第一話:出発点の出会い
「……追憶の森…久々ね」
やや顔を引き攣らせる少女を見る。この反応も予想通りだ。
基本、異世界戦記の勇者は勝手に裏設定がくっついてくる。このエナ・ヒューゲルもその類だ。
出生と同時に母親が死亡。その後、小さな小屋で父親と10歳まで2人で暮らしていた。父親は農業を営んでおり、エナもそれを手伝っていた。
森の動物を狩ったり自給自足の生活を送っていたある日、盗賊が小屋を襲撃する。森の中で飢えた彼らは、食料を求めて彼女達を襲い、父親を殺した。
その惨劇をすぐ傍で見ていた少女は、逃げるふりをして包丁を持って小屋から出る。そして食料を奪い小屋から出てこようとした盗賊を待ち伏せ、その包丁で盗賊の足を刺した。更に困惑して居る残りの盗賊にも足に斬撃をお見舞いし、食料を取り返した。とゲームには書いてあった。実に細かい設定に、感服したのを覚えている。
その後どうなったかは知らないが、盗賊が飢えていた理由はこの追憶の森で迷ってしまったからでありーーー
(つまり、こいつにとって恨みに近い物がこの森にある、と)
そして、エナ・ヒューゲルを手に入れる為の条件はーーーー
「…なんでここに連れてきたの?…アンタ…」
露骨に嫌そうな顔をするエナに、俺は笑いかける。
目の前にあるのは、2つの墓標。片方には「アンナ・ヒューゲル」もう片方には「ローディ・ヒューゲル」の文字。
そう、彼女の両親の墓だ。
「…俺は、君の過去を知ってる、だから、だからこここに連れてきた」
「………」
黙り込む少女。ここまで全て予定通りだ。
「…お前は、弱い。いや弱かった」
「あんたに…」
少女が小さく呟く。
「そして、両親を助けられなかった」
「あんたに…!」
徐々に力がこもった声に変わり…
「事実だろう?」
「何が分かるってんだよ!!」
そして叫びながら素手で殴りかかってきた。
もしもこれが想定外の事態であれば、軟弱な日本人である俺はなす術もなく殴られる他ない。自分より年下の少女とは言え、後天勇者の素質を持つ彼女の力には全く及ばない。
だが、それで負けてしまってはこのイベントは失敗だろう。
ーーーーーそう、この少女を味方にする条件は、恐らく彼女と勝負し、その状態で相手を説得する事にある。
ゲームでのこの少女は、主人公が話しかけるといきなり切り掛かってくるのだが、流石に現実ではまだ丸くなって居る様だ。そして、戦闘中に彼女に対して説得を行い、成功して晴れて仲間となる…という事だ。
だが、このシナリオ通りに進むと不味い事がある。
自分の身体能力ではーーーゲームならまだしもこの世界ではーーー彼女に一矢報いる事すら不可能なのだ。
そこで、この「追憶の森」を使用した一連の流れを思いついた。
この場所は霧が濃く、国を作った自分ならまだしも彼女がその地形を把握し切れて居るとは思えない。霧を上手く利用して戦えば勝機がある。
更に、この場所に導く段階で、彼女は何の武装も持っていない。
つまり、お互いに最も傷つけづらい「素手」での戦闘となる。そうすれば説得までの時間を稼ぐのも容易だ。
(ーーーーここまで、全て計画通り…。)
そして、戦闘が始まった。
飛び掛ってくる少女の渾身の一撃をいなし、距離を取る。
そして、一目散に霧の中へとダッシュした。
「…っ!逃げんな!」
声を掛けた時には、相手の姿は見えなくなっていた。
この霧の中、自分がこの森で迷ってしまえば、戻れるアテはない。
つまり、自分はこの位置から動けないのだが…。
「チッ…だけど…彼奴を…ぶっ飛ばさないと…気が済まねえ…」
辺りを見回すが、やはり霧、霧、霧。10m先も見えるか怪しい。
「………だけどな、俺と組めばその『弱さ』は補える」
後ろから響いた声に振り向くが、誰も居ない…いや、見えない。
「…お前の『弱さ』は、力じゃない、知識と戦略だ」
今度は別の方向から。おちょくって居るのかと、更に苛立つ。
「何処だ…何処に…居る…」
やはり何も見えない。こうも弄ばれると、流石に我慢の限界だ。
「巫山戯るな!私は弱くなんか…!」
辺りに気を向けるが、やはり相手の姿は見当たらない。
「出て…」「俺に背後取られてるのに弱くないって?」
歯軋りをした瞬間、後ろから地面に体を押さえ付けられる。
一瞬で両手の自由を奪われ、上を取られた。
瞬間の不意打ちに、反撃は愚か反応すら出来なかったのだ。
「ぐ…離せ!離せっての!!」
「いいか?これから言う事をよく聞いとけ」
ジタバタともがくが、流石にこの状態では幾ら力に差があっても振りほどくことは出来ない
「お前が負けたのは、折俺の罠に掛かったからだ。俺が着いて来いと言って武器も持たずに着いてきて、挑発に乗っけられて単調な攻撃しか出来ず、自分にとって不利なこの場所で戦う事になった」
「う…」
悔しいが、反論の余地はない。
完全に油断していたし、この青年の事を見誤って居たのは紛れもない事実だ。
負けたのは自分で、勝ったのはあいつだ。
「だから、もう負けたく無いなら。これ以上罠に掛かりたく無いなら。そう思うなら俺と一緒に来てくれないか」
先程の怒りは何処に行ったのか。残っているのは敗北感と、悔しさと、異常なまでのーーー
ーーーー青年に向けられた興味だった。
「……本当に、あんたに着いて行けば強くなれる。そう断言するのか」
「あぁ、約束する…。俺は、俺はーーー」
そこで息を吸い、青年は言葉を発した。
「軍師だからな!!」
エ「ってか、そろそろ降りてくんない?」
ユ「えっ?あ…あっ」
エ「…このヘンタイ」
ユ「ちっ、違うんだ!!これは…!」