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Colors Of Love

Cherish

作者: はるた



 漫画やドラマみたいな恋。

 現実にあるわけがないから、皆それに憧れて、映画館に行ったりテレビの前に釘づけになったりするんだ。

 あるわけがないってわかってても、期待してしまう。

 そんなの虚しいってずっと思ってたあたしも、結局は心のどこかで憧れてたんだ。


 だから、あまりにも唐突に起こったその出来事にも、胸が高鳴るのを抑えられなかった。


「あれ? 明香里?」


 駅前のアルトでアイスティーを飲みながら携帯をいじっていたあたしは、頭の上から降ってきたその声に、ぱっと顔を上げた。

 あたしが座ってるすぐ横に、コーヒーらしき液体が入ったグラスと、ガムシロップとミルクを二つずつ乗せたトレーを持ってる人が立っていた。


「……岡田くん?」

「やっぱり明香里だ! 久しぶり!」


 中学を卒業してから会ってないし、茶髪になってて大分雰囲気が変わっていたから一瞬わからなかったけど、それは確かに岡田悠也だった。


 岡田くんは中学の同級生だ。三年間クラスも一緒だった。


 人懐っこい笑顔は前と変わってない。けれど、雰囲気が変わりすぎててびっくりした。

 中学の時は部活に夢中で特に身だしなみに気を遣ってる人じゃなかったけど、茶色に染められた髪はワックスでセットされてるし、耳にもピアスがある。着てる服もいかにも雑誌に載ってるような感じのコーディネートだ。


「元気?」

「あ、うん」

「めっちゃ久しぶりだよな! 高校入ってから一回も会わなかったし!」


 あたしは立っている岡田くんを上から下まで眺めて、


「なんか、変わったね。チャラくなった?」


 岡田くんはわざとらしく苦笑してみせた。


「チャラいって言うなよ。皆こんなもんだろ」

「そうかな」

「明香里はあんま変わってないね。前から大人っぽかったけど」

「別にそうでもないよ」


 会話が詰まる。

 何だか気まずい。早く空いてる席に座ればいいのに。


「紗菜は元気?」


 あたしは少し沈黙した。


「同じ高校だったよな?」


 取り繕うように岡田くんは言う。


「うん。相変わらずだよ」

「そっか。――じゃ、またな」

「またね」


 多分、もう会うことなんてないだろうな。

 そう思ってまた携帯の画面を見ようとすると、歩き始めようとした岡田くんがふと立ち止まった。


「そうだ。俺のメアド、変わってないから……良かったら、メールして」


 あたしが何か言うより前に、岡田くんはそそくさとあたしの見えないところまで行ってしまった。


   * * *


「やっぱさ、この人だ! って思ったらその場で行動しなきゃいけないと思うんだよね。メアドとか何かしら聞かなきゃ、接点なんてなんにもないわけじゃん? だからってナンパがいいってわけじゃないんだけど――」


 あたしの正面でおにぎりを食べながら紗菜は一人で喋ってる。適当に相槌を打てば、紗菜は延々としゃべり続けるのだ。


 いつもこなしてる相槌も忘れるくらい、あたしはぼんやりしていたらしい。


「明香里? どうしたの?」


 サンドウィッチを手に持ったまま固まってるあたしの顔を覗き込んで紗菜は心配そうに言った。


「えっ?」

「なんかぼーっとしてない? なんかあった?」


 あたしはちょっと笑った。

 紗菜に心配されるくらいじゃ、よっぽどなんだな。


「別になんでもないよ」

「いーや、絶対なんかあった! あたしがぺらぺら喋ってるのに、ガン無視なんて明香里じゃない!」


 一人で喋ってる自覚あるのか。


「だったらちょっとは静かにしたら?」

「だって、喋りたいことがありすぎるんだもん」

「喋りたいことって、タクミのことでしょ?」


 タクミというのは、紗菜の好きな人だ。

 しかもタクミという名前は紗菜が勝手に付けた呼び名で、本名は不明。本当に何も知らない相手なのだ。

 夏休みに行ったプールの監視員で、一目惚れしてしまったらしい。それからずっと、九月になってから紗菜が喋る主な話題はタクミのことだ。


 紗菜はがっくりと肩を落とす。


「マジで後悔してるんだよ……恥ずかしくたって何だって、メアドとか聞けば良かった。街中で会える確率なんて皆無に等しいし、来年もあのプールにいる保証ないし。聞いて断られるならまだ諦めつくじゃん? でもこうやって何もしてないとさ、あの時ああすれば良かったって、めちゃくちゃ思っちゃうもん」


 紗菜は移り気だから、夏休みが終わればタクミのことなんて忘れてると思ったけど、今回は珍しく長い。

 何も知らない相手に、どうしてそんなに夢中になれるんだろう――。

 あたしには無理だ。

 あたしが紗菜だったら、色々なことを考えてしまう。

 彼女がいるかもしれない、好きな人がいるかもしれない、ひょっとしたら結婚してるかもしれない――どんなに思っても、相手は自分のことなんて覚えてすらいない――。


 紗菜は理想が高いから(本人曰く、妥協しないだけ)滅多に自分から好きになることはないけど、恋をしたらいつも真っ直ぐで、好きになったらそれ以外何も考えない。

 くよくよ迷うこともほとんどしない。好きなら好き、だめだったらだめ。実にさっぱりしている。

 ねちっこく考えてしまうあたしとは正反対。

 大人っぽいとか落ち着いてるとか言われるけど、的外れもいいところ。

 落ち着いてるのは疑心暗鬼だから。慎重になって、人を疑わずにはいられない。

 大人っぽく見えるのは幼稚さの裏返し。


 紗菜が羨ましい。昔も、今も。


「ねえ、明香里……あたしばっか喋っちゃってるけどさ、本当に何かあったんなら話聞くよ? ていうか聞かせて。話すだけで何か変わるかもしれないし、今更遠慮するような間柄でもないじゃん」


 紗菜とは幼稚園に入る前からの付き合いで、家も近い。両親も仲が良く、よく皆で一緒に遠出したりもした。


「うん、ありがと。でも本当に何でもないから」

「……そう? なら、いいけど……」


 納得したふりはしても、確実に何かあったことくらい紗菜は気付いてる。でも、あたしがそういうことを言わないのも知ってる。


 岡田くんと偶然会ったことは、紗菜には言わない。

 それがあたしの、せめてもの意地悪――。


   * * *


 当然のようにあたしと紗菜は、幼稚園からずっと同じ学校に通っている。クラスが違っても、ずっと仲が良くて、毎日一緒に登下校をしていた。それは今も続いている。


 中一の最初、あたしと岡田くんは隣の席だった。

 少しずつ仲良くなって、夏休みが始まる前までにはメアドも交換していた。

 席替えも何回かあったけど、その全てが岡田くんの隣で、周囲には運命だの何だのと言われて、あたしはちょっと調子に乗っていたんだ。

 制服になって、教室の顔ぶれも変わって、勉強も難しくなって、小学校とは全く異なった中学校生活。

 紗菜とは違って運命的な恋とか、そんなのに全く興味なかったあたしだったけど、環境が変わってふわふわしているところに岡田くんという『運命の人』が現れて、あたしはすっかりその気になってた。

 でも、あたしに告白する勇気なんかなくて、ただ隣でずっと仲良く話してるだけだった。


 そうしている間に最初の一年が終わり、二年生になった。

 中一では違うクラスだった紗菜と同じクラスになり、岡田くんも同じクラスで、あたしはすごくどきどきしていた。

 最初の席はまた岡田くんと隣だった。

 紗菜はいつもあたしと一緒にいたから、隣の岡田くんとも自然と仲良くなっていってた。

 岡田くんと話している紗菜を見ても特に嫉妬を感じなかったのは、あたしの方が一年分仲が良いって勝手な優越感を持っていたからだと思う。

 あたしが岡田くんのことを好きだってことは、紗菜には言わなかった。あたしの気持ちを知らないふりをして、今まで通り仲良くするのは紗菜には無理だと思ったのだ。

 それからずっとあたしたち三人は仲が良くて、本当に楽しかった。進級する直前までは。


 三月、修学旅行に行く前、岡田くんが言ったのだ。


「ちょっと、相談したいことがあるんだけど」


 鈍いあたしはそれを言われるまで全く気付かなかった。

 岡田くんは照れながら言ったのだ。


「実は、好きな子がいてさ……明香里に協力して欲しいんだ。仲良いし」


 それを言われてようやく気付いた。

 紗菜と仲良く話している岡田くんの表情――あれは、確実に恋をしている顔だった。

 いや、本当は気付いていたのかもしれない。でも、認めたくなくて――認めたら、気持ちを言えないままのあたしの弱さまで認めてしまう気がして、怖かったんだ。


 退くに退けなくなってしまって、あたしは承諾した。

 二日目の夜に、岡田くんは紗菜に告白した。あたしが紗菜を呼び出して、そこに岡田くんが来るという古典的な方法。

 結果、紗菜は断った。


「岡田はさ……ずっと仲良い友達だったもん。そんな風には見れないよ」


 それもそうだと思う。紗菜の岡田くんに対する気持ちは仲の良い友達そのものだったから。

 あんな修学旅行は二度と行きたくない。

 嬉しくて悔しくて、泣きたくなった。


 春休み、三年は絶対に岡田くんと違うクラスになるように、あたしは毎日祈ってた。

 でも、神様はあたしの願いを聞き入れてくれなかった。

 三年になってからも岡田くんとあたしは近い席ばっかりで、岡田くんは何もなかったかのように話しかけてくる。

 以前と変わらないように話そうとしても、話せなかった。

 上辺だけは前と同じだったと思う。でも、全然楽しくなかった。あの時の心躍る気持ちは、二度と味わえなかった。

 もう、あの時には戻れなくなってしまったんだ。そう思うと、自分の弱さが恨めしくて、何も悪くない紗菜が憎らしくなった。


 そのまま一年を過ごし、卒業し――岡田くんと関わりのない日々が始まって、あたしはようやく忘れられた。


 何で今になって――やっとあの時のことを忘れられてきたのに、あたしの前に現れるの?

 気付かないふりをしてほしかった。どうして、あんな風に、本当に嬉しそうな笑顔であたしに話しかけたの?


 期待してしまう。

 これから何か始まるんじゃないかって――。

 もう懲りたはずなのに、そう思ってしまう。


 あんな惨めな気持ちは味わいたくないのに。


   * * *


 夜、自分の部屋であたしは携帯を開いて、電話帳を見た。

 岡田悠也。

 メアドと電話番号、誕生日が登録されてる。

 誕生日は九月六日と表示されている。あたしははっとしてカレンダーを見た。

 今日は九月五日。――明日だ。

 時計の針は十一時半を指している。後三十分で、岡田くんは十七歳になるんだ。


 良かったら、メールして――。

 岡田くんの声が響く。あたしはぎゅっと携帯を握りしめた。

 誕生日メールを送るくらいなら……そう思って首を振る。

 だめだ。もうあの人に関わっちゃだめだ。未練がましくずるずると引きずっている自分が、情けなくなる。

 でも、これで吹っ切れるかもしれない。

 結局、中学生のままでいる奥底の自分に突き動かされて、あたしはゆっくりと携帯を開いて、メールを打った。


『誕生日おめでとう。もう十七歳だね』


 宛先はまだ書いてない。顔文字が一つだけの、素っ気ないメール。

 十二時ぴったりに送ったら、いくらなんでも気持ち悪いよね。

 あたしはしばらく漫画を読んだりして、どきどきしてしまっている自分の気持ちを紛らわせようとした。


 十二時を告げる時計のメロディが鳴る。

 メール、たくさん来てるんだろうな。彼女からも来てるのかもしれない。そんなところにやっぱりあたしが送ったら、迷惑かもしれない。

 携帯を閉じたり開いたりしていたら、あっという間に二十分ほど経ってしまった。

 こうしてると、また惨めになってくる。あたしがこれだけ悩んでたって、岡田くんは皆からのメールを楽しく読んでるだけだ。


「…………」


 あたしは大きく呼吸をした。

 でも――あたしが岡田くんにとって何でもない過去の友達なら――誕生日を祝うくらいなら許されるだろう。

 宛先を入力し、意を決して送信ボタンを押す。

 送信完了の表示が出た直後、あたしは携帯を閉じ、部屋の電気を消して布団を被った。


   * * *


 部屋に響くバイブ音。閉じた瞼に光が当たっているような気がする。

 眠りに落ちかけていたあたしは、ほとんど無意識のうちに携帯を開いていた。

 真っ暗な部屋の中、眩しすぎる液晶が通話の着信を示している。

 岡田悠也。

 画面に表示された名前はそういう風に見えた。


「……!」


 眠気なんて吹っ飛んでいた。

 がばっと起き上がったあたしは通話ボタンを押そうとして、躊躇った。

 このままでいたら、やがて切れる。あたしと岡田くんの細くて頼りない関係も。

 何時間にも匹敵するほど長い一瞬の後、あたしは電話に出た。


「……はい」


 声が震えてる。

 こんな夜中に電話に出たりしたら、岡田くんからの連絡を待っていたみたいだ。そんな風に思われたくない。電話に出たことを後悔していると、声が聞こえてきた。


「明香里!? ごめん、こんな夜中に電話して。起こしちゃった?」


 二年前まではあれほど聞き慣れた声だったのに、ずっと低くて男っぽく聞こえる。


「……ううん。別に、大丈夫だよ」

「ごめんな。メール来てたの見て……なんか、直接話したくなっちゃって」

「…………」

「メールありがとう。すっげー嬉しいよ」


 あたしは何も言えなくなった。

 鼻の奥がつんとして、闇が滲んで見える。


「迷惑だと思ったんだけど、今電話しないとずっとできない気がしてさ」

「…………」

「この間アルトで会っただろ? めちゃくちゃ嬉しかったよ、久しぶりに会えて。本当はもっと話したかったんだけど、迷惑かなって思って……でも、元気そうで良かった!」


 心から嬉しそうな声。

 涙が流れ落ちる。

 どうして泣いてしまうんだろう。岡田くんはほんの軽い気持ちで電話してきただけなのに。

 嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか、なぜ自分が泣いているのか、それすらもわからない。

 ただただ涙がとめどなく溢れてくる。


「……明香里?」


 ずっと黙っているあたしに、岡田くんは不思議そうに尋ねてくる。


「…………」

「どうかした? ……泣いてるの?」


 ずっと抑えていた嗚咽が聞こえてしまったらしい。


「大丈夫? どうしたの?」

「……何で……」

「え?」


 堰を切ったように、感情が溢れ出した。

 気付いたらあたしは見えない岡田くんに向かって、泣きながらまくしたてていた。


「何でこんなことするの? やっと……やっと、忘れられたのに」


 岡田くんは何も知らない。あたしの思いも、岡田くんが紗菜に告白した後、あたしがどんな気持ちで過ごしていたかも。


「もう、惨めな気持ちにさせないでよ! これ以上汚い気持ちになりたくないの!」


 こんなことを言われたって、意味がわかるはずがない。付き合ってたわけでもないのに。


「期待もたせるようなこと……しないで」


 岡田くんは何も言わない。

 電話を切れないのは、あたしが臆病だからだ。突き放そうとしても、自分からはできない臆病者だからだ。


「……明香里」


 その声に、あたしはびくっとした。

 あの可愛らしい少年の声じゃなくて、聞いたことのないすごく男らしい声だったからだ。

 ――怒らせてしまった。


「ごめん」


 何で謝るの?

 謝るようなこと、何もしてないのに。あたしが勝手にいらついてただけなのに。


 電話を切られる。いやだ、切らないで――。


 切られるのが怖くて、彼から拒否されるのが怖くて、あたしから電話を切った。


 あたしは携帯を開いたまま、しばらく呆然としていた。

 何て最低な人間なんだろう。

 嬉しかったくせに、勝手に自分の気持ちをぶつけてしまった。ただ相手から何か言われるのが怖くて、自分から拒否した。


 でも――。

 これで良かったのかもしれない。

 岡田くんがあたしに会いたくないと思ってくれれば、もう会うことなんてないんだから。

 ようやく、完全に忘れられる。


 なのに。

 

 どうして涙が止まらないんだろう。

 どうして中学生のままの岡田くんが、ずっと心の中で笑ってるんだろう。


   * * *


「紗菜、今日先帰ってて」

「えっ? 何で」


 紗菜は不思議そうに聞いて来る。当たり前だ。毎日一緒に帰ってるんだから。


「今日、教室掃除だし、遅くなるから」

「待ってるよ、そんなの」

「ううん。待たせちゃ悪いから」


 こんな理由で一緒に帰らなかったことなんて、一度もなかった。

 紗菜はしばらくあたしを見た後、


「――わかった。じゃあ、また明日の朝ね!」


 笑ってそう言った。


「……ごめんね」


 あたしの呟きは、紗菜には届かない。


 紗菜は何も知らない。何も悪くない。――岡田くんと同じ。

 それでも、子供のようなあたしは紗菜と一緒に帰りたくなかった。一緒に登校するのも、学校で一緒にいるのも辛かった。

 いつもと同じように笑顔で話しかけてくる紗菜を、真正面から見ることができなかった。


 掃除が終わると、あたしは一人でとぼとぼと校舎を出た。

 掃除の終わる時間が遅かったのもあって、今から下校する生徒はあまりいない。

 校門を出た時、あたしは気付いた。

 誰かがいる。校門の脇で、塀に寄りかかって立っている。

 あの制服は、うちの高校ではない。

 それが誰なのか、誰を待っているのか、立ち尽くしていたあたしは数秒後に気付いた。


 知らない制服を着ている彼は、全然知らない人に見える。

 走って逃げ出してしまいたい。でも、足が地面とくっついたかのように動かない。

 そうしている間に、彼はあたしに気付いてしまった。


「……明香里!」


 岡田くんはあたしを見付けると、校門を出たところで突っ立っているあたしに駆け寄ってきた。


「良かったあ、もう帰っちゃってたらどうしようかと思ってたんだ」


 心から安心したように岡田くんはそう言った。


「あたしがここに通ってるって……知ってたの?」

「卒業する時言ってただろ?」

「……覚えてたの?」

「当たり前だろ! 明香里が行く学校のこと、忘れるわけないよ」


 あたしは何も言えなくなってしまった。


「話したいこと、あって」


 岡田くんの表情から笑顔が消えた。


「昨日、何で急に電話切ったの?」

「……ごめん」


 あたしはうつむく。

 やっぱり、昨日のこと怒ってるんだ。当たり前だ。あんな風に言われて怒らないわけがない。


 重たい空気が流れ始めた時、


「……なんてね」


 いつもの調子で岡田くんは言った。


「えっ?」


 思わず顔を上げると、笑ってる岡田くんの顔がそこにある。


「急に電話なんかした俺の方が悪いのにな。迷惑かけてごめん」

「違うよ!」


 否定したらすごい大声が出てしまった。半分以上ボリュームを下げて、あたしはたどたどしく続ける。


「迷惑なんかじゃ、全然ないよ。嬉しかった。……あたしが勝手にキレただけ。岡田くんは何にも悪くないんだよ」

「でも、怒らせたのは俺だろ?」


 あたしは首を振る。


「本当に、あたしの勝手な気持ちなの。中学生のまま、全然成長できてない……」

「何をそんな卑屈になってるのか、よくわかんないけどさ」


 そう言って岡田くんはあたしの手を取った。

 あたしのよりずっと大きくて逞しい手に、思わずどきりとする。繋がれた手を通して、岡田くんにも伝わってしまうんじゃないかと思うくらい。


「来て」

「ど、どこに?」

「まあ、とりあえずアルトにでも行こうよ」

「何でよ」

「話したいこと、色々あるから。聞きたいこともね」

「でも」

「いいから」


 岡田くんの右手は、あたしの左手をぎゅっと握った。


「中学生の時とは違うよ。高校生になったんだ。俺も、明香里も」

「え……?」

「明香里の話、たくさん聞かせて。それで、俺の話も聞いて。――いやじゃなければ」


 あたしは岡田くんを見た。岡田くんもあたしを見てる。


「いやじゃないよ……あたしも、聞きたい」


 岡田くんはふわりと笑った。

 あたしが知ってた笑顔とは違う。

 十七歳の岡田くんがそこにいる。

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