暗殺者三
皆本は放課後の校舎を歩いていた。誰とも知らない人物に呼び出されたからである。
電話の相手が女生徒であるのならばポジティブな妄想に従事することも可能なのだが相手は残念ながら男の声だった。
階段を上りながら皆本は平瀬のことを考えていた。
平瀬の機嫌が悪かった。彼女は突然機嫌を悪くすることがよくあった。それは昔からである。
皆本と平瀬の関係は簡単に言えば幼馴染だった。
平瀬家といえば日本でも有数の名家である。何人もの政治家を輩出しており世間の認知度も高い。
本来、皆本のような一般家庭の人間が平瀬家の令嬢と交友関係があるのはおかしな話なのだが、あるものは仕方ない。
皆本は平瀬の祖父、現平瀬家頭首、平瀬藤次郎にひどく気に入られていた。
小さい頃になにかあったらしいのだが皆本は覚えていなかった。つまり皆本は物心つく前から平瀬と一緒にいるのである。
しかし最近はめっきり遊ぶこともなくなった。今日話したのだっていつぶりだっただろうか。昔はよく三人で遊んでいたというのに・・・・・・。
遠くの方で野球部の小気味の良いボールを打ち返す金属バットの音が聞こえた。それに対して校舎内は静かである。
目的の教室にたどり着く。だが皆本はすぐにドアを開けようとはしなかった。
中に人の気配を感じ取ったのだ。呼び出されたのだから人がいるのは当たり前である。
体を低くして中の様子を探る。どうやら中にいるのは男女二人組みのようである。なにか言い争いをしているようにも見える。
誰もいない放課後の教室。二人きりの男女。
恋愛経験の乏しい皆本には具体的な想像を巡らせることできないのだが、誰かに見られてはまずいことをするのだろうということはわかる。
電話は間違い電話だったのだ。わざわざ学校に戻ってきた意味がなかった。
皆本はため息を溢しながら早々に退散しようと立ち上がった。するとなにやら会話が聞こえてきた。
「どうです? 計画はうまくいきそうですか?」
――計画? なんだ計画って。
「今日はまだ様子見ってところかしら。 まぁ気長にやるわ。 そのための潜入作戦なのだから」
「しっかり遂行してくださいよ、暗殺の件」
「ちょっと! 放課後で人が少ないとはいえ誰かに聞かれたらどうするのよ! この暗殺計画が知られれば成功率は格段に下がるわ!」
「聞かれたところで問題はないです。別の方法で殺害するだけですから」
急いでその場を離れた。本能がそうさせた。あの場にいてはまずい。殺される、と。
皆本は全速力で廊下を走り、階段を駆け下りた。途中で何度も転びそうになったが、どうにか転ばずに走る。
平瀬を暗殺。確かにそう聞こえた。聞き間違いじゃない。
校舎を出て曲がり角を曲がったところで皆本は後ろを振り返った。どうやら追っては来ていないようである。
皆本は心臓を押さえ、呼吸を整えることに集中した。
(暗殺だって? ただの高校生が? いや、あいつらは・・・・・・あいつらマジだった。マジで人を殺そうとしている)
口の中が血の味がする。全身から汗が噴出す。
(どうする? 誰かに相談するか?)
だが暗殺者がクラスメイトの中にいるなんて話誰も信じはしないだろう。皆本も完全に信じたわけではなかった。
心のどこかで常識が否定していた。だが本能が肯定しているだった。




