第五話:キャラバン防衛戦(序)
「異世界戦記」のオンラインは、軍事的な策略だけでなく内政も要素の1つだ。国の内部には首都含め3つの街が最初から用意されている。その経済なども自らの手で調整するのだ。
そして用意されている最序盤のイベントに「盗賊ギルド襲来!」という物がある。
これは「異世界戦記」オンラインのチュートリアルの様な物で、配給された自らの兵を動かして街に現れた盗賊ギルドから物資を取り戻すという物だ。物資自体はそこまで重くは無いし、1人でも十分に運べる。因みに中身は高価な宝石だか魔法触媒だかだ。
全員を正面から向かわせ、首を王に差し出すも良し。ただ物資だけを取り戻すも良し…という物で、攻略の方法が多種多様であり、それ故に攻略方法議論が白熱した。
よく見ていた「異世界戦記攻略情報まとめサイト」通称「異戦wiki」でも、そのための項目が存在した。確か、初心者向けの確実な戦法から低コスト、短時間など様々なテンプレがあったはずだ。
自分は3回ほどこのイベントを行っており、初めは単純な総力戦。次に罠を用いた盗賊の捕獲。
最後は、ネットで起きた1つの論議によって行われた物だ。
その論議の趣旨は「どれだけ少人数でイベントを攻略できるか」という物で、自分もリアルタイムで参加していた。
最高記録は自分のPCも含めて3人で、1人が巧みな奇襲で陽動し、その隙に自分と仲間1人で物資を奪取するという物だった。
だが、今は「ゲーム」ではなく「現実」である。2人でもやり方次第で突破は可能だろう。
ーーーとまあ、ここまでイベントの思い出話と情報なのだが、何故こんなイベントに固執するかと言われれば、2つ理由がある。
1つ目は、ゲーム上で最も簡単なイベントの1つで、肩慣らしに丁度良いから。
2つ目はゲームのシナリオでは「盗賊を打ち倒した事によって自分達の名誉が上がり、国から士官としての勧誘を受ける」という事になっているからである。
これを利用し、まずはこの「ユラ・エード」の情勢を把握したい。その後、出来れば自らの手でこの大陸を制覇するというのが最終目標となる。
「…ふむ…まだあと4時間って所か」
熱中症を引き起こしかねない様な太陽光線を浴びつつ、草原の中舗装されたレンガの道を歩く。
「うぅ…汗が…」
「…はぁ…これで汗拭いとけ」
バッグから汗を拭く為の布を取り出し、後ろに放り投げる。
年下の少女が汗でぐっしょりと濡れて居るのは精神をヤケに刺激するが、ここで自重せねば戦略ゲーが格ゲーになる可能性もある。
それは勘弁したいので、今はただ前を向いて歩き続けている。
「…ねぇ、ユウ…」
「どうした?エナ」
何時の間にか浸透した名前呼び(自分はユーザーネームであり実名ではない)で声を掛けてくる少女に顔の向きを変えずに返事をする。
「…あれ、見て」
「……ん?」
エナの方は見ていないが、彼女が示した方向は自然と分かった。
自分から見て2時の方角。目測で距離250〜300と言った所か。
何やら行商と思わしき影と、その周囲に群がる人を発見した。
「…なんだろう?あれ?」
「…一応行ってみようぜ、割と近そうだし」
「…うん」
進路を少し修正して、二人はキャラバンの方へ足を進めた。
キャラバンと自分達の間には、何十本か木が生えている。
その影に身を隠し、さも忍者のごとく距離を詰めて行くのだ。
1分ほどして、キャラバンの姿がハッキリと見えてきた。…だが、何やら様子がおかしい。
キャラバンの荷馬車を背に剣を構えた人が15人程。
そしてそれらから10m程の距離を取って包囲網を形成しているのが30人程。
そして、こちらに走り寄ってくる人影が5つ。
ーーーーどうやら、チュートリアルの前哨戦というイベントまであるらしい。
「…エナ」
「分かってる」
物分かりの良いメンバーだ。
「ーーーさぁ、ゲームスタートだ!」