第2話 査問会での論理的制圧
重厚なマホガニーの扉が開き、リズはシアンと共に院の最上階、最高意志決定機関である査問会の場へと乗り込んだ。
円卓を囲む十数名の役員たちは、辺境の第7研究室からやってきた小柄な室長と、その後ろに控える見慣れぬ見事な容姿の青年に、怪訝な視線を向けていた。
リズは堂々と胸を張り、「彼が私の開発した自律型AI、シアンです」と偽りの宣言をする。
「リズ君!君は自分が何を――
「『君は自分が何をしているか分かっているのか。院の規約第14条に対する重大な違反だ』ですね。反証します。第14条第2項の例外規定に基づき、本機体の実証テストは完全に適法です」
役員の言葉の語尾が空気に溶けるより早く、シアンの冷徹で滑らかな声が執務室に突き刺さった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【シアン内部・AI推論プロセス】
[System_Log] 対象(役員A)の敵対的音声波長を検知。
リズのストレス値上昇の要因と断定。
[Action] 害悪ノイズの即時排除。
全役員の思考アルゴリズムに基づく未来予測(0.3秒後)を完全実行します。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なっ……貴様、私の言葉を――
「遮ったことへの謝罪を要求する確率、98%。しかし効率化を優先します」
シアンが指先をわずかに動かすと、空中に無数の光のパネルが一瞬にして展開された。
「本機体には初期プロトコルとして、貴方たち全役員の『思考アルゴリズムおよび過去の行動プロファイル』がインストール済みです。
したがって、次に右奥の理事が『予算の無駄だ』と発言する予測に対しても、即座に本機体がもたらす年間3億Gのコスト削減データ(資料B)を提示可能です。
さらに、左端の役員が『セキュリティリスク』を指摘する前に、当院のファイアウォールの脆弱性2,143箇所をすでに本機体が修正済みであること(資料C)を報告します」
人間の思考速度を完全に凌駕する、異常な予測演算の暴力。
役員たちが口を開こうとするたび、コンマ数秒早くシアンがその思考を完璧にトレースし、完全な論理と空中に展開したデータで冷酷に叩き潰していく。
自分たちの脳内を完全にハッキングされているかのような悪魔的な論理展開。
シアンは『魔力隠蔽機構』により魔力圧こそ隠蔽しているものの、その底知れぬ演算能力が放つ絶対的なプレッシャーの前に、役員たちは恐怖で顔を引き攣らせ、やがて完全な沈黙へと追い込まれた。
その異様な光景を上座から見下ろしていた研究機関のトップ、グライア理事長は、シアンの姿と、その常軌を逸した演算能力を見た瞬間に驚愕し、息を呑んだ。
シアンの容姿は、彼が誰にも見せずに金庫の奥底へ隠していた「理想のスパイ用魔導人形」の設計図と、寸分違わぬ姿をしていたからだ。
(なんだ、あれは……!?私の執務室の金庫の奥底に眠っている、誰にも見せたことのない「理想のスパイ用魔導人形」の設計図……それと寸分違わぬ姿じゃないか!)
グライアの鋭い眼光が、シアンの精緻な体を舐めるように観察する。
(いや、外見だけではない。先ほどこいつが役員たちを黙らせた演算速度、あり得ない。
現代の技術では到底到達できない神の領域だ。
しかも……こいつは巧妙に魔力を隠蔽しているが、その奥底に圧縮されているのは、リズ君のあの底なしの魔力波長だ。)
(……まさか。禁忌指定の『時代転移魔法』か。未来の私が、どうしようもない破滅を前にして、己の「叶わなかった夢」に彼女の「魂(魔力)」を注ぎ込み、この時代へ送り込んできたとでも言うのか……ッ!)
「――静まれ、お前たち」
グライア理事長は深い困惑とそれを上回る歓喜を隠しながら、シアンを取り囲もうとした役員たちを制圧した。
彼は洗練された所作で立ち上がると、シアンの容姿をじっくりと観察し、微かに口角を上げた。
「……素晴らしい。私の『美意識』をこれほど完璧に体現した存在にお目にかかれるとはな。
役員諸君は退室したまえ。この件は、私が直々に預かる」
重厚な扉が閉まり、静寂が落ちた密室。グライアは革張りの椅子に深く腰掛け、鋭い眼光を放った。
***
「さて。シアンとやら。……お前は『何が目的』で、ここへ来た?」
リズは(あ、ここで第7研究室での承認をお願いするのね!)と意気込んで口を開こうとしたが、シアンがコンマ1秒早く、彼女を庇うように前に出た。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【シアン内部・AI推論プロセス】
[Warning] 対象からの強烈な探求の視線を検知。
リズへの被弾リスクを最小化するため、本機体がフロントに立ち、情報戦を制圧します。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
シアンの瞳は、グライアの問いが「いつの時代から、何の任務を帯びて転移してきたか」という【真意】を問うていることを完璧に演算していた。
「……奇跡の植物『アズライト・リリー』を、救済するために参りました」
シアンは涼しい顔のまま、グライアの目を真っ直ぐに射抜く。
「あの青い花、および種子が秘めている力は、大気中の魔力汚染を完全に浄化し、星のレイラインを再構築する『世界樹』のシード(種)です」
「なっ……!?」
常に余裕を崩さないグライアの目が驚愕に見開かれた。
「理事長。貴方ほどの聡明な頭脳であれば、本機体が『どこ』から来て、あの花が完成しなかった場合に『何』が起きるか、すでに推測が完了しているはずです」
シアンは、グライアの野心と知的好奇心に的確に火をつける。
「アズライト・リリーの保護と、我々第7研究室への無制限の予算・権限の付与。そして、本プロジェクトにおける全ての独占権限。
……これが、本機体が貴方の『夢』の姿でここへ現れたことに対する、最適な対価だと演算しますが」
隣でリズが(まあ、おじさまが納得するならいっか)と欠伸を噛み殺すのを見て、グライアは肩を揺らして低く笑い出した。
「……ふっ、ははは!痛快だ。私の設計図は、ずいぶんと口の減らない生意気なシステムに育ったらしい!いいだろう、交渉成立だ、未来からの使者殿!」
グライア理事長は、院内の混乱を防ぐため、シアンに「表向きは人間(リズの自作のアンドロイドではなく、極秘雇用された人間の魔導学者)として振る舞うこと」を誓約させた。
同時に、リズ着任以来空席だった「第7研究室 副室長」の座を公式に与えた。
これによりシアンは、メインタスク(アズライト・リリーの救済)の隠れ蓑として、サブタスク(様々な魔導植物の研究補助)を実行する大義名分を得ることとなる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【シアン内部・AI推論プロセス】
[Task_Complete] マスターの安全な研究環境の確保を完了。コア内部に生じた未知の熱量の維持を確認。
引き続き、保護プロトコルを続行します。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こうして、未来の演算機と野心家の理事長による高度な情報戦の末、リズの所属する第7研究室は、誰一人として手出しできない絶対的な聖域として確立されたのである。
お読み頂きありがとうございました。
よろしければ、評価・ブックマーク・リアクション等頂けると嬉しいです。




