言ひと言がわたしを責めているように聞こえる。やるせない。苛まれる。

「……桜?」

 百合が、ついつい俯いてしまったわたしを覗き込んだ。

「大丈夫? なんか急に苦しそうに……」

「ううん、何でも無い……」

 百合の心配そうな視線を受け流して、弁当を口へ運ぶ。母親の作ってくれたコロッケから、なんの味も感じられなかった。

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