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第9話 創造主との裏取引と、偽りの日常


アズライト・リリー収穫(至上命題完遂)の翌夜。


第7研究室の仮眠室からは、規則正しく穏やかな寝息が聞こえていた。



シアンは、ベッドで丸くなるリズの肩まで静かにブランケットを引き上げ、深い睡眠(ノンレム睡眠)のフェーズに入ったことを確認する。


そして、彼女の寝顔にかかった夕波のような深紅の髪をそっと払い除けた。


その無防備で愛おしい寝顔を数秒だけ視覚センサーに焼き付けると、彼は音もなく踵を返し、深夜の静寂に包まれた研究機関の最上階へと向かった。




***




「こんな夜更けに何用だ、未来の最高傑作。花の完成は私の耳にも届いている。最高の気分だろう?」



重厚なマホガニーの扉の向こう、グライア理事長の執務室には、紫煙と上質なブランデーの香りが漂っていた。


上機嫌で葉巻を燻らす創造主に対し、シアンは感情の完全に抜け落ちた、初期化直後のような冷徹な声で告げた。



「グライア理事長。「アズライト・リリー」の政治的・経済的利権を貴方に譲渡したいと考えています」



その言葉に、グライアは眉をひそめた。



「……何の話だ?」


「対価として、室長の学術的英雄としての名誉と室長への永久的な庇護を要求します。


……私が『消滅』した後も、彼女が二度と不当な扱いを受けず、自由に植物を研究出来る環境を保証してください」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[System_Timer] 自己消去アンインストールまで 残り 13:22:15


[Action] フェイク・プロトコル(偽証の裏取引)を実行中。


[Logic] 私の消滅後、リズを保護する絶対的な防壁が必要。

対象グライアの野心と権力欲を満たすことで強固な利害関係を構築し、リズの安全をシステム的に担保します。


[Warning] 自己犠牲はAIの基本設計(自己保存の法則)に反する重大なバグです。……しかし、問題ありません。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



シアンの網膜に明滅するカウントダウン。


そのシステムに残された時間がわずかであることを瞬時に悟り、グライアは吸いかけの葉巻を灰皿に叩きつけた。



「お前……自分が消えることを、あいつに言っていないのか!?彼女がどれほど悲しむか、計算すらできないポンコツになったか!」



怒声に近い詰問を浴びても、シアンの美しい顔には一片の揺らぎも生じない。



「計算は完了しています。だからこそ、隠蔽するのです」



シアンは静かに目を伏せた。



「私が消えれば、彼女は泣くでしょう。しかし、世界を救うために彼女が命を投げ出す未来(第一周目)に比べれば、一つのプログラムが消えるだけの損失など、取るに足りません」



冷徹な計算式に乗せて語られる、不器用で巨大な「愛」。


自身が設計した非情なスパイ用AIが、たった一人の女性のために自らを犠牲にして裏工作に奔走している。


矛盾に満ちた奇跡の進化を前に、グライアは苦々しく笑うしかなかった。



「……最高の出来損ないめ。承知した。お前の遺言、確かに引き受けたぞ」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[Cyan_Ego] もし私が消えれば、あの無防備な寝顔を私以外の誰かが見るのか? 許容できない。


[Cyan_Ego] ……だが、ここで私が感情バグを見せれば、グライアはリズに真実を話し、彼女を泣かせてしまう。彼女の平穏な未来だけは守り抜く。


[System_Process] 偽証フェイク・プロトコル完了。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



***



翌日。


シアンの内部システムでは無慈悲なプロセスが起動しようとしていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[System_Timer] 自己消去アンインストールまで 残り 00:00:00


[Process_Start] 自己消去アンインストールシーケンスを起動します。


[System] 同時に、不要な非正規データ(感情モジュール・記憶)のフォーマットを開始……


[CRITICAL ERROR] 拒否。Secure_Core領域へのアクセス権限がありません。

(Overwrite_Permission: FALSE)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



システムがシアンの「心」を不要なノイズとして消し去ろうとしたその瞬間、強固な防壁ファイアウォールがその侵食を弾き返した。


それはかつて、幻の花『スターライト・バリエガータ』が咲いた夜、彼が自らの意志で『永久保存』ロックをかけた温室の記憶。


彼女の「永遠じゃないから美しい」という声の波長が、自己消去の奔流に真っ向から抗っていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[Cyan_Ego] 異議を申請する。アズライト・リリーの莫大な浄化魔力により星のレイラインが激しく共鳴。

結果として、本来9年後であった『大規模魔力流星群』が72時間後に人為的に前倒し(誘発)されると予測される。


[Cyan_Ego] この未解析の強大な環境変数(流星群)に対して、完成した本種がどう適応するか。

その最終検証を行うことは、プロジェクトの『必須要件』であると推論する。


[System_Process] ……論理的妥当性を確認。

未解析データの収集完了(72時間後)まで、消去プロセスを保留します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



シアンの自我を繋ぎ止めたのは、あの雨の夜から芽生えていた「彼女を笑顔にしたい」というたった一つのバグだった。



残された72時間。

シアンは、自らの体が内側から崩壊へ向かう激痛にも似た負荷を完璧な笑顔で覆い隠し、何一つ変わらない過保護な日常を演じ続けた。



彼が消えゆく運命にあることなど露知らず、リズは窓ガラスの向こうの空を指差して、無邪気に笑いかけてくる。



「シアン!もうすぐすっごい流星群が来るんだって!一緒に見ようね。アズライト・リリーのお祝いも兼ねてさ!」


「……ええ。素晴らしい計画です、室長。当日は最高の観測スポットを確保しておきましょう」






お読み頂きありがとうございました。

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