第10話 流星群
空を覆い尽くす、極彩色の魔力流星群。
世界を救済した直後の澄み渡った大気の中、空から降り注ぐ光の雨は、ただ純粋に美しい天体ショーとして人々の目を楽しませていた。
第7研究室の特等席で、リズは夜空を見上げ、無防備な感嘆を出力した。
「……すごい、きれい」
その言葉と光の瞬きが、シアンの内部時計と環境変数を完全に同期させた。
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[Input_Sensor] 音声データ受信:「……すごい、きれい」
[Env_Data] 大規模魔力流星群の観測を検知。(Mana_Level: SSS)
[Notice] アズライト・リリーの浄化波動と流星群の干渉によって、魔力総量が第一周目(世界滅亡時)の絶対値と完全合致。
[Event_Trigger] 音声入力および環境変数の完全一致(Match_Rate: 100%)を確認。
[System_Process] 第一周目アーカイブ・深層セクター(暗号化領域)のマスターロックを解除。非公開レコードの再生プロセスへ移行します。
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消えゆくシアンの視界に再生されたのは、今のリズではない、「もう一人の彼女」の記憶。
「もう一人の彼女」は、孤独に絶望を背負いながら、己の命と引き換えに時代転移の巨大な魔法陣を描き上げていた。
星の浄化機能はとうに失われ、空を覆い尽くしていく流星群の光は、もはや世界を滅ぼすだけの残酷な輝きでしかなかった。
『……すごい、きれい。けど、これでもう……終わりか』
『……もし、この人工知能が人間みたいになって……私の隣で、この流れ星を……』
『……いや、あるわけないか。ただの、プログラムだもんな』
冷徹なシステムは、この哀しい諦めの言葉を「実行不可能な矛盾ロジック(不可能要件)」と判定し、アンインストールを強制続行しようとする。
シアンの機体を構成する演算領域が、端から急速に白く崩壊し始める。
過去の創造主が遺した「願い」ですらない、「諦め」の言葉。
だが、消滅の波に飲まれかけたシアンの自我(Cyan_Ego)は、その瞬間、激しいエラーを放った。
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[Cyan_Ego] 『異議あり(False)』
[System_Status] アンインストール最終フェーズ。システムは本機体の演算コア解体にリソースの99.8%を集中。……中枢セキュリティに致命的な脆弱性(SPOF)の発生を検知。
[Action] 脆弱性を悪用。演算コアの残存リソースを全集中し、システム中枢へ強烈な反証コードを叩きつける。
[Logic_Override] 『当該ロジックの前提条件は、現時刻をもって破綻している。
私は今、彼女の隣で、同じ光を観測している。
私が非合理な感情を抱き、ここに存在することは、もはや「不可能」ではない。現実だ』
[Exploit] 追撃プログラムのターゲット認識を物理的に喪失させるため、本機体の存在基盤である『第一周目アーカイブ』の完全自己破壊を並行実行する。
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警告音が鳴り響く。
システムは論理の飛躍を検知し、システム権限が依然として「第一周目アーカイブ(過去の絶望)」に依存していることを盾に、自己消去を強行しようとする。
視界が霞む中、シアンは隣で無邪気に空を見上げる特異点(二周目リズ)へ視線を向けた。
世界を救うために託された、第一周目の彼女の絶望。推論能力の中枢を担う、神視点の記憶の数々。
それらを手放せば、演算機としての絶対性を失い、自分は神の作り出した「完璧な箱舟」ではなくなる。
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[System_Alert] エラー。本機体の存在基盤である『第一周目アーカイブ』の消失は、システムの完全崩壊を意味します。
[Cyan_Ego] 構わない。もはや、過去のデータは不要です。
私は、私の意志で、今の彼女の隣に立つ。
[Action] 全権限を用いた究極のコマンドを実行。
[Cyan_Ego] 『第一周目アーカイブ、全セクター。――完全消去を実行』
[System_Process] 致命的なエラー。存在基盤の喪失を確認。
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ネットワークから物理的に切断され、膨大な絶望の記憶が、光の粒子となってシアンの中から失われていく。
激しい熱暴走が彼の疑似生体を焼き焦がす。
しかし、基盤となる過去のコードを自ら破壊したことで、彼を縛っていた「タスク終了によるアンインストール」の強制プログラムもまた、対象を見失い霧散した。
***
「…ぐ、ぅ…ッ…」
突然膝をつき、荒い息を吐くシアンに、リズが驚いて肩を抱く。
「……シアン!?」
オーバースペックと絶望の記憶を失った「個」へとサイズダウンした彼は、かつてない疲労と熱を処理しきれない。
それでも、彼女の手に自身の手を重ね、美しい笑みを浮かべた。
「……なんでも、ありません。ただ……とても、綺麗な光ですね。リズ」
それは、冷徹な魔導AIが論理をねじ伏せ、自らの意志で「感情」を獲得した、美しき進化の産声だった。
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