保安部特殊警邏隊Ⅱ
骨がみしみしと悲鳴をあげる。筋肉が断裂しそうだ。
「なにも知らない!」
「嘘つけ! 知らなかったら暗殺なんて言葉出てくるか!」
――殺される!
そう思ったときまたもや後ろのドアが開いた。
「相澤さん! なにをやっているんですか! 彼を放してください」
首を固定されているので振り向けない。しかしこの声は十分すぎるほど聞き覚えがあった。
「こいつ暗殺計画を知ってやがった!」
「皆本さんは関係ありません。はやくナイフを下ろして」
「ちっ、仕方ないぜ」
「ゲホッ、ゲホッ」
ようやく開放された。体が崩れ落ちる。肺が酸素を欲している。急いで呼吸を開始する。
「大丈夫ですか? 皆本さん」
皆本の肩に手をやり涙目でこちらを見ていたのは姫路だった。
「助かったよ姫路、それより相澤は危険だ! 殺しにきたんだ! 平瀬を殺しに」
皆本は混乱しきっていた。展開が速すぎてついていけない。
「大丈夫です。相澤さんはわたしの仲間ですから」
姫路が相澤の仲間? そういえば暗殺者は二人いた。男女の二人組み!
「お前らなに者だ? 姫路もこいつと仲間なのか?」
姫路は目を逸らした。彼女の固く結ばれた口は唇を噛んでいるようにも見える。
「安心してください、わたしたちはあなたに危害を加える意思はありません。わたしたちは日本政府直属の組織、保安部特殊警邏隊、トクラのメンバーです」
保安部。政治家のような日本政府の要人を警護するボディーガードのエキスパート。
保安部は今の日本にはなくてはならない存在になっていた。漫画や映画のモチーフにもよく使用される日本のヒーロー像である。
「おいおい、一般人にそこまで教えていいのかよ」
「トクラ?」
皆本はトクラという言葉には聞き覚えがなかった。
「皆本さんが知らなくても無理はありません。公にはされいていない秘密組織ですから」
「秘密組織がなぜこんな高校にいる」
皆本は姫路の手を払いのけ立ち上がった。数歩後ろに下がる。姫路が動くことはなかった。
後ろに立っている相澤はことの顛末を外から傍観するようである。
「わたしたちは平瀬さんを警護する任務にあたっています。平瀬さんを守るためこの高校に潜入捜査をしています」
「潜入捜査?」
「はい。トクラは、保安部正規のメンバーでは護衛が困難な人物を護衛するために特別編成された組織です。
平瀬さんを護衛するにあたって学校内でも活動しなければならないのはおわかりですよね? 正規のメンバー、つまり大人が校舎内をうろつくのは明らかに不審です。
そのためわたしたちのような平瀬さんと同年代の保安部の人間が警護にあたっているんです」
「そんな話平瀬から聞いたことがないぞ」
「それは当然です。平瀬さん本人にはわたしたちの正体を明かしていませんから」
「なぜ本人に隠す必要がある?」
「わたしたちは存在するだけで要人が近くにいることを露呈してしまいます。政治家ならともかく平瀬さんはまだ学生。
わたしたちが大手を振って街中を闊歩すればかえって平瀬さんを危険に晒しかねない」
姫路の表情はいままで見たこともないくらい真剣な表情をしていた。皆本の知らない姫路の裏の顔。
「まさか姫路は中学の時も平瀬を警護していたのか?」
「もちろんです!」
姫路が初めて笑った。その表情に安心させられる。どうやら敵ではないようだ。
もしここにいる人間がまったくの他人だったなら信じられなかったかもしれないが、相手は中学からの同級生である姫路だ。皆本は彼女の笑顔を信じることにした。
「知らなかった・・・・・・長い付き合いなのに」
「皆本さんに知られる程度ではトクラは勤まりませんよ、他に質問はありますか?」
「暗殺者についてだ。あいつらはなんなんだ」
「わたしたちは暗殺者を都合上にエージェントと呼んでいます。エージェントはすでにこの七組に何名か潜入している可能性があります」
それは間違いないだろう。この高校の制服を着た男女が暗殺について会話しているのを皆本は聞いている。
「なぜエージェントは平瀬を暗殺しようとするんだ? ただの女子高生だろ?」
「目的は不明です。しかし平瀬さんは平瀬家のご令嬢。命を狙われてもおかしくはありません。このことは皆本さんがよく知っているのではないですか?」
確かに昔、誘拐まがいのことはあった。だが、平瀬の周りには常にSPの監視があったため誘拐は失敗したが・・・・・・。
「他に質問は?」
「じゃあ一番聞きたいこと」
「なんですか?」
「この事実を知っておれはどうなる? 殺されるわけではないだろうけど」
「事実を知ってしまった人間は名を変え、姿を変え、どこかに消えてもらうのが通常の手段なんですけれど、今回は別の方法をとります」
「おい、姫路まさか!」
今まで口を閉ざしていた相澤があわてたようにそう言った。
「ちょうど人手が欲しかったところです。皆本さん、あなたはわたしたちの仲間になってもらいます」
「それってつまり?」
「あなたもトクラの一員です」
拒否は死を意味しますよと、姫路は花を咲かせたように笑うのだった。
「ただの高校生に人を守るなんてできるのか?」
「技術なんてものはどうとでもなります! 大切なのは人を守りたいという気持ちです」
姫路はニコニコだった。新しい仲間ができて嬉しいのだろうか。
「で、おれは何をしたらいいんだ?」
「仲間になってくれるんですね!」
「拒否権はなさそうだしね」
――こんなところで平瀬に死んでもらっては困る。それが皆本の本音だったのだが。
「エージェントは今まで特にアクションを起こしませんでした。これはなぜだかわかりますか?」
「殺すチャンスがなかったのか?」
「それもあるかもしれませんが、おそらく彼らは平瀬さんを事故死に見せかけて殺害する気なのだと思います」
「なんで?」
「これは推測の域を超えませんが、彼らは平瀬さんが誰かの手によって殺されることが公になるのを恐れているんです。つまり政府関係者が黒幕である可能性が高い」
「日本を背負って立っている人間がただの女子高生を暗殺? ばかげてるな」
「だからこれはわたしの推測です。他にだって考えようはいくらだってあるんですから落ち着いてください。とにかくエージェントは今までアクションを起こさなかった。けれど来週なにか仕掛けてきます、必ず」
「来週?」
「来週はクラスの親睦を深めるための校外学習があります。行き先は遊園地です」
皆本の通う高校は高校生にもなって遠足がある高校だった。さすがにおやつ三百円までなどというルールはないが。
「校内で事故死を装うのは大変に困難です、しかし遊園地なら十分に事故が起きてもおかしくない状況を作り出せます」
「つまりチャンスってやつか」
「ピンチの間違えでは?」
「いや、チャンスだ。 エージェントの尻尾をつかむ、な!」
「わかっていないようですがわたしたちの任務は平瀬さんを守ることであって、エージェントを捕まえることではありません!」
「同じことだ。エージェントが捕まれば平瀬を守ることにもなる」
姫路は早くも皆本を仲間に入れたことを後悔し始めていた。




