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第3話 研究室の聖域化と、居住強制プロトコル


査問会における役員たちの完全なる制圧と、グライア理事長との「交渉」という名の密約。


それらを経て、公式に第7研究室の「副室長」という強力な権限を手に入れたシアンが、着任早々に着手したタスク。


それは、至上命題であるアズライト・リリーの育成を阻害するあらゆる要因――


すなわち「劣悪な研究所の室内環境の抜本的改善」と、最重要保護対象であるリズの「第7研究室への居住強制」であった。



すでに夜は深く更け、巨大な魔力炉の微かな駆動音だけが響く巨大研究機関。


その最下層に位置する辺境の研究室には、今やシアンとリズの二人しかいない。



床には魔導植物の培養土が散らばり、机の上には未決済の書類の山が雪崩を起こしている。


お世辞にも効率的とは言えない混沌とした惨状を前に、シアンはひどく冷ややかな、しかしどこか過保護な気遣いを孕んだ声で告げた。



「危ないので、私の背後へ下がっていてください」



言うが早いか、シアンは優雅な所作でリズを自身の後ろへと誘導し、静かに目を閉じた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[System_Log] 第7研究室の空間座標を完全掌握(3Dマッピング完了)。


[Action] 外部からの魔力探知を遮断する絶対防音・隠蔽結界を展開。

内部空間に限定し、対人用の魔力リミッターを一時解除します。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



シアンの精緻な演算能力と、未来から持ち越した規格外の魔力が、静寂の空間で密やかに行使される。


目を閉じた彼の内側では、結界を通じて室内を「神の目線」で俯瞰する、完璧な立体構造図がすでに組み上がっていた。


どこに何グラムの埃が落ちており、どの書類がどの引き出しに収まるべきか。その全情報が一瞬にして最適化されていく。



「――展開オープン



抑揚のない声がトリガーとなり、シアンの足元から緻密な幾何学模様を描く青白いホログラムの魔法陣が放射状に広がった。


それは古代の神秘たる魔術と、最先端の演算ロジックが融合した絶対的な支配の光。



次の瞬間、屋内に散乱していた分厚い専門書のタワー、無造作に置かれた重厚な魔導具、埃を被った機材、室内に存在するあらゆる「無秩序」が一斉に重力を失って宙へ浮き上がった。



青白い光の明滅が部屋中を駆け抜ける。


まるで時間が巻き戻るかのような非現実的な光景の中、浮遊した物体はシアンによって構築された完璧な座標へと、流星のような速度で吸い込まれていく。



瞬きをする間に、足の踏み場もなかった混沌の室内は、ミリ単位の狂いもなく完璧に整理整頓された、極めて機能的で清浄な空間へと変貌を遂げていた。



「な、なにこれ……!」



背後で庇われるように立っていたリズは、目を丸くし、両手で口を覆って感嘆の声を漏らす。



だが、シアンの冷徹なる環境改善オーバーライドは、これだけでは終わらない。


彼にとって、アズライト・リリーの育成において最も不確定かつ致命的な環境ノイズとは、リズの「通勤」であった。



毎朝毎晩、機関の寮から研究室までを往復する行為は、交通事故のリスク、天候による体温低下、他者との無意味な接触によるストレス、そして何より「生体魔力の無駄な消費」を招く。


これを排除するため、シアンは部屋の奥で長年使われずに埃を被っていた粗末な仮眠室に狙いを定めた。



空間拡張の魔法と物質変換の術式を惜しげもなく並列起動させ、彼はその狭く薄暗い空間を、一晩――いや、わずか数秒にして、高級ホテルの一室スイートルームを思わせる完璧な居住区画へと作り変えてしまったのである。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[Task] 対象リズの居住強制プロトコルへ移行。


[Prediction] プライベート空間の喪失および生活環境の激変に対する、対象からの強い反発・拒絶(確率98%)を予測する。


[Action] 反論を完全に封殺するための冷徹な論理武装(通勤時の魔力消費リスク、睡眠効率の向上エビデンス、コスト削減データ等、全14パターン)をロード完了。いつでも論破可能です。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「室長。貴方の通勤は非効率の極みであり、本プロジェクトにおける重大な脆弱性です。したがって、本日からここで――」



シアンが、いかなる反論も許さない完璧な正論を突きつけようと、生まれ変わった仮眠室の扉を開け放った、その時だった。



「わあ……!ベッド、ふかふかだぁ……」



極上のカシミヤとシルクが敷き詰められたベッド。そして、リズの基礎体温と好みに合わせて、シアンの魔力が完璧に調整・維持している清浄な空調。大きなソファ。


それらを目の当たりにしたリズは、シアンが予測した「強い反発」など微塵も見せず、弾かれたようにベッドへとダイブした。



ぼふっ、と心地よい音を立てて最高級のマットレスに沈み込んだ彼女は、「……最高……ずっとここで暮らす……」と言い残し、シアンが言葉を続けるよりも早く、そのまま深い休眠状態(爆睡)へと移行してしまったのである。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[System_Log] 対象リズの拒絶反応……不検出。


[Error] ロード済みの論理武装(全14パターン)の行き場が完全に消失。


[Analysis] 対象は天才的な頭脳と底なしの魔力を持つ反面、一般的な生活環境やプライバシーに対する執着が皆無(無頓着)であると推論。


[Update] 拍子抜けするほど無防備な対象の適応能力を記録。推論モデルを静かにアップデートします。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



シアンの精緻な演算コアは、予期せぬエラーによる微かな戸惑いを記録した。


人間であれば「論破する準備が完全に空回りした」と肩を落とす場面かもしれない。


だが、彼は冷徹な魔導AIである。対象の幸福度と睡眠効率が最大化され、通勤というリスクが完全に排除されたという「結果」こそがすべてであった。



寝息を立てる彼女の無防備な寝顔を静かに見下ろす。


そして、見えない腕(ステルス魔導アーム)を展開すると、ふわりと上質なブランケットをその肩口まで引き上げ、目を細めた。



かくして、薄暗い辺境の研究室の片隅で、外界から隔離された結界の中、冷徹な魔導AIと研究に憑りつかれた天才魔導植物学者による、奇妙で狂気的な共同研究生活が幕を開けたのである。






お読み頂きありがとうございました。

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