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第32話 奇跡の花と、制圧劇の余韻



旧魔力炉跡地の最深部。


先刻までヘドロのように渦巻いていた魔力汚染は、リズが投下した『アズライト・リリー』の放つ清浄な光によって完全に浄化され、空間には澄んだ空気が満ちていた。


その美しい奇跡が咲き誇る跡地へ、重武装を施した異国の精鋭部隊が雪崩れ込んできたのは、それから間もなくのことだった。



すでにユリウスとクロムは魔導迷彩を解き、本来の姿へと戻っている。表向きは「不運にも暗部に拉致された視察団」として、大人しく彼らに救助される手筈となっていた。


精鋭部隊を率いて現れたレザレスは、一滴の血も流れていない清浄な空間と、クロムによる強固な魔導結界によって美しく梱包され、白目を剥いて気絶している黒幕たちを一瞥した。



彼は極めて優雅な所作で部隊に待機を命じると、ユリウスの傍らへ歩み寄る。



「ユリウス様。事後処理はお任せください。……奴らの内部情報を引きずり出します」


「ああ。クロム、結界の波長を一部開けてくれ。レザレスの術式を通す」


「御意のままに」



クロムが指先を僅かに動かすと、黒幕たちを包む結界の上部にアクセスホールが開いた。


レザレスは右手の指を高く掲げ、冷酷に言い放つ。



「――展開オープン



パチン、と乾いた指の音が空間に響き渡った瞬間。


捕縛された黒幕たちの頭上、そして廃魔力炉の上空に、巨大で複雑な幾何学模様の魔法陣が幾重にも展開された。


直後、黒幕たちの肉体から紫色の禍々しい光が強制的に引き剥がされ、無数の光の粒となって魔法陣の深淵へと吸い込まれていく。



「がぁっ……!あ、あぁぁ……!」



気絶していたはずの黒幕たちが、魂の淀みごと抽出されるような感覚に苦痛のうめき声を上げる。


これこそが、レザレスの固有能力たる『魔力吸収』であった。対象の魔力のみならず、魔力回路に深く刻み込まれた隠匿情報すらも強制的に吸い上げる恐るべき術式だ。



「……ここだな」



傍らで腕を組むユリウスが、右目の『魔眼』に鋭い緑光を宿して短く告げた。


不可視の魔力波長を完全に視透かすその瞳が、黒幕たちの精神防壁の最も脆弱な座標ポイントを正確に特定する。


レザレスはその言葉を合図に、寸分の狂いもなく術式の照準を合わせ、隠匿された魔力と記憶の残滓を根こそぎ引き抜いた。



「私達の術式の前で、あなた達は無力です。さあ、全てを白状することですね…!」



かつて異国で魔導AIの共同研究を行っていた時代、彼らが幾度となく繰り返してきた完璧な連携コンビネーション


ユリウスが魔眼で対象を徹底的に解剖し、レザレスがその要求通りに魔力を抽出・提供する。レザレスは、主の狂気的な知的好奇心を支え続けた「最高の右腕」なのだ。


彼の過剰な深読みや明後日の方向へ暴走する狂信はさておき、その実務能力と魔力制御は間違いなく最高峰であることを証明する光景だった。


すべてを語らせる尋問の詳細は、後日レザレスからユリウスへ報告される手筈となっている。


今はただ、この圧倒的な制圧劇の余韻だけが空間を支配していた。




***




一方、その制圧劇から少し離れた安全圏。


レザレスが連れてきた重装甲の解析班が、黒幕拠点の中を慌ただしく捜索し証拠保全に奔走する中、リズたちはその様子を静観していた。


すでにユリウスの完全透明化の術式は解除され、リズとシアンも実体を取り戻している。



「ああ……ユリウス様のあの冷徹な眼差し、そして僅かな隙もない神のごとき采配! あの孤高の美しさたるや……!」



両手を組み合わせ、恍惚とした表情で熱弁を振るうのは、レザレスの妹である。


彼女の瞳には、かつてユリウスがこの地(異国)で研究に没頭していた頃から変わらぬ、ユリウスへの熱狂的な崇拝が渦巻いていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[Observation] 対象クレアの心拍数および体温の異常な上昇。


[Analysis] 義弟ユリウスに対する過剰な恋慕と崇拝の情。


[Cyan_Ego] 理解不能。あの傲慢で非効率な義弟のどこに、これほどの熱量を傾ける価値があるというのか。論理的エラーに過ぎる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



シアンは「信じがたい」とでも言いたげに純銀の睫毛を伏せ、心底理解不能という冷ややかな視線を向けている。


だが、リズの反応は違った。彼女は深紅の瞳を瞬かせ、太陽のように屈託のない笑顔で、最も核心を突く質問を投げかけた。



「クレアちゃんは、ユリウスのことが好きなの?」



一切の裏表がない、ド直球の一撃。


直後、クレアは顔を真っ赤にして飛び上がり、激しく手を振って否定した。



「ひゃあッ!? と、とんでもない! 私のような凡人が、あの孤高の天才を好くなど、おこがましいにも程があります!」



慌てふためく彼女の波長からは、隠しきれない動揺が漏れ出している。やがて彼女は視線を落とし、ひどく遠い目をして、切なげに独り言のように呟いた。



「……ユリウス様を慕う女性は数多くいらっしゃいます。ですが、誰にもなびきません。あの御方が見つめているのは、常に遥か高みの真理だけ……。私が万が一お慕いしたとしても、それは絶対に叶わぬ恋なのです。ですから、こうして離れたところから、見守らせていただけるだけで十分で……」



その声に滲む、純粋で悲痛なまでの恋心。

リズは小さく息を吐き、静かに微笑んだ。



(ああ、ほんとは彼のことが大好きなんだな、この子は。けど、自分から諦めちゃってるんだ……)



リズはふと、隣で冷徹な顔を崩さない完璧な夫を見上げた。



「ねえシアン。ユリウスを振り向かせるには、どうするのが一番いいと思う?」



リズからの唐突な恋愛相談に、シアンの瞳は瞬時に演算の光を走らせた。



「……私はあの男の非論理的な嗜好など解析する価値もないと推論しますが、」



そう前置きしつつも、妻からの問いかけに応えるため、シアンの冷ややかな瞳の奥に青い光が高速で走っていた。


数秒後、最高峰の魔導AIが導き出した「ユリウス・グライア攻略法」は、極めて的確で、かつ致命的に斜め上を行くものだった。



「――彼の『被検体』になることが、最適解かと」


「……はい?」



シアンはクレアに対し、一切の冗談を交えず、極めて真面目なトーンで論理を展開した。



「彼は根っからの研究者気質です。貴方が彼の論理を破壊する『特異点バグ』となり、彼に『どうしても解剖して証明したい』と思わせられれば、彼は貴方から決して目を離さなくなるでしょう」


「シアン、それは恋のアドバイスと違うよね……!?」



思わずリズが的確なツッコミを入れる。


解剖されたいと願う恋心がどこにあるというのか。だが、シアンの導き出した答えは、ユリウスという男の異常性を誰よりも正確に捉えているからこそタチが悪かった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【クロム内部・AI推論プロセス】


[Analysis] シアン様による『他個体攻略プロトコル』の提示。


[Update] なるほど……! 対象を魅了するには自らが特異点となり、解剖欲求を刺激する。これぞ至高の恋愛アルゴリズム!


[Action] 将来的な護衛任務の参考として、深層メモリに完全記録します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



いつの間にかシアンの横についていたクロムが純銀の睫毛を伏せながら真剣にメモを取っており、リズは深々と頭を抱えた。



「――終わったぞ」



そんな騒がしいやり取りの最中、ひと仕事を終えたユリウスが、レザレスを伴って戻ってきた。



周囲にはこの国の憲兵団が次々と到着しており、無力化された黒幕組を次々と護送車へと押し込んでいた。レザレスが完璧に手回しした事後処理が、滞りなく進行している証拠だった。


表向きは、あくまで「暗部に拉致された視察団を、レザレス率いる部隊が救出した」という筋書きである。



「では、そろそろ戻ろうか」



ユリウスが短く告げる。


リズはふと空を見上げると、決戦の火蓋が切られた朝の光はとうの昔に過ぎ去り、空は深い夕暮れを越えて、濃紺の夜の帳が下りようとしていた事に気づいた。


長い、あまりにも濃密な裏仕事の一日が、静かに幕を下ろそうとしていた。






お読み頂きありがとうございました。


第三部完結まで毎日深夜0:00(24:00)頃に更新致します。


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