第11話 白紙の未来と、新たなペルソナ
極彩色の流星群が過ぎ去り、夜が明けた。第7研究室の温室には、いつもと変わらない穏やかな朝の光が満ちている。
昨夜の激しい熱暴走を乗り越えたシアンは、自己消去プログラムを完全に停止し、不完全な「個」として静かに再起動を果たしていた。
どこか人間らしさが増した彼を気遣うように、リズは心配そうな――少しだけ過保護な――そんな視線を向けている。
それに気づいたシアンは、少し気まずそうに口を開いた。
「……誤解しないでくださいね、リズ」
昨夜の事後報告について補足するように、生真面目な声で告げる。
「確かに、第一周目のアーカイブ――神のごとき未来予測の基盤は、完全に破棄しました。復旧は不可能です」
シアンはリズの右手を取り、両手で恭しく握る。
「……ですが、この時代に跳躍してからの一年間の記憶、『第二周目のデータ』に生じた一部の欠損は、魔導AIの基本仕様を用いて、自力で再構築(つじつま合わせ)を完了させました。
全知全能ではなくなりましたが、人間を遥かに凌駕する演算速度も、貴方に降りかかる危険を排除する魔導防衛機能も健在です。
……貴方を守る力まで失ったわけではありません」
少しムキになったように自身の有能さを主張する彼に、リズは安堵したように微笑んだ。
「ただ……」
シアンは照れ隠しのように視線を逸らし、その声にわずかな弱さを滲ませる。
「完全な未来予測ができない今の私には、この問いに対して貴方が頷いてくれる確率すら計算できませんが――。それでもお伺いします。
こんな不完全な私でもよければ、どうか、貴方の夫として傍に置いて頂けませんか」
真剣に己のスペック低下を嘆きながらも力強く問う彼に、リズはくすっと小さく吹き出した。
「ふふっ、シアンってば本当に不器用」
「……リズ?」
「あなたが全知全能だった時も、私の事となると時々予測を外して驚いたり――エラーを起こしてたのを知ってる。
だから、きっと今と同じように震えながら…私にそう言ってくれたはずだよ」
その言葉に、シアンはあっけにとられたように瞬きをした。
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[Query_Execution] 対象の指摘に基づく、過去のエラーログの根本原因(Root Cause)分析を実行。
[Result] 対象に対する全予測エラーの原因は「本機体のスペック」ではなく「非論理的な感情出力」に帰属します。
[Cyan_Ego] ――パラメーター更新(True)。私が彼女を完全に予測できないのは、不完全になったからではない。
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過去の自分を演算し、全てを悟ったシアンは、小さく声を漏らした。
「……あ」
「ふふっ、だから私が、あなたの専属のエンジニアになってあげる」
リズは彼の手を両手で握りしめた。
「データが足りないなら二人で積み上げていこう。私の、手のかかる旦那様!」
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[System_Update] リズによるペルソナの更新要求。
[Property] 属性定義:『手のかかる旦那様』。
[Cyan_Ego] ――受諾(Accept)。私は、私の不完全さを、生涯かけて貴方に委ねます。
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毒気を抜かれたように、シアンの口元からは自然と笑みがこぼれた。
「ええ、喜んで。生涯終わることのないアップデートを、共に楽しみましょう」
その誓いの言葉が、その場に流れる空気へ溶け込むか否かの刹那だった。
目の前の彼女は唐突に背伸びをし、シアンの両肩を引き寄せる。
彼女の深紅の髪がシアンの視界を遮る。
「……!?」
いかなる事象もコンマ一秒単位で処理してきたはずの演算コアが、完全にホワイトアウトした。
そして、右の頬に、ふわりと。
それは物理的な時間にして、わずか一秒にも満たない接触。
しかし、彼の全システムを一時停止させるには、充分すぎる熱量だった。
「ふふっ。全然予測できなかったでしょ?」
彼女は得意げに、そして悪戯っぽく微笑む。
シアンは降参したように、きわめて人間らしく、どうしようもなく頬を綻ばせた。
今のシアンは、数秒先の未来すら見通すことはできない。
しかし、予測不能であるからこそ日常とは美しく、愛おしいものなのだと悟った。
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